第十二話「絶体絶命! 囚わるるロリータ少女たち」
濃くなっていく青色を前に、もはや日が暮れそうな時分、僕は横断歩道前にある四角形の広場へ歩いて続ける。もはや一歩も後ろへ向かうことはできないのだ。
不安ばかりだ。不安しかない。けど、もしこの局面に打勝てなければ僕はまたクズに一段階下がるだけ。
にしても、マギアのクソ陽気さ。普通の根暗小僧には、真似できるもんじゃないな……。
「来たな、勇者よ!」
魔王が黒一色のロリータ服を着て、手を振る。
この次第に世界が夜にまどろんでいく中、その扮装は意外と似合っているように思えた。
「ああ、来たのか……」
ふうっと吉田が胸をなでおろす。僕と同じ気分に違いない。
誰が、知らない人間の家に侵攻けるだけの度量を持っているだろう。
葛城だけが、魔王とよく似た、しかし絶妙に違う表情、好奇心をたぐりよせる笑。
「とりあえず、三茅が米倉って人の家に入ったのは見たよ。でもそこから出てきた形跡はないな」
この計画が他人に知られれば、全てが無基に。
「はりこんでたわけか」
吉田は冷汗垂らしつつ応える。
「カメラをしかけてた。ばれないかどうかずっと心配だったけどな」
いかにも吉田らしい手口だ。実際、機械の扱いには巧みな男なのである。確かカメラ部所属だったような。
「お主ら、臆病風に吹かれるなよ」
把拳を目の前に示し、魔王が低い声でいましめる。
「我輩はすでに不名誉を負ってしまった身じゃ。これにさらに不名誉を申ねればクラスの者どもに会わせる顔がない」
魔王の名誉はともかく、僕らのやっていることが決して誰かの知る所となってはいけないのは周知の事実。
「だから、頼むぞ。我輩はお主らを運命を共にしておるのだから」
「ま、絶対三茅をあの家から引出せってこった」
面倒くさそうな顔、適当に要約する吉田。
「奴隷の家じゃ!」
僕は三人を見回す。多分、覚悟の幅は違うだろうけど、この点では一致しているはず。『三茅を米倉清助から切離す』。
「よしお主ら、米倉退治にいざ、出発ぅ!」
片手を挙げ、はりきる葛城咲。
「えいえい、おー!」
◇
魔王たちが先に到着した後、僕はおくれて米倉宅に向かうよう手はずが立っていた。この作戦は、僕らが昼休み中屋上で協議した内容に沿ったものだ。魔王の仲間――とはいえ、僕自身は魔王の『同盟者』――がこの内容に賛成し、実践するか大いに心配ではあったけれど、例の集合場所にみんながやって来てくれた今はその可能性もない。問題は、僕だけだ。
僕がこの計画をトンズラしようと思えばできなくもない。もう何回か決意しかけた。
けど、逃げようとするときに決まって勝手に体が動く。なぜだ?
僕はついに、米倉家の扉から数十歩前にまで迫る。
「こんな時に勇者演技か?」
突然、後から大人の声。
恐怖に駆られ、静かにふりむくとローブに身を包んだ一人の男。
顔は布に隠れ見えない。ただわずかにはい出た髪の毛が艶を帯びるように光る。
「やめとけ。あの娘の正体を知らないのならな」
「は……?」
一体、何言ってんだこの人。
「あのね、僕は――」
忽然と男の姿が消える。足音もなく、風を切りもしなかった。
建物を吹き抜ける風のささやきと犬の鳴声が聞こえるばかり。
だが何といっても僕の関心は魔王たちの状況だ。米倉という男がもしかしたら屈強で、逆に魔王たちを人質にしてるかもしれない、という危惧は持ち続けていた。けれど、先が一切察えない今、せめて、魔王がそいつを追いつめてるという希望を抱くほかは。
僕は自我を殺して、扉をひらく。そして、玄関からすぐにつながっていた居間に、数人の人影を認める。
「魔王」
僕は、その中の一人に呼びかける。
奥で一人の男が立って、怪しい光を手から放つ。
「おい……三茅」
魔王が恐怖に満ちた声で少女の名をつぶやいた。
三人が無言で床の上をつったっている。瞳からは光が消えていた。
「やれやれ、また一人侵入者か?」
やや身長の高い、年上の男が怒りを含んだ声で。こいつが米倉清助……!
