四十八話「厨二系魔王に対する周囲の反応」
「一体、あの子は何者なの?」
朱音はさほど悪びれてもいない様子で、僕に詰問。
「魔王ってどういうこと? それに、勇者って?」
こういう態度が当然であるとしても、朱音は魔王に対する敵意を依然として握りしめていた。
「僕に訊かれたって困るよ」
すると朱音は魔王に向ける時みたいな眼で、僕をにらみつけてくる。
「お前、今日の朝何があったんだ?」
吉田の追撃。
「ええと……とにかく、遅刻したんだ」
「遅刻?」
二人とも、僕が一瞬で銅像と化した時みたいな不審さを向けてくる。
「ただの遅刻ならそんな後ろめたい様子示さなくていいだろ? むしろ、俺にはとんでもないことが起きたとしか考えられない」
「同感よ。翔吾が秘密を持ってる奴には見えない」
持ってるよ。異世界人と相知になっちゃってるし、魔王が不思議な力発揮したのを目撃しちゃったし!
黙るしかない。これこそお前らに言ってはいけないことだから。
「やはり、あなたは相当魔王に頭をやられていると思うわ。でなきゃ何をそんなに恐気づくの?」
すると、吉田がむっとして朱音に向直る。
「魔王に頭をやられたというより、魔王の本気さに心打たれたからだろ」
あんぐりと口を開けてしまう。
「いやいや!」 両手を拡げ否定の言葉を打ちだそうする直後、
「本気?」
朱音は目を細め、少年に真意を問いただす。
「魔王は正気じゃないかもしれないが本気だからな。一度こうと決めたことはなかなか易えようとしない」
前の吉田なら、朱音にちょっとした脅しで抵抗しなくなり、節を曲げていただろう。
朱音と吉田の関係は、今も続いている。しかし何かが違っていた。
「今だって、見ろよ。こんな無益な冒険に足つっこんでるだろ」
僕らは廊下で話合っていて、突当たりに魔王の姿があった。必死で腕を振りみだし、説得に打ちこんでいた。
「頼もー!」
魔王は早々、無謀な行為に出ていたのである。
少女が立っているのは音楽室の手前。そして中では学校のあるバンドが練習に専念んでいた。
「全く、迷惑な話だ……」
吉田はぼやく。心なしか批判する感じの声ではない。
「こっちだって年末まで予定が立てこんでるんだからさー!」
扉からわずかに頭をかきつつ、苦言呈する先輩。
「頼む! この部屋を借りて練習させてくれ!」
「不可だって。ここはバンド部がいつも利用してる場所なんだから。とにかく、今の季節は無理」
赤い頬をふくらませ、すっかり腕を組んでしまう。
「……色目使ってもね。それより君、どこかで見た顔だと思ったら、確か二年二組のお――」
この時ばかり魔王はものすごい剣幕で、
「その名を唱えてはならぬ! 威厳が失せてしまうからな!」
竜造寺先輩は気おされ、すっかり沈黙に入る。
代って、別の女の子の声が部屋から。
「ええと、マギアさん、だっけ?」
魔王が許容する方の名前で呼び、
「残念だけど、先輩の言う通りなの。別の場所を当たってほしいのよね」
魔王はがくりと肩を下げ、しかし両手合わせて懇願して、
「……あ、ああ、すまぬ。とにかく我輩も切迫められておるのじゃ。もう文化祭本番の日も迫っておるでのう……」
気の毒。
「あんなのが魔王? ちっとも威厳がないじゃない」
心底あきれる朱音。
確かに、自分より目上の人間にはかなり腰が低い。
その分従えてる奴らにはいきり散らしているのだから。そこが魔王の魔王たるゆえんなのかもしれないが。
「あれが魔王だよ。俺たちが……俺が屈服してしまった相手だ」
微妙な言葉の使い方に、心情の変化がよく露れている。
「前の吉田だったらあんなのの言うことを聴くはずはなかったのに、ね。どういうわけ?」
朱音は魔王から、再び僕らに目を転じた。
唇をぎゅっとかむ。あの時みたいに、卑屈になったりはしない。
