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四十七話「勇者、正体不明の敵に殺されそうになって遅刻す」

 ちょっと待てよ?

 この作品は、学園物だよね? 日常物だよね?

 何ファンタジーっぽくなってるんだ?


 光が地面に衝突するや、衝撃でぐらりと揺れが襲いかかる。

 僕は体をひねりつつ、後ずさった。

「逃がさんぞ!!」

 再び光線がほとばしってコンクリートにぶちあたり、煙をまき散らす。

 僕はほとんど恐慌をきたして走り去ろうと。顔を視る暇さえなかった。

「貴様には消えてもらわねばならんのだ!!」

 男の声はかなりしわがれているが、怒りと敵意にみなぎっている。

 僕が何をしたというんだ? いや、初めて拝見おみえになるんですが。

 とにかく今は――どけ!


 そうだ、あれを使えばとかばんから自分でも神業と思うほどの速さで杖を取りだし、敵に向けた。しかし、攻撃を念じるまでもなく、光線にあたって一瞬で先端が焼き消える。

 学校に行かなきゃいけない。遅刻するわけにはいかない。しかし、どこが学校に至る道なのかもはやわからなかった。僕の背後で、爆発の音が叱りつけている。

 火と熱が建物の一角から流れ出る。

「あのお方のために……」

 死にたくない。せめて恵の顔を観てから死にたい。

 こんな理不尽な状況に驚いたまま死んで充足たまるか!

 振向くのが恐ろしい――けど、奴はもう間近に。

「やめろっす!」

 突然、若さがありつつ、やけに野太い声。

 さっきのひげの男が、憤ってのどを鳴らす。


 僕はおそるおそる後ろを向いた。

 また別の人間が乱入してきて、アパートと電柱の間、僕の身長の倍近くある剣を振りしぼって空を駆けている。


「伯爵! なんで勇者様を裏切ったんすか!?」

 僕の真横に降立、非難の眼光まなざし

「勇者……様……?」

 それは、力という言葉を武骨に具現化した戦士。

 白銀にかがやく、筋肉の模様を描く鎧。

 皮膚は浅黒く、頭は方形に収まっているくらい寸胴。

 唇もでかく、目も少女漫画の人間みたいだが、獣の気迫がある。


「ちっ……貴様に言う必要はない。これは、あのお方の命令なのだ」

「ロデリック卿! あんた、どう考えても正気じゃないっす! 操られてるっすよ!」

 そして、ロデリックと呼ばれた敵がたまたまとまっていた自動車に姿を落着ける。

 戦士に比べると、ずっと肉の少ないやせた姿だが、それでも僕らよりはずっと背は高いようだ。

 オレンジ色のローブをまとい、顔にはしわがよっている――こういう点からするとある程度年はとっているようだが、正体の分からない不気味さをあまねく発散していた。

「そこの少年はあまりにも多くを知過ぎた。まず奴から排除せねばならん」

 と言って僕を指さす。

 まるで刃で刺された感触が胸に、そして昇っていって顔や額に。

 動揺して戦士と僕の眼が合う。

 戦士は何か問いたげな口元を見せたが、その瞬間

「行くっす! 逃げろっす!」

 返事の暇も与えず叱りつける。

 反射的に、僕は向こうへと足を振り向けて。


 しかし、僕は二人の戦闘から目を背けることはできなかった。いや、したくなかった。

 ロデリックが両腕を左右に張ると虚空から炎のような物体が現れ走りだし前方へ。

 戦士は大剣を自在に振回して之をかき消す。足を大きく踏出し舗装を割り空高く跳躍。

 ロデリックが姿を消し、戦士の背後に現れる。だが最初から予期していたかのように大剣を後ろへと振りかざし、敵の体をかすめていた。ロデリックはその攻撃を避け、姿勢をそのまま虚空に上昇。


 目前の非日常に、困惑が止まらない。

 この小説は最初ラブコメ的世界観だったはずだ。いつから異世界バトル物だと錯覚していた?

 どうでもいい。学校への道を急がなければ。ここは、あの戦士に任せて……!



 学校にたどり着いた方法は、自分でもよく想起せない。

 僕は全速力で走りながら、教室へと突入した。机に当たった気もするが、いやそれさえ知覚できないほど僕は急ぎまくっていた。ロデなんとかを背後にしょっている錯覚がついその時まで。

 誰もが、瞳を小さくして凝視。

「……おい、勇者」

 吉田が立ち上がって、何かを尋ねようと。

 僕はあちらこちらを眺めまわし、ようやくそこが如定例いつもどおりの教室であると気づいた。

「な、何でも……」

 今起きたことは、誰にも知られてはいけない。

 僕は、二度とあの日々には戻れないんだ。

 あの光景を眼にしてしまったからには。

「何でもないだと? 明らかにただの遅刻じゃねえぞ?」

 吉田は、疑惑というよりは非難をこめた声で。

「その顔色からして何かに遭遇したな? ただのスリとかじゃなくて、もっと恐ろしい何か……」

 隠せ。

「ち……違う。あまりにも晩く遅刻しそうにな、なったと思って……」

 全く回らないろれつ。


「翔吾」

 顔色一切変えず、朱音が苦々しげに。

「ちゃんと席に座ってから言って。ほら、魔王様が何か言いたげよ」

「う、うん」

 魔王はやはり僕の隣の席、落着を保った表情、腕を組む。

 せめて誰もいない場所でなら告げられるかもしれない。だが公衆の面前。下手に口を割るわけには。

 やはり魔王は美しい顔だった。青色の瞳に視線を定めると、幾分か頭の中に理性が還ってくる。

「……貴様のあわて様の理由が分かったぞ」

 けれど、こんな時に限って魔王は見当違いな答を下す。

「もしかして我輩の計画に恐れ入ったからじゃろう?」

 違場ばちがいなくらいのしたり顔で脇に腕。

「ええ!?」

「勇者には我々の謀議を盗聴く魔力があるやもしれんからのう!」


 こんな時間帯にも不拘かかわらず、魔王の声は不注意にまで大きい。

 雰囲気を毀傷ぶちこわす発言に、いきり立つ吉田。

「魔王、冗談はよせ。明らかにこいつは――」

 だがその途中で

「そ、そうだよ! 魔王様は勇者の能力を察知したんだ!」

 三茅がこれまた異様な思違に走って黙らせる。

 ようやく場が元に戻りだした所で、魔王が切る啖呵。


「今、丁度このことで話し合っておってな、我らは文化祭の出物をどうするか話し合っておったのじゃ」

 魔王はあえて気遣ってくれてるのだろうか。僕がとても、人に言えないことを隠してると分かったうえで。

 ……単に危機感が欠乏してるだけかもしれないが。

「我輩はライブを開いて皆の衆を鼓舞もりあげようと思う。何しろ我輩は歌うことが好きじゃからな」

「へえ……そうか」

 魔王にだけは伝えておくべきだ。僕が登校途中、目にした非日常。

「何じゃ、淡泊な反応じゃのう! 勇者であるからこそ、貴様はもっと乗ってくれねばならんのに!」


 しかし、能天気な魔王は決して僕に問題を考えさせない。


「我輩が考えるには、貴様と今度は歌唱力で勝負するのじゃ」

 あきれるくらい、魔王の音色は耳に入ってこない。……全く返答に窮するよ。

 そしてその間にも、朱音の眼がやけにこちらを捉えていた。

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