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第十四話「あわれ、一件落着と言えざる現状」

 三茅の問題はなんら解決しなかった。

 むしろ三茅はますます苦しい局面に立たされたのだ。

 僕にとって三茅の直面している現実とは、きっと他人事だと思う。三茅は親にも勝手に家出した、誰かとふしだらに遊んでいたのだ、と認識されているらしい。

 吉田もそこまで何とかすることはできなかった。咲も、肩をすくめて顔を横にふるばかり。

 僕は、特に何もしなかった。大体、少し前まで顔しか知らなかった奴に尽くす恩義があるとでも?


「お主の父上にまみえて話をつけてやろうか?」

 魔王は何度もそう提案。

「いや、だめですよ。魔王様じゃ困ります……」

 三茅の表情は常に冥い。実際、この件についてはつっぱねる一方なのだ。

 明らかに誤解をといてやった方が三茅のためになるのに、三茅はなぜか受容れようとしない。

「なら吉田、お主がやれ」

「いや、すまないが俺にも……」

 やけに吉田はものうい顔だった。米倉を蹴った時の覇気がすっかり抜けてしまったみたいに。

 もう二人とも、あの事件に関わろうともしないし、関わりたくない様子。指輪に操られた時の感覚がおどろおどろ過ぎたから? それとも、米倉の呪詛のろい? 僕は疑う。


「かつての仲間とは思えない薄情ぶりね、魔王様?」

 高島朱音が何かに勝ちほこった笑顔で。

「確か三茅を例の男から分離ひきはなしたのは吉田くんと葛城と、それから翔吾くんだったっけ」

 僕はできるだけ二人の会話を聴かないようにした。

「うん……私もあの時はすごく緊張したし、怖かったから……」

 小声で、よそよそしくつぶやく葛城咲。まだ、魔王に対する親しみがうせたわけではないように、どこかを向いている。

 決して三茅を救出たすけだそうとした勇気が偽物なわけじゃないはずだ。あの時の咲も


「なぜ彼らがあなたに冷たくなったか、私には分かる」

「あなたがやって来る以前からこの教室はこんな風だった。一時的に仲良くはなっても、時間が過ぎればまた赤の他人」

 吉田が何かを言おうとして唇を閉じたり閉じなかったりしていた。咲は指で音も立てず机をたたいている。

「あなたの『盟友』は友情を蕩尽つかいつくしてしまったのよ。ただの無駄話をする仲ならもう少し関係は続いただろうけど、早くもそれはなくなった……」


 魔王は声を荒げて反論するかと思った。けどその印象にそぐわないくらい、魔王は落着きはらっていた。

「だろうな。我輩は魔王であって人間ではないのだから」

 いかにも魔王らしいぼけを放つ。

「人間どもの中でも我輩の志を知る者を実はすくないからのう」

「三茅もその一人だったってことね」

 朱音は低い声で、ついに。

「違う……私は……」 三茅は何かを言いたそうに高い声。

 どうにもならない溝が、僕らの間に横たわっている。それを、朱音は見事に指摘してみせた。魔王を含め、誰も非難できる人間はいやしない。僕はますます、この会話に組するのが厭になった。


「翔吾」


 突然僕の名を呼んできたので、僕は身じろぎした。

 何だ。僕はもうお前の声さえ耳に入れたくないのに。

「お主は何をもだしておるのだ……お主の仇敵がこんな危機に陥っておるのに、何もしないのか?」

「はあ。あなた、自分が忌嫌ってる人間にまで頼ってるなんて。あの威厳はどこに行ったの?」


「僕は、最初からこんなことに関わりたくなかっただけどな……」

 自分に嫌気が差してしまう。魔王に対してこういう風に反応していること自体が、この不愉快な状況に関心を持っていることと同義なのに。

「なあ、朱音」

 僕は席から立って口を開いた。朱音の顔は想像より陰険で、異様な雰囲気を帯びている。


「あなたもこいつの肩を持つわけ」

 口が笑っている。こいつにとっては僕も、魔王の同類なわけか。

「あなたも例の男の家に侵入して三茅を連出したのよね。知らない人間の家に入る気分はどうだった?」

 朱音にとっては、僕らの経験なんてさして価値を持たない。僕がどんな経験をしたか、好奇心程度にしか気にしていない。

 もっとも僕自身もその感情を語るつもりはないのだが。

「僕は魔王のことなんて好きでも何でもないさ」

 と、乗気じゃない顔でマギアの方を見やる。やや面食らっている様子。当然だろう。

 マギアは、僕が勇者らしく、威厳を以てふるまうことを期待してるはずだから。

「魔王がいなければ僕は三茅を助けることもなかっただろう。悪目立なんてしなかったはずだ」

「魔王のせいで色々困ってるはずよね? 言葉にそれが現れてる」

 朱音にいっそ味方してやりたいほど。けど、まだその時じゃない。

「ああ。何しろ勇者呼ばわりして勝負いどんでくるんだからな。今でさえ僕に何かを期待してる」


 魔王が両手をぎっとにぎりしめ、悔しそうな声で、


「お、お主、我輩が何か代償みかえりを求めてると思うなよ。我輩はあの計画が特別なものだったから貴様の力を借りただけじゃ。それ以外では、我輩は誰の力も必要としておらぬ」

