第四十二話「翔吾、腹いせに朱音が録音流す」
「朱音……」
何か道おうとした僕の最初の言葉が、彼女の名前。今や青筋が立つくらい、その口元は弧を描く。
空は藍色に澄みわたり、照明と言えば耿々(ちらちら)とまたたく星々か、あるいは他の奴らが持ってる懐中電灯。
「今日の朝、行方不明になったのはそこの岩井と小坂。そして、彼らを見つけようとした勇者と魔王、都合四人……合ってるわね?」
僕は決して朱音の顔を正視できなかった。生気を奪ってきそうな、危険な香がしたから。
朱音は今や、僕らに何かの罪を被せたくてたまらない様子だった。今にも、それを実現できるのではないかとの確信を。
「まさか生きて還ってくれるなんて思ってなかった。本当に良かったわよ」
魔王のどこか軽蔑する口調に、まずかっとなるのは三茅。
「な、何なの朱音! その発言は!」
三茅の憮然たる口調に、それでも居丈高。腕をすくめ、
「私は心配だったの! 本当に二人がどこかに消えてしまったんじゃないかって! だから泣いていたのよ……あなたたちがいなくなってる間」
やけに演技がこもっている口調だ。安心するどころか、さらに苛立をつのらせてくる。
僕は朱音の胸にのしかかってもおかしくない所だったが、持前の理性でなんとか停める。
「……お主は我々を心配してくれたのじゃな」
僕に比べれば、はるかに冷静に反応する魔王。
「恩に着る。我輩と勇者はまさに二人を助けることで頭が一杯だったからの」
今すぐにもこんな会話を終わらせたくてたまらないかのように、早口気味。
「すでにそこの二人は無事じゃ。他に何か言いたいことがあるのか?」
朱音の心配などどうでも可い顔つきだった。
もうこれ以上複雑になっていく状況に対応するだけの余裕がない。
「確かに、魔王たちが帰ってきてくれたのはよかった。でも、その間学校ではすごい騒ぎになってたの。あの二年二組から行方不明者が出たって。それも四人も。とんでもない恥をかかせてくれたわね」
魔王は朱音の非難するような――というか、明白な非難に興味も見せず、
「そうか、そうか……」
と力ない足調で生徒たちをかき分けようと。
そして、朱音の声は一気に鋭く、厳しさを放った。
「あなたは無頓着なのね。自分のやっていることに責任感がなさすぎないかしら」
「何じゃと……?」
僕は胃に穴があきそうだった。この二人が和解するなんて、もう宇宙が再び収縮していくよりも訪れ得ないだろう。
「すでにこの学校に転校してきた時からね、あなたはもう光栄しい評判だったのよ、わかる?」
まごついて突立つ魔王に、まくしたてる弁舌。
「自分のことを魔王だなんて名乗って、本名も呼ばせないで、よく数か月も耐ったわね。普通ならさっさと退学処分になっておかしくないわけだけど」
魔王は朱音の言葉を三分の一も理解できていない様子だ。
僕にしても、さっさと朱音の演説が終わってほしくてたまらないのだが。
「私は、あなたのことを本気で応援してる人がいるのを知ってる。そんな人のメンツを傷つけたらただじゃすまないのも分かる。……けど、もうあなたの名誉は地に堕ちたの」
自分の正義を振りかざすのがそこまで大事なのか。大概にしろ。
「おい、過言だろ」
吉田もいよいよ気色ばんだ顔を示す。
「そりゃ魔王だってやりすぎてる所はあるよ。でも結果としてみんなの為になることをやってくれてるじゃないか。現に今だってそうだろ?」
「じゃあ、この二人を止められなかったの?」
小坂と岩井を指さして、突然詰問し始める。急に背筋がぴんとなり、棒切みたいに震えだす。
「この子たちは自分の意志で逃げたって言った。最初からマギアのいる空気に堪えられなかったってわけ。二人を止めることなんてできなかった。だってマギアはいつまで経ってもマギアのままなんだからね」