白いシャツ、青いジーパンと服装は整っているが、その心の中はどうか。
「ええい、そいつもとっ捕まえろ!」
米倉が号ぶと、二人の女の子が近寄り、僕の腕を左右からつかみ出す。
三茅と咲で、相違ない。僕は、足の裏から体をよじらせる。
「勇者、助けてくれ!」
魔王も吉田に羽交締を受けて一歩もあるけない。
「どうしたんだよ、二人とも!」
僕は、うつろな表情の三茅を説得しようと。
「おい、お前が助けを求めたんだろ? 何であんな奴に遵うんだ!!」
うなずきさえしない三茅。
「咲、三茅を元にもどしてくれ!」
咲もまるで鉄のように冷たい視線を投げる。快活な様子をみじんも消去ったあとの無残な顔。
死体を観るときみたいな嫌悪感。
どう考えても、みんな正気ではない。
「悪いが、こっちも必死なんだ」
下劣な欲望を底にひめる、低い声でほざく米倉。
「こっちだって好きで魔王を捕えてるわけじゃない……強いられてるのさ」
「誰にだよ!」
僕が大声をあげると、三茅と咲の握力がぐっと強くなり、より痛みがます。
「お前の目的なんてどうでもいい! こいつらを正気にもどせ! お前のせいで、三茅は――」
「我輩を、ここにおびきよせた」
魔王がよりかん高い調子で続ける。
「え……?」
僕は口を開け、
「理由は知らんがな、こやつは我輩をどうしてもここに呼び寄せたかったらしい。そのために三茅を手先として、……利用した」
しかし、そう信じたくないという気持ちで言葉の型が埋まっている。
それ以上に、言葉の意味が不明だ。三茅が、こいつの手先だって?
「は? おい、どうなんだよ三茅! 答えろ!」
混乱がどんどんかき乱す僕の精神。
しかし誰もがはっきり物が言えない現状、米倉にしか尋ねる人間がいない。
「魔王をどうするつもりだよ」
すると、米倉は高く口を揚げ、笑う。
「奴の体だ。奴の体が欲しい」
錯乱す魔王。
「よせ! 我輩は御貞淑な乙女じゃぞ!」
ぎょっとして僕は魔王の顔をながめる。魔王はすでに赤いかんばせ、目を細めつつ
「お主みたいな麗夫が我輩の体を求めるとは何とはしたない! 男の恥を知れえええい!」
「まだ、わからないようだな?」
眉間にしわを寄せ、急に深刻そうな顔に転じる。
「君を手に入れるのは僕じゃない。僕は君が手に入るのを実行するだけだ」
何なんだ、こいつは。急に真面目くさった顔になりやがって。
自分は悪くないみたいな顔になりやがって! もう奴ののどぶえに跳躍かるすんでの所。
「お前、魔王の体が欲しいって言ったよな? そのために三茅たぶらかしたんだろ!!」
「そうじゃなきゃ、生きられないんだよ」
打って変わって、とても弱い、小さな声になった。
聴き取れるか取れないかの、際の声。
「僕はどうでもいい。僕はあの御方の目的を果たすだけの道具に過ぎないんだ。そうでなきゃ、僕の命がない」
指輪が、まるでそいつの悪意をばらすように輝く。
「君たちは悪くない。だが、魔王を捕まえなきゃどうにもならないのさ」
魔王は、驚くほど静かで怒りを打消した表情だった。ただ、米倉に対する同情めいた感情だけが。
「お主……何がしたい」
「……君の体には……」
それは独言だった。誰にも聞こえない声でぼやきつつ、米倉は魔王の体に歩み寄り、腕を揚げ、その腹にまで伸ばし――
突然、緑色の光がほとばしる。温度をともなわない風が吹いて、僕は不意よろめいた。
三茅も咲も、つかむ手をゆるめ、腕をついて床に転ぶ。
「くっ……! さすが、マギア・ユスティシアなだけに……!」
なぜ、その名前を? しかし僕の疑問に答えるはずもなく、奴は姿勢を正しつつ、声を荒げ。
「このままで済むと思うなよ。三茅!」