四十六話「翔吾、恵に魔王の正体を隠さんとす」
昨日からエリアーデの警告する顔がずっと忘れられない。
マギア・ユスティシアと邂逅ってしまってから、僕は異世界と関わる人間となってしまった。
どう見ても彼女は離常人した美貌を持つ以外は、普通の女の子だ。
だがエリアーデの目からすれば彼女は今、この世界が陥っている危機に関係のある人物らしい。しかし、本人は全くそれを表に出そうとしない。
当然だ、魔王という地位についている人物なのだから。
妄想だとずっと思ってた。いや、妄想なんだ。
ベッドに寝そべりつつ、エリアーデの言葉を必死で否定した。
マギアがなぜ、あの女なんかと関係があるってんだ? あのエリアーデの剣幕に、マギアでさえ怯えてたってのに。
かばんの中、端末がその時、けたたましく鳴りだした。ああ――丁度この時電話かけると約束したっけ。
「あ……恵!」
「よかった。ちょうど家にいたんだね」
「うん……先ほど還ってきた」
恵なんかに、こんなこと話せるわけがない。
僕は知りたくもない秘密を無理やり教えられ、その箝口さえされている自分を心底呪いたかった。恵の境遇に比べるべきではないけれど。
「元気、なさそうだね」
僕は、自分を責めた。こんな時くらい、自強ることができないのか。
「な、ないかな?」 認めたくないのか?
せめて自然の姿を暴出す選択をとらないか?
「私も今は元気がないの。ついさっきね……」
心なしか、恵の声もいつもより低い。疲れているみたい。
「仕事、だからかな」
「それもある。でも、やっぱり迷うの」
恵のごく短い、未知の単語。
「迷う?」
わずかな沈黙の後、
「――この世界に私一人しかいなかったらいいのに、って思ってたんだけどね」
恵の声を構成する空気の動きが、一部だけよどんで流れた。
「それは一体どういう意味で――」
けど、恵はあわてて寸前の言葉をかき消し、
「何でもないの! 私ね、最近魔王から合宿の時の集合写真を送ってもらってさ」
ああ……確か夕食の後、クラス全員の写真を撮ったのだった。
ピンピンしてる魔王と小口先生除き、カレーのせいでみんな息も絶々だったけどな。
「あれは黒歴史だね」
三茅でさえも立つだけで精一杯だったほど。
僕はお世辞でも、あの写真を観ようとは思えなかった。
「そう? いい記憶になったんじゃないの?」
「いや、呪われそうだから」
その時の僕の顔色なんて、もう想像するだけでもおぞましいほどだ。何よりあの経験を二度も味わったんだからな!
「私はとっても素敵な写真だと思ったけどな」
そんなことはない。僕は否定しまくろうと欲したが心象を悪くしたくなくて、黙っていた。
そこに気づいたのか、また恵の声が静かな音色へと。
「……ありがとう、翔吾くん。こんな会話につきあってくれて」
「僕も恵が無事に生きてくれてて、うれしいよ」
なんとか会話を途切れさせたくなくて、僕は率直な意見を申す。
「悪いけど、僕は、魔王のことがそこまで好きじゃないかもしれないんだ」
「意外だね」
あきれる二人。
「いやいや、迷惑と言ってもいいくらいなんだ!」
「けんかするほど仲がいいってね?」
「冗談じゃないから!!」
向こうで恵が笑っていた。
「でも、魔王は一つだけすごいことをやってのけたよ」
「すごいこと?」
恵は好奇心に満ちて尋ねる。
「ああ。川の上流に行って行方不明になった人間を助け出したんだよ」
「舟に乗って?」
「うん。僕も同行させられた」
「すごいじゃない、魔王の勇気!」
実際は、そう単純なことじゃない。
僕は競争以来、魔王の特殊性を見せつけられたのだ。あの化物を叱りつけるだけで無力化してしまったのだから。もっとも本人は何も自覚していなさそうだが。
いや、そこが魔王の魔王である理由なのでは? だとするとエリアーデの言うことはやはり……
「魔王ってすごい人でしょ? そう思わない?」
しまった。恵の発言を漏聴していた。
「う、うん、すごい人だ」
「次は、翔吾くんと魔王とでまた話がしたいな。会って話をする方がずっと話せるもの」
「それは、また魔王と相談しなくちゃな」
「じゃあ。また来週」
部屋にまたもや静寂。
僕はようやく、寝る気分になれた。
恵はもしかしたら、消えたがっているのかもしれない。人生でこれほど、嫌な推測を思浮かべた時はないかも。
間違なく、僕はあの頃の自分に恵を重ねているのかもしれない。僕は、恵を助けてやりたいと心から願ったのだ。僕のような奴を二度と製らないために。
けど、それが僕の我だとしたら? 僕は、また迷う。いつだってそんな風に行動を踟蹰、無駄に時間をつぶす悪循環。
でも、行動して悪い方に動いたら? 悩みは尽きない。
僕に可能のは、彼女の幸福を祈ることだけだ。
起きると、僕は若干気分が楽になった。
恵に思いの丈を告げることができたし、合宿についての事件も清算することができた。
久しぶりに、魔王と会った頃の気分に
「まずい! 遅刻だ!」
僕は壁にかかった時計の針、驚いてベッドを飛出す。これじゃ合宿の時とおんなじだ。
かばんの中の教科書を確かめ、着替え、顔を洗う。
一体何と多くの時間がかかるのだろう、家を出るまでに!
……そうだ。学校に行ったら魔王に問いただしてやる。お前は本当に異世界の人間なのか、と。
もし異世界の人間なら僕は頭をかかえちまう。しかし普通の女の子なら僕は今までの日常を過ごすまでだ。その二択しか僕には道がない!
僕はいつもの通学路を走る。これまではごく近く思えた道がやけに長く。
この辺は店とかオフィスが立てこんでいてずっと狭いのだ。だから昼頃は人通りがずっとこむ。
朝は閑散としてるからいいものの……。
これじゃあまた魔王とその連に笑われるな。
二階建て、灰色の壁を持つ、ラーメン屋の上。
「見つけたぞ、小僧!」
あごひげを生やした男が、赤い閃光をばちばち灯した右手で僕を指さしていた。
「へ?」
閃光は光条となり、降注いで僕の目の前に。




