第二話「魔王、僕の隣席に転校す」
翌日、僕はすぐそのことを人に告げた。
「世の中、何があるかわかんないな」
吉田精一はごく平凡な感想をのべる。と言っても、興味がないわけじゃない。特有の語彙力の欠如による。
むしろますます顔を乗り出して、続きを聴取そうと。
「いや、一瞬恐怖だったからね。あんな女の子が魔王と名乗るとか普通に恐怖ものだよ……」
僕としては、あんなかわいい子にはむしろ生別の妹とかメイドとかの設定で転がりこんでほしかったけど、いかんせん魔王なのだ。魔王? だったら角を生えてたり肌が紫色だったりしろ。
吉田の疑問は、しかし悩ましい方向へ。
「しかしなんでお前の家だったんだろうな、翔吾?」
僕自身も、気にしていることだった。
「もしやって来た家に恐い兄ちゃんがいたりエロいおねーさんがいたらどうするつもりだ? 普通にひどい目に遭いかねないだろ」
なるほど、よくある成人向漫画の内容だ。いや、ネタにすべき事態ではない。すぐ、表情を元に直す。
「ひょっとして、狙ってお前の家を訪れたとかな。情報を前もって集めてたりして」
げっ、あの子、そんな準備してたのか。逆に震えが襲ってくるんだが……
「いや、さすがあの子が頭が賢いなんてことはないよ。魔王設定がガバガバだったしね」
魔王本人だけじゃなくて、生まれ変わりだからあんな美少女なのか。
とはいえ、姿は実に異世界の人っぽかったんだけど。
腕を組み、吉田はますます、嫌な予感のする想像を語る。
「でも、ただ驚かしとも思えねえな。勝手に因縁つけてるんだし、またお前んちにやってくるんじゃねえか?」
冗談じゃない、と冗談じゃなく不快感。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「ただのおかしい奴よ」
急に後ろから耳をつく声。
僕がそっちを向くと、高島朱音がつまらない、と断じる。
「何ひとを勇者呼ばわりして騒いでるのよ、そいつ。ただ人を怖がらせて悦にひたってるだけのヤカラじゃない」
吉田は少しけげんな顔つきになりながらも、
「まあ、変わった奴としか思えねえな。情報が少なすぎる今は」
「それでどうせ、ネット上に晒されて被笑者になるのがおち。何も面白いことなんてない」
高島の言葉には、相手の鼻をくじきにくる意図が明確に浮かんでいる。
腑に落ちないことばかりでどうにも気分が浮かばなかったが、ふとした拍子、想起す。
――そう言えば、今日転校生が来るのだったな。ずっと前から耳にしていたが、どんな子なのかまだ知らない。
だからこの日が実はちょっぴり楽しみでもあった。
ホームルームが始まると、担任の小口先生が口を開いてまず言うのは、
「今日はみなさんが待ちに待った転校生が来る日です」
まさに、この話題。実際女の子だという事実だけはみんな知っていて、だからやけに男子たちの妄想の種となっていたのだ。
「ロリかな?」
「巨乳ならなお結構だ!」 野卑な声が後ろで。
それを聞いていたかどうか知らないが、小口先生はごほんと一回せきをすると、
「みなさん、今から転校生の方が部屋に入られたら大きく拍手してください!」
一体あれは誰だったんだ……という疑問を余韻として響かせつつ、その時を想像して高鳴る胸。
しかし、その期待は、斜め上の展開で打消される。
扉が開く前に、一つの聞覚えのある音色。
「ここが勇者の牛耳る教室か!」
ドアを静かに開け、一人の女の子が入ってくる。
ずかずか足を鳴らしながら、大声で群衆に演説する。
「お主ら、惑わされるでない! そやつは我輩の王国を滅ぼした大悪人じゃからのう!」
居丈高な口調に、誰もが驚いて口を閉じる。
当然だ……普通なら口笛の嵐が湧いてもおかしくないのに、こんな古めかしいしゃべり方。
まず、こんな妄想を叫びつつ部屋に入るなんてあまりに非常識。まして、勇者?
……って、え?
何を僕は、言っている?
