二十四話「金髪乙女がつむぎだす不条理、(他称)勇者と魔法の杖」
金髪女――エリアーデは、やはり女性と言うにはいささか優しさを落いた厳しい声で問いつめる。
「君、気は確かなの?」
下手に受答すれば、本当にしめられそうな気がして、ただオウム返しに、
「確か……です」としか言えない悲哀さ。
彼女はようやく首つかむ手をゆるめるが、険しい顔つきはいまだ向けたまま。
「確か、か。じゃあ私の名前を言ってみな!」
それ、もしかして敬称つけなきゃぶちのめされる奴ですか……?
僕はもう、死を覚悟しつつ、自分の記憶をたぐりよせながらゆっくり発音。
「エリアーデ……さんでしたっけ……?」
エリアーデは、ぴくりとも眉毛を動かさず、つかむ手をいきなり離す。
唐突なその所作に、僕の脊髄はちっとも反応せず。
「こっちの男はやわいな」
僕の尻はどすんと地面に激突した。
「全く……勇者様と張り合える奴はいないのかい?」
勇者様? こいつは、勇者を信じてるのか?
僕は片膝をつき、女を見上げる。そして、ぼっと怒りに満ちた声をあげる。
「あなた、本当に何なんですか?」
無意識に、相当な憤懣をためこんでいたらしい。
「トイレの中に現れ、帰道にあらわれて……全然理解不能なんですけど!」
エリアーデはしかし、脱然自分がそう反問したいとでも言いたげな表情で見すえる。
「というより、私にはあなたが勇者と呼ばれてることが理解不能なんだよね」
片手こぶしを強く、にぎりしめ。
「それも、勇者様をもっとも知っているはずの魔王マギア・ユスティシアに!」
僕の理解力をはるかに超える妄言を、滝みたいに流しこむ。
「分かる? 私の記憶では、魔王はあんな愚かしい性格の人間じゃなかった。勇者様からお聞きしたことからしても、そう」
マギア・ユスティシアを知っている? 今まで会ったこともないのに?
勇者様? まさか僕以外の人間が?
「勇者って……誰ですか?」
「君に答えてやる道理はないね。君はただの男の子だろ?」
魔王がただの女の子であるように、か。
「私が訊きたいのは、魔王がなぜ学校に潜入し、あまつさえ君を勇者って呼んでいるかってことだ!」
おたがい、何一つ理解しないまま進む会話は、もう口論に近い。
「知りませんよ。大体あっちから勇者って呼ばわるんですから!」
エリアーデは僕を見すえ、ようやく何か合致するものを見つけたように口をすぼめる。
「そこだよ。いくら素性をいつわるにしても手段はあるはずだ。大体魔王なら魔法を使えばいくらでも外見はいつわれる。まして一般人にとけこまなくても、魔力で秘密宅はこしらえるからね」
演技ではなく、素でそう言っているかのようだ。
決して、魔王みたいにべらべらとしゃべっているようには見えない。
「魔法? 魔力?」
僕は、だんだん自分の前提を疑うことにした。ひょっとしたら、この女にも言分があるかもしれない。
無論、そう考えること自体が狂気ではないか、とためらいつつ。
「あの……最初から詳しく教えてくれませんか?」
僕は極度の緊張に苦しみつつ、自分でもどうかしてると思う質問。
無限にして一瞬の間が、そこに。
突然エリアーデは両手で頭をかかえ、すっとんきょうに。
「わあああ! 何、私こっちの奴らに情報さらしてるんだああああああ!!」
「んえ?!」
顔は青筋まみれ。
「こっちの人間にはなるべく干渉するなってあれほどおっしゃってたのに……! ああ、勇者様にどう弁明すればいいか……」
僕は目の前の女が荒々しい様子から急に途方に暮れた感じになげいているのを目の当たりにして、ただただ当惑している。
「君、名前は?」
「中村翔吾です……」
エリアーデは、すっかり意気消沈。
「あー……なんて口の軽さだ。これじゃ世界の危機も止められない」
僕はもう、彼女の独擅場にはついていけなかった。
「マギア・ユスティシアとは、何者なんですか?」
「もう私は、あなたに色々なことを知られてしまった。さすがにこれ以上事態を悪化させるわけにはいかない……」
いよいよ何かこの女がやらかすのではないかと恐怖から瞬時にみがまえる。
「ひょっ、ひょっとしてそれは僕を消すとか……」
だがエリアーデは口を曲げながら僕をひどくうとむ目で。
もはやひきつった笑いを浮かべることでしか、状況をごまかすことができない。
「まさか。それは勇者様も望んではおられないだろうし」
「勇者様って?」
……結局は、エリアーデが何から何まで僕の状況をかき乱しているだけじゃないか。
僕はただ驚くことしかできない。トイレの中で説教された時だって。反論する気分さえうせてくる。
「いや、知ったところでどうにかなることじゃないよ。全ては私の失敗にある」
彼女の方はといえば、真剣に何か深い問題を抱えているかのように、澄んだ目をしていやがる。
「だが……君のことについて責任を捨てるわけにはいかないね。何しろ私の方からまきこんでしまったのだし」
一体、僕に何の罪があるというんだ。
しかしそこで、一つの黒い棒が急にエリアーデの手にぽっと出る。
「君にこれを渡す。私たちの世界に関わってしまった以上、何も起きないとは信じられないからね……」
「何ですか……これ?」
「私の国では身を護るために使ってる魔法の杖。説明は……この石用ってやるから」
エリアーデはさらにもう片方の手に、いつの間にか黒い宝石みたいな球体を載せていた。これも無理やりの僕の手の中ににぎらせる。
「ちょっと……! こっちは困ってるんですよ!?」
僕はエリアーデを見上げ、あんぐりと口を開ける。
「困ってるかどうかはともかく、私は魔王マギア・ユスティシアを監視しなきゃいけない」
エリアーデは最初から最後まで僕を翻弄しつづける。
僕にわきあがる不満などお構いないしに、肩をたたいて、さも良識のある人間みたいに、
「君は君自身の心配をすること!」
「はああ!?」