「違う……違う……」 三茅か、岩井の声が漏れている気がした。
僕は朱音が心底嫌いになっていたが、けれど朱音を憎む気にはなれなかった。
なぜなら、朱音はどこか本気で、自分の行動が誰かのためになっていると確信している節があるからだ。そこから一種の悪意が生じているとしても。
その確信を、魔王も実際に持っている。だが、主張する内容が全く噛合わないせいで、妥協する余地が毫も存在しない。だからこんな、聞苦しい会話が生まれてしまう。
「だからあなたがいると教室全体の迷惑になるの。これ以上……私たちの前に姿を現さないでくれる?」
魔王はため息をつくばかり、まともに反論しない。
「じゃあ私はどうなんだよ!? 魔王様に救ってもらった私は……!」
三茅はひれで自分の胸を指しいきり立つが、鮫頭のせいでどうしても深刻な場面にそぐわない。
「あなたには聴いてない」
頭をかく。
まだこんなことに巻きこまれるのか。そう言えば三茅が孤立していた頃もこういう会話があったなあ……。どいつもこいつも発展していない。
豎子のまま、ずっと。
僕は、さめた声でつぶやく。
「ああ……そうか。ならいいよ。別にどっちが正しくたって構わない」
「ちょっと……勇者!!」 三茅のきれそうな声。
「みんなの顔を見ろよ。誰もどっちが正しいかなんて関心ない顔だ」
僕は一同を見回しつつ放言つ。
「お前が何を言おうがほとんどの奴は魔王の行動が是だと思ってるよ。だって二人を助けたのは魔王と……勇者だろ?」
恥ずかしくも胸を指さして見せる。大したことない自慢。
「私はね、二人がいなくなって、あなた達さえ一時的にいなくなった責任を問うているの」
「魔王が悪いって言いたいんだろ?」
「……翔吾」 魔王が異変に気づいたかのように、僕の名を呼ぶ。
――ああ。こんな奴らと不毛な会話を続けるのは、もう沢山だ。これだから嫌なんだ、
学校という所は。
僕は録音を再生し始めた。
「マギアが頼りにしてくるから仕方なく従ってるだけだ……」
あの日の会話。
「知ってるよ。吉田、最近私の言うことを順かなくなったわね?」
「以前、私はあなたの罪を赦した。私の言うことに従う限り見逃してあげてたのに」
「あなたは、いつからあんな奴を慕うようになったの? 理解にたえない……」
「違う……」
「私も、あの子が苦手。ついていけない」
「自分のことを魔王とか言っておきながら、やってることは結局自分の囲いを作っていきってるだけ。私は前の空気が良かったのに」
「ああ、朱音がみんなのこと気にかけてた時の方がずっと過ごしたやすかったよ。なあ翔吾?」
「……吉田。あなたは、あいつのことが嫌いでしょ」
「……黙れよ」
「一体あなたは――」
「黙れよ!!」
「……え?」
三茅が僕に何か訊きたげに接近。
「と、止めなさい!!」
朱音が恐慌走りだすが、咲がその腕を把握る。
「翔吾、音量を大きくして」
「昔話なんてどうでもいいの。私が言いたいのはね、これ以上マギアの暴走を止めなくちゃいけないってこと。だって岩井と小坂が」
「私は絶対あいつを教室から放逐してやる。あんなのが学校にいたら私、もうどうにかなっちゃう!」
「気にくわないのよ。あんなのに、吉田が魅かれてるってこと」
うなずく応答は、確かに岩井と小坂の物。
「……おい」
吉田は、屈辱に満ちた声。当然だ。こんなの、ただ傷に塩をぬるだけだって。
「お前、それをどうして持ってるんだ」
「ねえ。それって」
咲がごく低い、しかし何かを隠した声で。
「まさか、朱音が岩井と小坂をそそのかしたってわけ?」
朱音の息はすでに荒い。




