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第十三話「魔王、持前の寛容さを以て器量を示さんとす」

 あぶない。

 魔王は立ったまま、茫然自失。僕の体はすぐ三茅と咲にまたもや拘束されてしまう。

 まさにその時、吉田が魔王の背後に近づき、つかもうと腕を伸ばす。

 だが、その時魔王は鋭く背骨をくねらせ、拳を後ろに飛ばした。


 再び僕はため息をついた――あのか弱い腕で、魔王は吉田を地面に打倒してしまったのだ。

 そのまま少女は壁際によって、米倉たちと対立さしむかう形で屹立する。

「さ、さすがだよ、マギア・ユスティシア!」

 米倉は今にも消え入りそうな言葉でほめる。

「このままじゃ僕の立場が危険あやうい。ここでやられるわけには……」

 お前の立場なんてどうでもいい。様々な言葉で毒づきたい気持だ。しかし、緊張のあまり唇は不動。

 米倉は片手をにぎり、前方に突出した。

 ふたたび、指輪が赤い光を放ってまばゆいばかりに輝く。

 僕はその時目をつむった。

 三茅と咲がどんどん腕を巻きつけて近づいていく。引き裂こうとするかのように。


「ちっ!」

 米倉の大きな舌打。僕は頭をできるだけ下げて、魔王に叫ぶ。


「魔王!」

 あの指輪に秘密があると分かったのはその時だった。僕が入ってきた時、吉田たちはすでに顔色が悪くなっていた。というより、操られているのだ。指輪の光をあびた人間は、みんな主人の言いなりになってしまう。