「そんなの分かんねえよ……でも魔王と一緒にいるとなぜか自信がわく」
「お前なんて怖くはないぞ。魔王がついているんだから」
吉田の瞳は、以前にはなかった輝きを添えている。
「あいつを見直したんだよ。変な奴かもしれないが、芯がある。口先だけの奴よりよっぽど信頼が置けると思うよ」
朱音はやけに不機嫌な口元を見せる。
「私には口達者なだけに見えるけど」
「だったら……なぜ、あいつが岩井と小坂を助けに行ったんだ?」
「僕の力を借りたけどな?」
魔王だけの手柄にされたくなくてつい口が滑ったが、吉田は無視してくれた。
「俺らは、あいつの勇気と行動力を評価しなくちゃいけないんだ。たまに危なっかしい方向に出ることもあるが……」
会話が続く間に、魔王が僕らの前にまで歩き、言った。
「不可だったのじゃ」
腕をすくめ、しかし決して諦めない魔王。
「今日の所はな」
朱音はさして同情するまでもなく、
「無謀よ。あなた一人の勝手な都合で彼らは動かない」
しかし、胸を張って高らかに告げるよう、
「まだまだ諦めんぞ。我輩はいずれこの学校全体を制覇してやるのじゃ」
それから朱音の両肩を叩いて、
「だから朱音、お主に良策があれば是非教えてもらいたいのじゃが」
まごついて、嫌悪感さえ発しながら飛びしさる朱音。
「そ、そんなの私じゃなくて吉田に訊きなさいよ!」
「俺だってあいつらとの間にコネなんかねえぞ!?」
「朱音は彼らに口が利くと聞いたから連れて行ったのじゃぞ?」
目を見張り、横に口を拡げる朱音。
「はあ!? 迷惑なだけなんだけど」
「迷惑ではない。これは命令じゃ! お主、彼らを説得するがよい!」
「い、いつから私があなたの家来になったのよ……」
ほとほと困って眉を伏せる。
「あの時誓ったじゃろう? 合宿での罪滅ぼしをすべき時と心得よ」
朱音はもはや反論の余地もなく、うなだれてそのまま硬直した。
魔王はこう見えて、かなり計算高い性格なのだ。
「ちっ……」
「どうじゃ、お主も我が計略に乗るしかあるまい?」
どこまでも魔王の攻撃はやまず、精神削取られる少女の眼は完全に異世界を。
口の鋭い彼女が口で窮するとは、一種痛快でさえある。とはいえ、哀れと思わないわけにも。
「それはそうとして、魔王」
僕はそこで、朱音を救うべく、この会話を無理やり断絶らせる。
「むう?」 首をかしげる。
「……お願いだけど、お前と一対一で相談う機会が欲しいんだ」
人通りも少ない、中庭のそばを走る通路に二人はいた。
魔王の小さな、それでいて勇ましい後姿を見つめながら、この時まで僕は苦悩し続けていた。
そろそろ魔王に教えなくてはならない。今日の朝、僕が目にしてしまった全てを。
はっきり告げることができるのは、魔王一人なのだ。世界の秘密に関わるとされる
僕は意を決して口を開く。
「魔王」
「どうした、勇者よ」
「……俺は、魔王に言わなくちゃいけないことがあるんだ……」
きっと、これを魔王が虚言として排けてくれたら、どんなによかったことか。
僕としても、こういう状況に追いつめられることが不本意でならない。
「それはまさか、愛の告白か?」
魔王は両手を結び、胸の上に置いて、口をほころばせて。
何という純粋さだろう。
「じょ、冗談きついな!」
すると、からかって喜んでいるみたいな、不敵な笑顔で、
「冗談ではないぞ。我輩の野望は貴様を愛によって跪拝せることにあるのだからな」
「何だよ、僕がお前みたいな奴にほれるわけない」
魔王はかなり意地悪な微笑で語り続ける。
「と言いつつも、本当は我輩との愛に目覚めたいのじゃ。そして我輩の腕の中で眠りたいと思うておるのじゃろう?」
僕は自分でも顔が火照るのを感じながら、なんとか否定しようと、
「別に、そんなこと――」
「二人ともいい所だが、失礼させてもらおうか」
そのまま会話に第三者が乗りこんで来た。




