二十五話「平凡好きな勇者、にじりよる違和感とおかしな日常」
エリアーデが去ってからというもの、丸一日家の中、放心状態で過ごした。
僕は完全にあっけにとられていた。もうほとんど考える余裕もなく、食事すらままならなかった。
実際、エリアーデを名乗るあの女が、妄想で自分をみたしているなどとはもう考えられなくなっていた。だがマギアはどうなのだ? あの子のうさんくささは相当なものなんだが。
僕は端末のメールを確認することさえ忘れていた。勝山恵と電話番号とアドレスを相伝してから、もう互いに情報を伝達できる関係なのだ。もしかしたら彼女から来てるかも――という可能性を、すっかり捨去っていた。
だから、端末をいじくっていた時にふとメールをのぞいた時は、ついびびってしまったものだ。
普通なら吉田との予定のやりとりで埋まっている受信欄に、恵からのメールが来ていた。
「あなたと話がしたいんだけど、いいかな? できることなら一緒に場所とか相談したいんだけど」
日付はきのう。
僕は少し途方にくれた気分。
本当に来てしまったな……。よりによって、何で僕なんだ。せめて魔王にしてくれよ。僕はこういう人間とのちょっぴり重い関係と言うのが苦手なんだから。
「わかった。どこで会えばいいかな?」
しかし、なぜか悪い気持ちはしない。考え方次第では、それも妥当な選択かもしれないな、と。
いや、僕はどこか責任感めいた重荷を感じたのだ。恵が一瞬見せた、深く、ひそかな部分。知らなければいけないんじゃないかって。
僕はゲームをして、時間をつぶすことにした。僕は怠者な性格だから、宿題を済ませてしまったら基本一日を寝転びながら過ごす。というより、一度始めてしまったら苦労をまねく事柄なんて関わっていたくないのだ。
人間関係をあまり拡げないのものそんな所にある。魔王がやって来る前はほぼ吉田以外の人間と口をきかなかったものだ。
しかし、魔王がクラスに波乱を巻起こし出してからは、葛城咲や戸島三茅、他のクラス中からやけに雑談を申しこまれる。勇者と呼ばわり、からかってきやがる。なぜか、やめてほしくはない。
けど――魔王は一体何者なのだろう? エリアーデの言う通り、何か大きな目的をかかえてやってきたのか。
だが、あの杖。誰にも教えずかばんの中に入れているけれど。
黒い何かの石でできているみたいだが、用途が皆目わからない。教えてくるんじゃなかったのかよ。
が、いきなり端末がピピピピと鳴り始め、急遽現実に送還される。
「もしもし?」
緊張しつつ、相手を確認する。
「翔吾くん? 今、いいかな?」
やけに向こうは静謐。そこはかとなく牢屋みたいな雰囲気をつかむ。
「メール……読んだの?」
「うん。よかった……本当に勇者の声なんだね」
「だから勇者じゃ――」と言いかけ、僕はすぐ本題に入ろうと、
「ええと、僕と何かしゃべりたいって話だったっけ」
若干間を置いてから、やや低い声で語り出す恵。
「魔王は私には明るすぎる。もちろんあこがれるよ、あの性格には。でも、私にはなるべくもないね」
激しく同感。
「わかるよ。おかげで毎日が刺激にあふれてんだから」
僕の意図に反して、高くなる調子。
「うらやましいね。私もそんな人生だったらいいのに」
「……別に望んでそんな生活送ってるわけじゃない」
恵が落胆こまないように気をつけつつ、返事を選ぶ。
「どうする? あんまり店とか図書館じゃ話したくなくてさ。家の中とかがいいかな」
この子の家庭環境がどうなのかまだ知らないという不安。
「……君の家ってどんな感じ?」
「いつもアパートで一人暮らしなの。友達もいなくて……翔吾くんが来てもらうのはちょっと気恥ずかしい」
俄然、考えてもない言葉がくちをつき、
「僕だってそんないい家じゃないから……」
不意に飛出す謙遜の言辞。
「やっぱり翔吾くんの家で話したいかな。わざわざ翔吾くんの脚をわずらわせたくないし、私にはそこにいくくらいの力があるから」
ううむ、と思ってしまう。女の子と二人、人知れず語り合うとは緊張するじゃないか。
もう魔王と前例があるな。どれにしろ会話がここまで進んだ以上僕は断りきれなかった。
「僕は別にいいけど……待合した方がいいよね。まだ住所も教えてないし。僕も自分で足をはこばないのは後ろめたいから」
恵に対し、重たい心がなかったと否定すればうそになる。けれど、僕は知らないほど軽薄な人間じゃない
「……ありがとう。私は翔吾くんから住所を聴ければそれでよかったんだけど」
「まさか。君に色々と迷惑かけるわけにはいかないからさ」 胸の底からたまら罪悪感。
◇
僕らが集まったのは久根野市役所の西側にある広場だ。四角形にひろがる敷地には、芝生があり、遊具もあり、塀に沿ってならぶベンチには二人、三人と訪れる者たちがいこっている。
僕はここまで歩く途中、詳しい位置まで決めていなかったことに気づき、あなや不覚、と頭をかかえそうになった。
けど恵もすぐそこにまで来ているだろうし、今さら電話で確認するまでもないだろうと再考し、そのままあたりを眺めてどこに彼女がいるか探そうと。
姿は、僕の見てない場所から。
「翔吾くん……だったよね?」
車椅子をこぎながら、恵が僕のもとに近づいてきた。
「勝山恵さん……かな?」
片手を挙げ、にこやかに。
「あ、別に私は『さん』づけしなくても構わないよ。『恵』だけでいいから」
「恵……どうしてここが?」
「訊かないで。私は翔吾くんとお話ししたくてたまらないの」
目をしゅっと笑わせ、くんだ両手を胸の前でゆらす。
「そ、そうか」 恵にしてはやけに機嫌がいい。
「じゃ、そろそろ行こうか」
僕は恵の車椅子を推して、道を進む。一体、こんなことをして何になるというのだろう。魔王のせいでこんな面倒な役目を押し付けられたわけだ。
「最近、変わったことはない?」
公園から離れ、食堂やマンションがはさんでくる道へと移るにいたって、恵が口を開く。
「変わったこと?」
魔王の存在だ。平凡そのものの人生を送って来た――と自負している――僕には、魔王以外の変化を生活において発見できない。
「何より、魔王だね」
想像力の貧弱な自分に苦笑しつつ、
「あいつのせいで、毎日毎日がかき乱されるよ」
「そりゃ退屈しないわけだね。私なんて施設の人たちと同じ会話交わしてばっかだから」
「ここ」
間、僕はそれほど主張の強くない、ぽつりと建つ一軒を指さす。
茶色を基調とし、黒い柱や屋根の混じる、二階建ての家。
僕の父は、瀟洒な感じをかもし出すことを目的に建築したらしい。僕は美意識に関して特別とは思わないが、それでもいざこの家の魅力を紹介しようとすると、つい自慢したく。
「へえーっ……」
「入って、どうぞ」
玄関から、僕はスロープ――バリアフリーが父の――を使って恵をホールに入れた。
「お邪魔しまーす」
恵のほのかな声が天井にあたって僕の耳にはねかえる。




