四十五話「屈強系金髪乙女、翔吾に最接近」
誰もが仲良くしあおうとしているわけじゃない。
最初から僕は魔王を許容ていなかったが、朱音の一件があってから、僕の魔王に対する嫌悪感は決して重い物なんかじゃない、傍目から見れば、それは単なる相馴以上のものではなかったのだろう。あれが嫌な思いをさらにかき立てたのであれば、罪深いことこの上ないが。
「お主、最近弁当の量が減ってはおらぬか!?」
魔王がすごく青ざめた顔、岩井の机に腕を突立てのぞきこんでくる。
「弁当の量……!?」 完全な不意撃、米を頬に付け戸惑う岩井。
当然、視線が魔王の背中に集中。
本人はいたって真剣に。
「我輩は数日前からお主の弁当を観察しておったのじゃ……日々にご飯やソーセージの量が減ってきておる。もしやそれは経済的理由――」
岩井は恥ずかしがって弁当箱を片付けかける。
「よ、余計なお節介だよ……つか、ストーカーでもそんなこと観察しないぞ」
あの時の事件のことを思い出すのだろう、岩井は魔王に見られるとどうしてもきまり悪い態度。
魔王はなれなれしい位、自分から話しかけてくる。それが最初は煙ったくってならなかったが、段々生徒たちも進んで魔王に何かと会話の種を持参むようになっていった。魔王がそんなにおしゃべり好きなら、こっちも魔王にどんどん語らせてやるって魂胆。
朱音は、前ほど魔王にきつくは当たらなくなっていた。とはいえ直接に口を合わせることは僅ない。結局魔王みたい奴の顔を見ることさえ忌んでいるのだ。何より、三茅、咲といった側近が控えている前で、彼らの気に障るのを恐れているようでもあった。魔王はさして朱音を恨んでもいない様子だったが……。
そして、僕たちにとってどうしても通過しなければいけない、あの日が近づいて来た。
僕は、壁の片隅に張られた貼紙に視線を留める。
「文化祭……かあ……」
頬杖つきながら咲が三茅に。
放課後の教室はとても静かだ。この日吉田は授業が終わるや、早々と朱音と一緒に教室の外。
魔王は珍しく、端末でゲームにふけっている。
普通なら他の生徒を誘って何か食事や会話にふけっているはずだが、この日だけはやけに活動的ではない。
「出物……どうする?」
「劇かな」 まんざらでもなく三茅。
一年に一回の文化祭では、校庭や文化ホールを利用して盛大な出物をするのが風習。
僕らも当然ながら先例にならって芸を披露しなければならなくなるわけだが、いまだその内容を考えさえしていなかったのである。
「劇か」 待ってましたとばかり、三茅の口調がやけに楽しげな雰囲気。
「そりゃ……当然魔王様が主役つとめるよね?」
「うむ」 咲は穏やかにうなずく。
あの事件で咲は一時かなり衝撃を受けたらしく、僕らの呼びかけにもほとんど応じない時があったけれど、数週間でかなり元に戻った。と言っても朱音に疎む視線をしばしば向けるようにはなったけれど。
あの時から何かが変わってしまった。大きくではないけど、小さいことで、処々。
「じゃあ、翔吾くんに勇者役で」
「ならあら筋は……?」
「もちろん魔王様が勇者をやっるけるんだよ!」
僕を勇者扱いにするのもいい加減にしてくれないか……。
魔王はいきり立って僕らをにらみつけた。
「うるさいんじゃあっ!」
何だか血走った目に見えるが、気のせいだろうか。
「我輩は今……ゲームに怒っておるのじゃ!」
「そもそも、なぜ勇者が魔王を倒すゲームばかりなのじゃ!? 解せぬ!」
魔王は心底屈辱を感じている声だった。
「勇者がだまされて大切な人を失い、自分が魔王になっちゃうrpgもあるんだよ……」
「あれは黒幕が別にいる設定じゃ……」
咲が言い終わる間もなく、マギアは彼らにこう尋ねる。
「我々は一つの大きな課題に直面しておるのじゃ。文化祭の出物について名案はあらぬか?」
自分で考えようともせず、
「……以前の魔王だったらもっと頭が切れたはずなんだけどな」
