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幕間

 私があの人に魅かれてしまったのは、弱さなのだろうか。

 何の弁護も私には許されないのか。


「よく来たね、三茅……」

 米倉さんは私が入ってきた時、すぐ前に立っていた。

 今までに、何回もくりかえされてきた光景。そこからは同じ展開の連続だった――ずっと今まで。

「さあ、入れ」

 激しい恐怖と、倦怠感でたちまち心はゆれうごく。

 なぜ、こんな辛い境遇に甘んじることを是としているのだろう?



 私が孤立し、教室の片隅に放逐おいやられた責任は、誰かになすりつけようとすればいくらでもできるのかも。

 元から明るい方じゃなかったし、他人に感情をあらわす方でもなかった。嫌だ、とか気に入らない、とはっきり言うこともなく、私はただみんなに振回されるがままに生きてきた。心労が重なった結果が、これだ。



 ベッドの上、米倉さんは私に紅茶をすすめ、自分も一杯あおりながらつぶやく。

 右手の人差指、不思議な宝石をはめこむ指輪。ずっとそれについて質問することはなかった――のぞきこめば、その中にみこまれるかのような不気味さ。

「みんな、ひどい奴だね……」

「朱音っていう子がいつも私の偏見を広めてるの、前も言ったでしょ?」


 私はその人にならどんな不愉快なことも話すことができた。

「今日だって数学の時間に後ろからにらまれたし」

「彼女のような人間は他にもたくさんいるだろうな」

 静かに、しかし厳しい面持で語る米倉さん。

 この人は、過酷な現実を決して忘れさせてはくれない。

「あいつの囲いだって同じ。私の悪口を平気で言うんだから」

「誰もが、自分より弱い存在を求めているからね……」

 唇が、まるで笑っているみたいにまがる。


 架空の物語なら報われることはたくさんある。けど、現実はどこまでも残忍。


「君はなぜ、周囲からそんな扱いを受けているか分かるかい?」

 米倉さんは、私が鬱憤を晴らそうとするときに限ってそう尋ねる。

 この時彼の言葉は何よりも細い紐となって心臓をどんな時より深く締めつける。

 一度心に刻まれた痕は、もう二度と治ったりはしない。

「私が……弱いから」 それしか、私には出す答が出ない。

「そうだ。君が弱いからなんだ」


 米倉さんは突然私の体にのしかかった。

「や……やめて……!」

「君はだめな人間だ。分かるか?」

 私は腕も脚も踏まれて、行動みうごきがとれない。俄然あらくなる呼吸。

 米倉さんは冷たい声で獣みたいにささやく。

「君が弱いから君のお父さんもお母さんも恥をかくことになる……分かるか? 誰も君を理解はしない。君は誰にも理解されようとしなかった。

 それさえも君自身の過誤あやまちなのだよ」

 ああ。何という情けなさだろうと、涕泗なみだを流した。どうせなら、このまま米倉さんに何もかも壊されたかった。そっちの方が幸せじゃないのかと。

 けど、私がどうしようもないほど自尊心をぶちこわしかけていると、この人は腕の力をいくぶんか緩めて、


「けど、僕はそんな奴らとは違う」

 声色を一気に変えて、弱弱しく。

「僕も君と同じだ。誰も理解しようとしないで、誰にも理解されなかった。似た者同士だよ」

 理性ではわかっていても、しかし体は動きそうになる。

「一緒に失ったものを埋め合わそうじゃないか。異存はないだろ?」

 ……けど、米倉さんにまだ教えてはいなかったことがある。

 マギア・ユスティシアのことだ。数日前に突然現れ、みんなの常識を悉皆ことごとくぶち壊していった人間。

 最初は私だって信じられなかった。こんな奴が、世の中にいるってことが。だから、私はこの人の存在を告白うちあけなかった。だって、世界がこんなに苦しくて、暗い場所だ――っていう現実が、米倉さんと私がそう信じる現実が、にわかに意味を喪いそうになったから。


「……やめてよ」

 ほとんど無意識的に。私自身驚いて、そして青くなった。

「何?」

 米倉さんが、口元をとがらせる。

「あんたに、私の何が分かるの? 愚痴しか聴かされてこなかったくせに……」

 魔王の顔が脳裏に浮かんだとき、その性格までもが私に移ってきたかのように、

「私にはもう、あんたなんかいらない!」

 そして、暴れようとする――が、体がうごかない。

 米倉がもう、私の腕をがっちり握りしめていたからだ。顔中に血を飛揚とびあがらせ、

「何だと、お前!!」

 両腕を、ちぎれそうなくらい向こうへと引く。

 私はその時、笑っていた。もうどうにでもなっちゃえ。こんな奴がどうしたって、私は構わない――


「やいやい、米倉清助ェ!!」

 私も米倉も、玄関の方を眺めたまま固まっていた。一体誰がやってきたのだ。

 あまりに枯れた声だったから一瞬それと気づかなかったけれど――次の場面を誰が予想しただろうか。

 あの魔王――マギア・ユスティシアが、家の中におどりこみ叫ぶ場面を?


 隙を突いて、米倉の拘束から逃れた私は部屋の中心にまでやってきた。

「我輩は怒っておる!」

 魔王は、腕を組んで柱のように動かない。

 後ろにも、二人ほど誰かいる。

「一体、誰なんだ?」

 後ろで米倉がうろたえる。きっと口を四角形に拡げて静止しているに違いない。

 私が魔王に何か言うことを考えている最中に、魔王は一喝を発した。


「貴様、三茅をこの家に幽閉とじこめてどうするつもりなのじゃ!!」

 私は振り返ってあいつの顔をうかがう。

 予想通り、激しく眉をひそめて、怒りをふつふつと湧きたたせるような面持を魔王たちに向ける。


「突然人んちにやってきて何をほざく? あいさつもしないで……!」

 米倉は

「三茅、返事をよこせ!」

 魔王だけではない。二人ほど後ろにいた。顔は見えないけれど。


「マギア・ユスティシアか……」

 漏れてた――のか? あの人が知りえるはずのない情報なのに。

 魔王は黙っていた。

 これからどうなるのか、さっぱり分からない状況で、米倉はさらに問う。

「勇者も、そこにいるんだな?」

「主人公はのう……最後に来るものなのじゃよ」

 魔王の言葉は何やら不安げなものだ。何かを察知したかのように舌不足な声。

「やれやれ」

 男はやおらものうげに立って、魔王に近づいていく。

「根性なしのガキめ。俺がどこの誰だか知ってるのか?」

 男は右手を握りしめ、そこにはまる指輪を魔王に向ける。

 鋭い金属音が部屋をかけめぐり、赤い光が私の目を射拔く。

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