四十九話「恐怖! 魔術老人とのタイマン」
どうして、こんな場面に現れるんだ……!
すっかり魔王の痴語に乗せられていたせいで、気配すら感じられなかったのだ。
あのロデリックが、今日の朝襲いかかってきたロデリックが、またもや僕の前に。
「魔王マギア・ユスティシア殿か、初めてお目にかかる」
「だ、誰なの……?」
魔王ははっきりおびえていた。魔王という妄想が、この際は全く通用しない。
「我々の世界と彼らの世界が経験することを止めようとしてやって来たのであろうが、残念ながらここまでですな」
次に僕を深くにらみ、やけに低い声で、
「それもこの少年と共に、か。一日で二度も会ってしまうとは……」
僕はもうここで逃げ出したくなっていた。できることなら魔王を見捨てて消えてしまいたかった。
けれど、どういうわけか足が動かない。ただ、ここでこいつと相対しなければいけないという重圧がこの位置に僕を固くすえていた。
「マギアに……何の用だ」
外面は、あえて強気に。
「魔王の力が欲しいのだよ」
「私の……力?」 絶望にみちた、ささやき。
「おやおや、お忘れですかな。自分の体内に、世界融合を止める魔力の源を埋めこんだはずでござろう?」
魔力の――源? 自分の、体内に?
意味不明の発言。
「なあ、何様なんだよ! さっき殺そうとしてきたくせに!」
理不尽過ぎる。つのっていく純粋な怒り。
「それを知る資格はないッ!!」
鼓膜が破れそうなくらい、強圧しい声。
「貴様は何もかも知り過ぎたのだ。まず貴様から消えてもらおうか。何より、一度私と――」
ロデリックが言い終わる前に、僕はその胸へと体当たり。
「な、何を……!?」
決して筋骨たくましいとは言えない感触。
ほとんど抵抗もせず、板みたいに床に倒れこむ。
しめたぞ。何回もその顔に拳骨を叩きつける。
「これでも、食らえっ!」
ハンカチを取りだし、奴の狭い口に押しこむ。
驚くくらい、僕は蛮勇を揮ってこの男に制裁を加えていた。殺されそうになった恨、マギアに手を出そうと出した義憤であっても、これほど暴力的になったのは人生で数回もない。
だが、長くは続かなくて。
「やってくれたな、竪子……!」
髪の毛をがしりとつかまれ、次の瞬間にはしわの寄った片手で首をしめつけられていた。息ができず、意識が薄くなっていく。
やせた、細い腕であったとしても、僕みたいな子供よりはずっと力が入っていた。
「や、やめよ……」
わずかに聞き取れるのは、手をついて、光の消えた瞳の魔王。
誰に対する助命か、判別もできない。
こんな所で死ぬなんて嫌だ。何もわけも分からないまま、死んでしまうなんて。
「この竪子め、じわじわと焼殺してくれる!」
ロデリックは怪力持つ片手で僕を高く持上げる。
もう一方の片手には、火がともっている。というより、球体をなす火が虚空で浮かんでいた。
なんて現実味のない光景。
ああ、このままでは僕は死ぬしかないらしい。嫌だ……
「翔吾!!」
突如誰かの叫び。
「なっ!?」
大きな体躯の女が脇腹に鋭い蹴を差しこみ、僕を片腕でつかみだしたのだ。
「乱暴な真似はやめてくださいね、ロデリック卿」
尻をつかぬよう後ずさりしながら、ロデリックはこちらをにらむ。
「エリアーデ……さん」
エリアーデは僕には目もくれず、向こうにいる魔術師を見すえ静止。
「貴様、そやつを守る価値があると思うのか!?」
「王国会議であなたは国王に叛逆した大罪人と決まったのです。今さら耳を貸すつもりはありません」
王国会議……? 叛逆……?
「ちっ、小癪な娘が! 若い頃は私が魔法を指導してやったというのに!」
激昂するロデリック。
何だ、この二人には何か関係があるのか……?
「いいだろう、その少年には手を出さんでおこう。だがこのままで済ませるものか!」
ますます燃やす敵愾心、恐怖で震えていたマギアに飛びかかりにぎりしめる首元。
途端にエリアーデの目つきが変わる。
「マギア・ユスティシア!?」
ずっとロデリックとの対立に気を取られていたせいで、魔王の存在に全く感知していなかったらしい。
「あのお方のため……私はこやつを必要としておるのだ! こやつがな!!」
エリアーデはあっけに取られていたが、まず息を呑み、そして
「……渡すわけにはいきません!!」
言いかえした直後、ロデリックの立つ床に光の線が彫っていく。音もなく幾何学模様を描き出し、そこから湧出す粒子が魔王もろとも二人を包みこもうと――
「待ちなさい、ロデリック卿!」
エリアーデがあわてて走りだし、
「やめるっす!!」
大柄な胴体が横切って、二人の間に衝突した。
魔王の小さな体が床に転がり、家の柱みたいに太い腕を首に叩きつけられたロデリックが宙を舞う。
もはや、誰が誰だか分からない。
おどおどしながら状況の変転に目を凝らすしかなかった。
ロデリックは手で脇腹おさえつつ、
「ちっ……憶えていろよ、魔王マギア・ユスティシア!!」
けたたましく舌打ちし、あたりに光を放ちながら虚空へと消去る。
ようやく、大男の正体が分かったのは、数秒後。
「危ない所だったっすね……」
それは朝、出会った戦士。
こんな現代的な空間に収まっているのが、異様でならない。
しかし、エリアーデは急に顔をゆるめると、年頃の女の子になった感じの声で、
「よかったぁ~、あなたがいなきゃ魔王を盗られててもおかしくなかったのよぉ」
満面の笑で戦士の幅広い腹に両手を回す。
「うれしいわぁ、アレクぅ!」
魔王も僕も、エリアーデの豹変に茫然とする他。




