第十五話「不純な動機、そして協力」
僕が三茅を助けたいと思ったのは、三茅がかわいそうだと思ったからで、三茅自身がどんな風に思ってたかなんて、関心の外。
咲も吉田も、若干の相違があるとはいえ、自分のことを優先的に考えてあの行動に移ったのだ。その事実を愧じてもいない。
「みんな、そういうものなんだね」
三茅は小さくつぶやいた。僕はそれを耳にした時、とてつもない罪悪感をいだく。やはりこんな感情を持つ僕に、この子を助ける資格があったのだろうか?
「みんな、私を本当に思って助けに来てくれたわけじゃないんだ」
「違う、我輩は……」
「魔王様もそうなの? 私を助けたのは……結局、自分にとって都合がいいから?」
魔王はやけに慌てて僕たちに一喝する。
「お主ら、そんな風に三茅を思っておったのか? 許さん!!」
僕はこの少し前から笑いを我慢していた。要するに、魔王自身もそういう感情が無きにしもあらずってわけ。自分が注目されたいから、あの計画を堂々と僕らに提案して見せた。不純な動機。
……何だ、こいつも僕と同じじゃないか。
「我輩は違うぞ! 我輩は寛大なお方じゃ、ちゃんとした善意で三茅を……」
「何で今さら早口なわけ、魔王様?」
と朱音。
「ほらね、あなたの魔王様とやらはそんな器の小さい奴だったじゃない!」
「ぐぬぬ……」 反論できずにのどを鳴らす魔王。
三茅はしかし、朱音の言葉になびく雰囲気はなかった。
「私は、それでもいいけどね」
決して失望していないわけではない。しかし、打ちひしがれている感じでもない。
きっと人間が幻滅した時、本当に悲しみや怒りを全身で体現する瞬間なんてそうそうない。それを抱えているように見える人間なんてどれほどだろう。
誰もが、――外面だけみれば――普通に日々を過ごしている。
「……はあ?」
「私は魔王様のそうじゃない所にあこがれたの。普通の人と違わない部分じゃなくてさ」
「でも、こいつは人間の性をたった今発現したわよ」
魔王は、まるですがりつくような眼光。
「そんなこと重要じゃない。だって誰にだってそういう所はあるだろうし……」
自分の読みどおり動いてくれなかった三茅に、朱音は心底嫌そうな表情。
「今も傷はある。きっと引きずっていくんだろうな。でも……」
三茅は、このことを一生忘れないだろう。もしかしたら僕を恨んでいるかもしれない。僕みたいに不相応な人間が彼女の理解者になろうとした傲慢。
「魔王様がいてくれて、本当に良かった。だって魔王様がいなくちゃ私、本当にあのままだったかもしれないし」
三茅の声は、しかし虚偽とは思えない。彼女にとって、間違いなくマギアは『魔王様』だった。
「私、素直に……うれしかった」
「……ちっ」 朱音の打舌。
魔王はようやくほっとしたらしく、胸をなでおろす。
「何じゃ、心配させてくれる奴」
しかし、すでに僕はこのちょっといい雰囲気に関心を失っていた。
なんて茶番だ。三茅の気持も大事だけど、それより重要な疑問が心をとらえて離さない。
僕らは知っている。三茅が魔王を、おびき出すための道具だったことを。
三茅なんて問題ではない。一体、米倉は何を考えていたんだ。
誰のために、あんなことを……?
「翔吾くん……?」
咲の呼び。
◇
僕だけがこの世界の空気にあらがおうとしているかのようだった。
誰もが、魔王をあたかも心のどこかで認めているつもりでいるみたいに。お前もほんとは認めてるんだろ――と言われれば否認できない部分はある。けれど、こんな状況を歓迎していない自分が、ひそかに隙間から顔をのぞかせているのだ。
まだ、それを表に出してはいない。けど、出てしまうかもしれない。
「私、決めました」
誰も僕の葛藤を知らないまま、三茅は魔王に告げた。
「勇気を出して家族に説得してみようと思います」
魔王は若干不安げに眉を垂れる。
「だが、お主はまだ理解してもらえていないのじゃろう? お主一人ではいかんとも……」
三茅は両手を魔王の机に立てた。
「それは、私が普通のトラブルとしてあのことを話してたからなんです。ずっと細かい部分にはしゃべらないでいました。でも、それじゃ……納得してもらえないですよね」
表情は決して自信まんまんとは言えない。やや不安もある。
だが同時に、行動し、進んでいこうとする意志。
「だから、マギア様の家来として物申してみたいんです。私はマギア様の恩寵によって救われたのだと!」
目を丸くして、三茅に集中する僕。
こいつ、いよいよ侵食されてやがる……!
マギアは一瞬緊張した顔を浮かべたが、いつの間にかどや顔に口を曲げ、
「うむ! それでこそ我輩がみこんだ者じゃ」
衆目を気にせず、宣言して見せる。
「お主ら! おい、三茅がようやく自分の殻を破りおったぞ!」
挙句の果、それを自分の功績みたいに喧伝。誰もが話を止めて、妙な顔で魔王を怖がる。
僕も同じような表情――かと思いきや、なぜか口角が揚がり始めてる。
「……」
そんな二人を、高島朱音は横から冷涼にねめすえている。
「それで、納得? 馬鹿げてる」
高らかに靴を鳴らして二人に近づいていく。
「そもそもあなたはここにいる誰からも理解されてない。ましてあなたが魔王の言うことに従ったら、ますます理解されなくなるだけ」
朱音の瞳に、萎縮して表情を消しだす三茅。
僕は失望した。三茅は、結局前と同じ臆病者じゃないか……。
「それでいいの?」 口調からして、どう聞いても質問ではない。
朱音にもまた一の世界があり、二つは決して融合することは。
魔王は朱音をするどい碧眼で刺した。
「……我輩の僮僕をいじめるな」
明らかに激昂している。というより、ずっと我慢してきた感情を公表しただけ……。
あわや大喧嘩、誰もが後ずさりしようとしたのを察知する前に、
「いいの」
三茅は朱音の前、峨々(けわ)しい山みたいに。
「私にはこれまで自分らしさってのがなかった。いつだって誰かの所作に遵うだけの毎日で……。でもあの頃にはもどりたくない」
予想外だったのか、朱音は珍しく返事しなかった。
唇をゆがめ、心底不愉快そうに言葉を聞流す。
「私はこの人にあこがれてるだけだから。それ以上でも以下でもない」
三茅はそれだけ告げると復もとの席にもどった。
朱音もマギアも、目前の出来事に震えていた。
「なんか三茅……かっこよくないか?」
「つーか……まさかあんな気の強い奴とは意わなかったから……」
吉田は小声、他人行儀に他の友達と雑談をつづける。
体のむきだけ三茅に合わせつつ、咲は恥ずかしそうに顔をそむけている。
僕は到底、三茅みたいにはなれないな。




