第四十話「静かに漂う、不穏な六人」
吉田と三茅は、烈く怒っているのではないかと慄然していた。だが、二人ともそういう色は微相にも不出に、ボートに乗れと静かに声をかけただけ。
僕らは終始無言だった。小坂は助かった感激に打たれているのか、しくしく泣いている。岩井は、ふてくされた顔、川の波打つ表面をにらみながら頬杖。
魔王も、微妙な空気を理解って、自分から何か言おうとしない。三茅もその格好とは裏腹に、黙って一言も。
「……訊きたいんだけどよ」
吉田は振向もせず、後ろの一同に。
「何が?」 僕はけだるい声で応じる。
「お前ら、まさか二人がどこにいるか知ってて上流に向かったのか?」
「いや、全くの偶然じゃ。我々もこの二人と居合わせるとは夢にも思わなんだ」
魔王は先ほどの叫びで涸れてしまったのか、ごく低い声になっている。
僕は魔王に続けて、
「魔王の発案に従ってやったつもりだったんだ。もし二人が見つかる雰囲気じゃなかったら、すぐ撤退そうと思ってたんだけどな」
「何を、我輩は十分奥まで行くつもりじゃったぞ」
吉田は小さな声、しかしのしかかる調子で告げる。
「全く、無謀な奴だな魔王は! 実に御し難い奴だ……」
それは全面的に肯定しよう。僕も同罪なのだが。
「……であんたらは、どうしてそこまで深く入ったんだ?」
無論、岩井と小坂に向けた質問。
「それも、カヌーを勝手に打ち捨てて、だ。誰かに言われなきゃおかしいことだろ」
僕は一気に胸が苦しくなった。やはり、誰もがこの一件をあいつに帰している。たとえ僕があいつのことを好きじゃないとしても、クラス中の空気が悪くなるようなことに巻きこまれるのは難耐い不快感。
「きっとあの女に見言たんでしょ!」
三茅の厳しい横槍。
「朱音が私たちの仲を決裂こうとして、爾曹に指図したんだね。私だってそれくらい知道よ……」
「どうして、朱音が悪いの?」
それまで自分の世界にひたっていた小坂が、顔を挙げて声を荒げる。
「朱音はただ、魔王とちょっと仲悪いだけで、別に魔王に何か嫌なことしようなんて考えてなんかない! 変に疑ったりしないでよ」
「じゃあ、あんたたちが進んで迷子になったの?」
三茅はただただ、二人に激しい疑惑の目を向けている。
「魔王様に迷惑かけようとして。……そんなに、魔王様のことが悪かったの?」
「よせ、三茅。断定るんじゃない」
僕は二人に罪を被せたくなかった。いや、可能ことならだれも責めたくなかった。こんなことで、もう誰かが迷惑をかけるのは嫌なんだ。数秒たりともこんな問題に関わってはいたくない。
ただでさえ、平凡な日常を送っていたというのに。
「そんな論争は帰ってからにしよう。僕はもう、何もしゃべってたくない」
「翔吾の言葉に賛成だよ、俺は」
と吉田。
声こそ小さいが、このまま不毛なけんかが続くなら、さっさと水面に飛入りてしまいたいという剣幕が感じられた。
その凄味に圧倒されてからは、もはや会話は続かない。
魔王の髪は、水に濡れてもう風になびかない。魔王の瞳もすっかり暗くにごってしまい、鮮烈な感情を捉えるのは難しかった。
けど、そんな魔王にやはり、僕は及ばないと感じてしまう。ただ姿が愛らしく、口先が鋭いだけで何もできない奴だと食ってかかってた部分があった。何より、僕がちょっと撫でてあげただけでも泣き出してしまう弱さなのだから。
しかし、勇気だけは卓抜けている。蛮勇と紙一重だ。まさかこの二人を見つけてしまうのだから。その行動力だけは実に尊敬に値する。
僕は魔王を評価したくなってきていた。しかし、そのための語彙を発掘回す余裕がない。それに、心配なことは今や別の問題に。
「大丈夫なのか?」
吉田に声をかける。
「何がだ」 あまり口をききたくなさそう。
「怒られたりしないのかって」
「その辺は小口先生が上に伝えてくれたから大丈夫だ。魔王が二人を助けに行ったってな」
まじかよ……。先生はずっと魔王に脅されてたとばかり想ってたが、どうやら深く心酔しているらしい。
魔王は低い声でつぶやく。
「我輩は、朱音に何としてでも訊かねばならぬ……」
「朱音が関わっていようといまいと、我輩は奴に」
「何、言ってるんですか、魔王様! 申訳なく想う必要なんてありませんよ!」
三茅はやや上体を起こし、僕らの方を向いて叫ぶ。
「どうして、そんな風に自分に責任があると思うんですか……」
「ずっと我輩はみんなを楽しい気分にさせようと努力し続けたつもりじゃった。けれど、それが負担になっておったのじゃな」
「あんたに言われても困るよ。あんたみたいにいつも楽しくて悩みがない奴に言われたって」
岩井は魔王に難癖。
「……それが我輩の欠点なら、我輩はその言葉をはっきり受忍めよう」
「何言うんですか……魔王様」 三茅は不満げに口を閉ざす。
「いや、我輩もはしゃぎ過ぎたのかもしれんのう。お主らの中に決して我輩を心良く思っておらぬ党派がおるとは分かっておったつもりじゃ。しかし、これがこんな結果を招くとは決して……」
最後の部分は聞こえない。取而換るように口を開く小坂。
「そういう所だと思う。どんな時だって、自分が魔王であることは僅少もおびやかされない」
まさに、小坂の言う通だ。魔王は、魔王であることによって正に批判を受けている。それに対し魔王が反省することは不可能なのだ。彼らに、魔王の存在を許すことなどできはしない。
「我輩は……そうか。魔王だから……か」
吉田はいよいよ聴飽きて、まるで罪を被せるように、
「……朱音だよ。文句なら朱音に言え」
小坂はやはり困った反応。
「あの人は、私たちにそんなこと言ってなんかない。」
「お、俺もだ」
結局、二人は朱音の関与を執拗に否定するし、自分らの失踪の動機も隠匿。何も明らかにならない。
気づくと、もう水流は静かになり、船のゆらぎも大部沈静っている。
こんな長い距離を、とりとめのない戯論に費やしていた。
「てめえらが闘擾してる間に、ほら岸辺にたどり着いたぞ……」