「魔王が人間に負けるわけないからな」

 僕は的確につっこむ。

「僕は勇者だぞ。結局は魔王を倒す運命にあるんだ。僕は魔王の何も理解できない。一方で魔王は僕が何でもかんでも理解してるようなそぶりでいやがる」


 魔王は寡黙に徹する。そう、僕の本性を知っているんだから。

「結局何が言いたいわけ? 自分は魔王の理解者じゃないとでも?」

 朱音は苛立ちをごまかそうともしない。

「たとえどんなに魔王をけなそうが、あなたが異質な存在になったことは否定できないのよ」

 咲も吉田も、必死に我不関の態度をたもとうと。

「魔王をけなしたいわけじゃない……」

 それを、朱音も魔王も誤解しているのだ。僕は、このままの状況が不可ぺけだと言ってるわけじゃない。

「ただ魔王を一目みた時、何かになりたいと思ったんだ……魔王みたいに、馬鹿にされても自分を否定しない人間に。魔王が持ってるものを欲しいって思ってしまったんだ」

 うつむいて、しかし自分の凡庸さを深く慙じる。

「でも僕にはそんなものなかったよ。手に入れることなんてできない。じゃあ、どうすれば? そうだな、魔王みたいな取柄を何とかして設けることだったんだ。その手段なんて最初から問わなかった。たまたま都合のいいものがあった。それが三茅助けだったんだよ」

「翔吾君……」

 三茅が言いかける。決して喜びの感情ではない。むしろ、幻滅。怒り。

 勇者と言われるほどの人間は、誰かの苦しみを最初から備持もちあわせていなかった!

「つまり、何者かになりたくて? 誰かの記憶に残りたかったってこと?」

 

「最初から分かってるよそんなこと……僕は何一つ人に誇れるもののないクズだから」

 朱音が叫びかける瞬間をも、僕ははばむ。

「みんな一人なんだからさ。どうせいつか赤の他人になる。でも、誰かの役に立てるのならそれを選ばない」

 こんな局面においてさえ僕は理解者を創ろうと。

「咲、精一……お前らだって同じだろ?」

 あらためて、自分の心の賤しさに驚き、愧じる中村翔吾なのであった。


「私、やっぱり魔王のことが嫌いじゃない……」

 咲は僕をじっと見つめて物静かにつぶやく。

「最初は何なのこいつ……って思ってたけど、案外つきあってみると芯は強いし正直な奴なんだよね。見直したし、それに一生ついていきたいくらいに」


 咲は僕とは違う。勇者は魔王に嫌でも立向かわなければいけないが、咲は魔王に好きな時だけ絡めればいいのだ。

「でもやっぱり、疲れるし。やってやるって時は頼もしいけど、平穏に過ごしてる時は逆に変な奴で、あまり近づきたくないんだよね……」

 それが普通の人間の、いつわらざる心情。

「ほらね、あなたはやっぱり変わり者なの」


「そうやって魔王に何でもかんでも文句つけるお前も相当な変わり者だけどな……」

 突然、吉田が横槍を入れる。

「は?」

 朱音は目を見開き、ぴたりと動かなく。

「あなたは、こいつに何か入れこんだりしてるってわけ?」

 吉田は若干後ろめたそうな顔をうかべながらも、豊かに弁舌をふるう。

「俺にとっちゃ翔吾も咲も十分変人さ。だって魔王みたいな人間がいたら普通に引くだろ? でも二人とも全然怖がったりせずにあいつにつき従った。なあ、これは注目すべきだろ?」

 それが吉田の性格なのだろう。僕は変人でもなんでもない。ただ三茅がかわいそうだったから手をさしのべてやっただけだ。魔王を評価してるわけでは全く。

「まあ俺も同じだよ。少しだけ刺激を味わえるかなと思って参加したわけ」

 僕は釈然としない気分で、その真意を問う。

「お前、まるで面白いからあの計画に加わったって発言ものいいだな」

「だって日常はつまらないじゃないか」

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