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第十七話「魔王、おびゆるあまり勇者に助けをもとむ」

 僕は、硬直した。うそだろ。夢じゃないよな……!?

 確かに、目の前の人は、『マギア・ユスティシア』と呼んだのだ。しかも、外見だって咲が言った通りのすがた

復訊ききなおすわ。マギア・ユスティシアはここにいるの?」

 水色のドレスを着た、少し大人びた女。

 つやの際立つ金髪が、腰にまで伸びている。そして、マギアより一層青い瞳。

 そんなことを言って、誰が「はい、います」などと答えられるものか。

 現に僕は開いた口がふさがらなかった。だって、咲の語った通りの人物にいきなり遭遇したのだから。夢だと疑って何が悪い。

「すでに数人から聴いた。この学校に魔王マギア・ユスティシア十六世が潜伏してるってことを」

 やべえ、こいつも本気で異世界に生きてやがる。

「……多分、誤人ひとちがいじゃないですか?」

 僕は自分でも驚くくらいにやついた顔でごまかす。これは幻覚か、それともたちの悪いいたずらに違いない!

「僕はそんな人、聞いたこともないですし、第一――」

 びくともせず、僕を見下ろす。つまり、確信しているのだ。

 ここに、魔王という人間がいるのだと。


「今誰か我が名前を……」

 そして、彼女が実際に反応してしまった。しまった、と絶望した時にはもう晩い。

「ぬぐっお主は?」

 同じような姿の奴にはち合わせとなったからには、さしもの魔王もびびらずには。

「マギア・ユスティシア!?」

 女の眼の色が変わる。とげとげしさの上に、殺意。

「勇者さまの行方を教えなさい! よくも私たちをだましてくれたわね!」

 ガチで妄想をこじらせてるじゃねえか。いや、と僕が自問を始める前に、

「こ、この者が勇者なのじゃ」

 苦しまぎれに僕の肩を叩く魔王。

「魔王が勇者に助け求めんのか!?」

 うれしい……というよりは困惑がはるかにまさる。

「助けてくれ、中村翔吾!」

 僕の両肩に手を回し、後ろに隠れようと。

「やはり魔王じゃない。成敗してくれる!」

 女は怒りに満ちた形相で両手を組み合わせる。

 ああ、こんな所でボコボコにされるのか、と覚悟していると、

「魔王様を傷つけないで」

 すかさず、僕ら二人の前に立ちはばむ三茅。魔王を本当に守るべき存在として、忠誠を誓っているのだ。

 三茅の姿は震えていた。けれど、僕にはない勇気の片鱗が、そこにほのみえる。

「何。あなたもこの魔王の腕を持つっていうの」

 女はよく見るとだいぶ肩幅が広い。それに比べれば、僕らはまるで背も低いし体も細い、吹き散らされる存在。

 にも不拘、三茅。

「私は魔王の側近、戸島三茅……あなたも名前を言ってください」

「……やれやれね。あなたたちこっちの人に頼らなきゃいけないくらい魔王が零落おちぶれているなんて」

 あたまをかく女。

 三茅はもう自分が人生の終末を迎えるかのような口調で女に対し弁舌をふるう。

「私は決めたの……どんなことがあっても、魔王様のことだけはお守りするって!」

「違う。私は」

 三茅は三茅で、やはり自分の見たいものしか見ていない。

「だって、私はこの人にあこがれたから。私ができないことがこの人にはできる。私は見習いたかったの……変な眼で察られても、絶対にくじけない勇気を。自分をつらぬきつづける強さを!」


 しかし、さして三茅の決意はヒステリー只中の魔王には聞こえていないらしく、

「勇者、こやつをはやく退治せえ!」

 わめく魔王。


「我輩はかよわい魔王様なのじゃ……一人では何もできない女の子なのじゃ……」

 僕のそでにすがりつき、情けなくすすり泣いている。

「わあん……どうしえ我輩ばっかりこんな目……」


「勇者……か。なるほど、あなたらしい策略だわ、魔王」

 女はあくまでも、魔王一人に関心を向けている。

「この子は単なる子供よ。特別な存在でもなんでもない」

 図星だ……!

「ああ、良かった! 僕のことをただ単に子供って言ってくれるなんて!」

 つい、感涙極まってしまう。

 すると、今度は魔王が先ほどの涙をかなぐり捨て、泥沼の怒りへ転じる。

「お主、我が勇者をよくもただの男の子呼ばわりしたな! 唯一我輩が認めたおのこと言うに!!」

 自分が勝手につけた設定を、被害者におしとおす。

「勇者は勇者なのじゃ! その地位を自ら売るなど許さん!」


 女はただただ、あきれていた。どうやら彼女も彼女で別の勇者を追っているらしいのだが、この子が魔王であることに関してはなぜか僕らと意見が一致している。米倉でさえ知っていた。

 マギアには何か秘密があるとしか思えない。けど、秘密があるようにも思えない……


「……驚いたわ。あなた、本当にマギア・ユスティシアなの?」

「天に誓って、この人はマギア・ユスティシア様です。うそだと思うならあの人からもらった髪の毛をどうぞ」

 自分がまったく見当違いな意見をのべていることに、三茅はちっとも気づいていない。

「確かに記憶している限りは、外見も同じだし、雰囲気も似てる……」

「我輩はお主など知らぬ! 我輩、普通の女の子だよ? どこにでもいる普通の女の子だよ?」


 いや、そんな銀髪碧眼の女の子のどこが普通だよ。

 女は、しかし打舌して渾沌とした状況にそろそろ嫌気がさしたか、


「やれやれ……せっかく魔王を捕える絶好の機会だと思ったのに、これではね」

 すると、三茅が女の服のすそをつかみ、にらみつける。

「魔王様に、何をするつもりですか……?」

 塵芥ちりあくたみたいに三茅をにらみかえす。

「あんたには訊いてない。それより、君」

 そして、何度も急変する感情の波に苦しむ僕に言った。

「よ、呼びました……?」

「あなたが勇者なら、きっと魔王はそれなりの策略があるってことね」

 意味がさっぱり分からず、結局硬直したまま。

 三茅は相不変、居丈高になじり続ける。

「まだ名前も訊いてないんですよ! なのってください」


 女はせきばらいすると、

「まあいいわ。また後日会うこととしよう。いずれ」

 数歩後ずさりして、口で何かぶつぶつつぶやく。そして、空気を切裂く音、僕らの視線の先で突如消えた。

「き、消えた……!?」


 誰もが、数分間の事態に何一つ理解が行かず困惑している。

 それどころか、他の教室からも生徒が集まって廊下を大きく塞いでいるありさま。

「おい勇者! あの者が誰か説明してみせえ!」

 魔王は僕の肩をつかんで理不尽にせまる。どいつもこいつも、僕と魔王に恐怖とも似た眼。

「し、知るかよ!」

 僕だって、誰かに訊きたい所だ。けれど、それができないからこう足を棒に作っているんじゃないか。


「ちょっと、何しているんだ!」

 どこかから、叱りつける声。

「お前ら、もう授業の時間だろ! さっさと戻れ!」

 ああ……魔王も僕も、後ろめたい表情で、群衆をかきわけて今の事件を忘れたがるわけだが……すると、そこに高島朱音が立っている。


「マギア・ユスティシア……」

 朱音の顔は、それまで僕が見たどんなものとも違っていた。何か、考えてはいけないことに気づいてしまったかのような、衝撃。

「一体、何者なの……?」

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