嫌味告げる僕。
「我輩だって天才ではない。時にはぐうたらしてしまう時もあるからの」
僕は不満だった。僕は勇者なのだから、せめて強気な魔王を演じてくれても構わないのに。
魔王が自分のキャラに飽きているのかもしれないが、そんなことは告げないのが興というもの。
「誰もが嬉しがって交際ってくれてるわけじゃないのは身に染みたか?」
けど、僕にだってそう言いたくなる時は。
魔王の瞳が急に小さく見えた。
「非礼だよ、勇者!」 三茅がきっとなって叫ぶ。
一瞬、空気が氷りつく。けど、マギアは三茅の激昂を手で抑え、
「よせ」
と一言、黙らせた。
「ああ。お主も大部口が達者になったのう、翔吾……」
「魔王の振舞にも慣れたからな。こっちだって唯困りきってるだけじゃないのさ」
「そ、そうか……」
か細い声、まるで僕に助舟をよこしてくれと言っているようだ。
魔王という矜持を保つため、決して僕に何か助言を乞おうとはしない。しかし、このへり下った態度は明らかに良策を教えてほしがっているとしか。
「劇なんて、大都がやってるからなあ」
教えないよ。
文化祭のネタなんて、僕はちっとも思いついていないから。
「うむ、三年にならねば必ずやらねばなるまいからな」
三茅があせって、
「勇者、魔王に隠しごとなんてしちゃいけないよ。あなたはこの教室で人質みたいな存在なんだからね」
肩をすくめ、
「してないよ。それより、お前らこそ魔王に」
咲は、頬杖をついて黙りこみ、三茅は依然僕の顔に魔王への忠誠を示して。
◇
帰道を急ぎながら、僕は魔王とは何ら関係のない人物について思いをめぐらしていた
恵と連絡を取らなくては。
恵とメールの交換をするのは週に一回くらい。電話する時は基本予告している。
「翔吾」
長い金髪をなびかせ、澄んだ青い瞳を向ける女。
顔だけ見れば美人だが、僕より頭の一つや二つも高い身長、広い肩幅が、不釣合にも屈強な様子で頭を支えている。何度見てもこのガタイの良さには目が適応しない。
ある組織を司ってるようにもとれる純白の制服、対して黒いジーパン。
「エリアーデ……さん」
あまりに久しぶりの再会だ。すっかりその存在さえ忘れそうになっていた。
名前さえ、不覚呼びつけにしそうに。
「マギア・ユスティシアに異変はない?」
僕を見下ろし、緊迫した面持で問うてくる。
できるだけ
「いや、大して異変はありませんね。文化祭の出物で悩んでるようでしたけど」
「ブンカサイ?」
腕を組み、けげんな目でにらみつける。
「ええと……学校で一年に一度ある祭りです!」
うっかり、この女が(自称)異世界人であることを忘れていた。
どう説明すればよいものか、すっかり途方に暮れてしまう。
口がうまく動かずにいると、
「どうやら、その口調からして私たちの問題とは関係ないみたいね……とにかく」
適当にあしらい、せき払してから、
「最近、こっちでも動きがあったのよね」
「動き」
エリアーデからもらい受けた杖が本当に力を発揮してからと言うもの、僕は彼女の話を冗談だとは思わなくなっていた。もちろん、信じられないことは沢山ある。
「私たちの世界からやって来た人間がこの街をうろついているみたい。それも、敵対的な存在」
敵対的な存在。
つまり、エリアーデと敵対してるとか。
「厄介な状況なのよね。もし敵が増えれば、あなたを護りきれる保証はない」
そう言えば、以前世界が破滅の危機にあるとか言ってたな。彼女はそれを留めようとしている。つまりかの新来者は世界を破滅に逐いこもうとしている、と。……こんがらかる頭。
それより、恵と連絡をとらなければ。こんな人と雑談してる暇はないのだ。
「……大変ですね。でも、そんなの僕には……」
素通りようと横へ抜ける瞬間、あまりに強い力で肩をにぎりしめられる。
「あなたは私たちと関わってるの。知らないでは済まされない」