「貴様ら、魔王にご降臨にも不拘そんな薄情な沈黙か?」
魔王。
昨日、突然僕の家におどりこんできた少女その人が教卓を片手でたたきながら説く。
黒いフリフリした服ではなく学校の制服を衣ているが、薄い水色の髪は川のように流れ、藍色の瞳は爪のように鋭くとがり、こちらをにらみつける。
「我輩は暴虐なる勇者からお主らを救うためにこの魔窟にはるばる、旅の末に到着いたのじゃ! もう少し歓迎せい!」
両腕を張り上げ、悔しそうな表情の女の子。
吉田は四角形の口、硬直していた。
冷汗たらしながら、あきれる朱音。
誰もが、理不尽な目の前の光景に分別を持たない。
すると、魔王マギア・ユスティシアは何かに気づいたかのように目を丸くする。
「……そうか! 勇者に魔法をかけられたのじゃな? だから口がきけぬのじゃ!」
爾後はますます目をつり上げ、誰かを指さして、
「勇者、中村翔吾ぉ! 生徒たちへの呪いを解け!」
指は、僕をさしていた。いやいや、何を言ってるんだ君は?
「現代日本人の僕に魔法は使えませんから……」
「うそつけ勇者、絶対魔法を使ったぞ!?」
なぜ僕の名前を知ってるんだ? という質問は後回しに、
「お前、前世の記憶あるんだよな? なら僕の前世での名前も知ってるはずだろ?」
「前世の名前?」
また痛い所を突かれた魔王は首をかしげながら、本気で途方に暮れた顔で、
「……何だったっけ?」
純粋な疑問として。
「いや僕に問くなよ……」
完全に面目まるつぶれの魔王は両腕をふるいつつ、今の失態をごまかそうと。
「と、とにかくだな! 我輩マギア・ユスティシア十六世は魔王国復活のためにこの世に生まれ変わったのじゃ! お主らには魔王国復興の尖兵となってもらわねばならん。ゆくゆくは勇者中村翔吾を倒すために!」
誰一人理解している人はいない。
いや、一人だけいた。僕の座席からいくつから離れた所に、まるで魔王の言葉が本物であるかのように聴き入っている女の子が。
確か、三茅って子だったっけ。クラスでもあまり口数の少ない奴。
暗い性格……じゃなかったっけ。
小口先生がとうとうここで動き出した。わけもわからずうろたえた顔で、
「君、もう少し違った名前じゃないかな? 名簿には――」
先生の弱腰な態度につけこもうとしたらしい。
「そんなものはくだらぬ現世での名前! マギア・ユスティシア十六世が前世から継承ぐ由緒ただしい名前なのじゃ!」
腰に両腕、全くしたり顔。
「そういうわけでのう、諸君、魔王国を蘇らせる我が計画に賛同してくれるな?」
もう、迷惑でしかない。
こいつ、何僕を敵扱いしてるんだ? 何こいつらを勝手に変な計画に加担させる?
小口先生は再び石像に自分を変えた。こいつらは依然として同じ石像。
「ククク、誰も反対の者はおらんな? ならば我が盟友とみなす!」
一人悦にひたる魔王。
「よし、諸君、我が魔王国復活のため努力しようではないか!」
拳をにぎりしめ、あげる片腕。拍手など起きるはずが。
一人英雄をきどる魔王。それから先生に向き直り、
「小口先生、我が席はいずこに?」
まるで自分の配下として接する硬い顔つき。
「あ、ああ、翔吾くんの隣があいてるからそこに座ってくれ……」
完全にびびってしまった小口先生はほとんど低い声しか出せない。
「んえ!?」
僕は、すぐに目を隣にやる。確かに、そこに空席が!
おいおい、こんな近くにこんな変質者を迎えるってか……!
「な、なんで、僕が……!」
魔王はまるであでやかに唇を曲げ、
「なかよくしようぞ、勇者?」
その威厳と妖艶を兼備えた笑みは本物の君主のよう。もし何も知らなければほれこんでいたろうが、こんな状況では悪夢のあけぼの。
僕がどうにもならずため息をついて首をかしげると、
三茅は、魔王の方を向いて興味を示していた。