「あいつの指輪をとれ!」

 と、すでに魔王に告げていた。

「いよいよ気づかれたか……」

 米倉もそろそろ血走った声をはりあげ、気炎を吐きに吐く。

「お前たち! マギアをとりおさえろ!!」

 三茅の腕が突然離れたので、僕は床にまろびそうに。

 視界には吉田が起立たちあがってゆっくりと歩き、マギアの背後に駆寄るのが見える。

 しかし、マギアはそれより速く自分を跳ねあげて、米倉の方に飛びかかっていた。ふところをつかみ、その腕を強くにぎりしめていた。


「よせ、小娘……」

 米倉はあまりにもあっけにとられ、身じろぎさえしなかった。ただ叫んだだけで、魔王に自分の手をそのまま渡してしまったのである。

 魔王はしかし、決して油断しない。

「この指輪が、か」

 激しく震え、それに手をかける。

「魔王!」 米倉の声で、指輪の光が魔王の眼を鋭くつく。

「マギア!」

 ああ、終わりだ――と一瞬、その時は思った。

 だが、マギアはあくまでも閑情おちついた感じで、

「おい、我輩を何じゃと思っておる?」

 そして、咲の顔が僕のすぐそばに迫り、僕をにらみつけてくる。

 本当に、殺しにかかるんじゃないかと疑うような、冷たい目。


「我輩は貴様の不俱戴天の敵、マギア・ユスティシアなりっ!」

 僕がとうとうあきらめかけた時、魔王は自分の名を荘重に告げた。

 次に、何か小さな物がころがる音。

「何を、した……!」 状況は、誰にも理解しかねた。

「あ」

 その時、突然咲の瞳に光がともる。口元が、すぐさま角度を揚げる。

「何、翔吾くん……?」

 僕の表情があまりにひきつっていたのだろう、素直に驚いていた。

「前を、見てくれ」 とっさの判断で、僕は指示する。

 もうあの指輪の光は、うせている。

 マギアは静かに立ち、どこか恐ろしい光景を眺めるみたいに、目の前の人間を見下ろしている。

 米倉が、その場に片膝をついて、マギアに悲嘆かなしみ憎悪にくしみの混じった視線。


「よくも、こんなことを……僕の、命が……」

 米倉はもはや何かの終焉おわりを覚悟したらしい。いつの間にか、僕の頭の中からは、三茅のことが消えていた。もはや魔王がこの場で意味のある存在だった。

 三茅はまだ自分の置かれた状況がよくわからないらしく、自分の手をにらんで指を折ったりしている。


「この野郎!」

 吉田が脱然おもいきりその背中を蹴り上げる。

「よせ、吉田」

 魔王がごく低い声で制する。

 吉田は、魔王に対し不満げそうに唇を曲げた。自分の行動に対しさして気に病んでもないらしい。

「米倉よ。本当に、三茅を利用したのか……?」

「今さらお前が知ってどうすると言うんだ?」

 男の顔はすでに三茅など向いていない。

 前々から魔王を知っているかのように、恨みのこもった音色を響かせる。

「この時をずっと俟っていたのに、お前が抵抗したせいで全てが無基だいなしだ。この失敗のせいで、僕の命は」

「……どういうことじゃ、それは?」

 魔王は脚を屈して、その意味をただそうと。

「そんなもん、どうでもいい」

 疲れ切ったような声で、吉田はどなる。

「俺たちは三茅を救うためにやって来たんだろ? こいつにもう用はない。随分こりたみたいだしな」

「違う、魔王は……」

 僕にとってどうしても知りたいことが、しかし、吉田には完全に関心の外。

「晩くなっちまった。こんな面倒くさいことは最初から終わらせたかったしな」

 三茅も咲も当面の問題を直視する余裕がないらしく、まるで吉田の意見に同調するかのような顔で眉をさげている。

「ガキども……」

 米倉だけが敵愾心をなおひめた眼で僕たちをにらみ、その意志を前につきだす。

「何全てが終わったみたいにべらべらと。僕は君たちを迫撃おいつめてやるぞ」

 吉田は指輪を踏みつぶして、顔を挙げ米倉を見下ろす。

「安心しろよ。二度と悪事ができないようしっかり見張ってやるからな」

 

「一度お前の居場所が割れた以上、いくらでも」

 しかし米倉の瞳はただあの少女だけを向いている。

「マギア・ユスティシア、まだお前を狙う人間がいることを忘れるな……!」

「お主、我輩をここに誘って何を……」

 魔王は低い声で、米倉にたずねようとする。

 だがその意図を了解せず、質問をとどめる、咲。

「ねえ、さっきから気分がよくないんだけど」

「きっと操られてたからだ……さっきの指輪に」

 僕も魔王につられ、小さな声で。


 吉田は僕らを見回しつつ、

「三茅を助けたんだからそれでよしとしようじゃないか。こいつの処理は俺にまかせろ」

 本来なら、僕は吉田をはばんででもこのなぞを解くべきだった。しかし、僕自身も恐怖と驚きで心臓がゆれまくっていたし、これ以上無理に行動しつづける気力はもう、どこにも。それにここは人の家なのだから。

「……分かった」

 この疑問を解く時、この米倉という男はあまりにも必要な存在ではないか? けれどもう、寝たい、休みたいという欲望がせきを切って止まらない。

「もう二度と、こんな所に来たくはねえよ」

 


「魔王様……」

 三茅は泣きそうな顔で魔王を見つめる。

 今まで自分の秘密を明かさずにきたことの重圧。つぐないきれない悔いを抱いてしまった罪深さにうちひしがれるかのように。

 一体三茅と魔王の間にどんな会話があったのか知らない僕は、それを掘下げようとは思わなかった。

 魔王は唇をきゅっと結び、沈痛な面持。


「三茅、我輩を呼び寄せるために使われておったのか?」

「……はい」

 二人の横で盗聴ぬすみぎきする僕。

「あの男は、我輩を手に入れてどうするつもりだったのじゃ?」

「……分かりません。私もあの人が魔王様を必要としていたということしか聞きませんでしたから」

 吉田は少し離れた所で歩いている。腕を組みながら、米倉の追跡方法について熟慮しているらしかった。


「ねえ、何の話?」

 咲がかけよって、つかむマギアの肩。

「もし、あいつのことだったら私、訊かずにゃいられないな」

「あの男が辛いもの好きかどうかと訊いておった」

 苦笑しつつ、うなずく三茅。

「まあ、それに近い、かな」

 僕は三茅に同情する。きっとまだ隠していることがあるはず。

「残念じゃが、我輩の頭は回転しまくっておる。とても」

 咲は自分の道をとおって家に帰っていった。


「『あのお方』……」

 米倉が突然発した意味不明な言葉を、マギアの唇が静かに発する。

 誰のことなのだろう。疑問が胸底を突下ろすが、もう考えるだけの気力もない。

「なあ、魔王」

「お、我輩がなんか言ったか!?」

 かなり神経質そうに、ケンカ腰。無理もない。

「今僕らが直面してることは想像を越えてることだ」

 三茅にも視線をめぐらし、僕は当面の欲望を告げる。

「だからこそ、ぐっすり寝ようじゃないか。詳しいことはあとで議論すりゃいい……」

 あとで? 今ここで議論せずに、いつ議論するんだ……?

「じゃな……」「うん……」

 けれど、三茅も魔王も、僕の言葉に納得したようにうなずく。何かが、彼女たちの頭の中で逃散はじけとんだ。

「……僕はじゃあここで帰るから。明日の宿題を済まさなきゃいけないし」

「うむ。しっかりやれよ」

 僕は粗っぽく手を振りながら、別を告げた。




「本来なら、この騒ぎを起こした罰として、我輩はお主に謹慎を命じねばならんところじゃ」

「……確かに、私はとんでもない迷惑をおかけしました……」


 背後で、魔王と三茅のささやきが聞こえる。

「……では、三茅、お主に今ここで誓ってほしい」

「何を――ですか?」

「決まってるじゃろ。改めて我輩の臣下として従うことを。そして、勇者打倒のため協力することを」


「――ええ!」

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