第十一話「決起! 三茅の居場所に凸敢行!」
「待伏」
ほくそえむように魔王が、玄関の前の階段に座りこんでいる。
「あのな、お前……」
心配させたんだぞ、と言いたかったのに出てこなかった。
こんな奴の心配なんてしなくていいじゃねえか。どうせいてもいなくても何も――
「お主、今日の学校はどうじゃった?」
何気ない質問に、僕はかなり動揺した。
あんなことがあったからこそ、いよいよ魔王が精神的にきているんじゃないかと怖れていたのだ。
魔王は、何気ない表情で僕を視ている。
ようするに、学校をさぼっていながら、待伏する奴に普通の人間みたいな心を期待してはいけない。
「お前の力が強すぎたよ。今までの学校がどんなだったかすっかり忘れちまったな」
「ふはは! ユカとケーイチは我輩をなぐさめておったが、そんなものは我輩には無用じゃ。我輩に人間のなぐさめなど必要ないからのう」
こいつの両親はまともなのか、まともじゃないのか。
「だが、勇者が側にいてくれないと、我輩は我輩じゃいられない」
わずかに、マギアの顔がうつむく。眼がますます影を帯びて、藍色の瞳が光を失う。
不思議な感情だ。僕は魔王がいてくれない方が平穏に暮らせるはずなのに、なぜか魔王のいる光景の方ばかり想起す。魔王のいない光景は、もはや脳裏にのぼってこない。
「僕はどうかな……」
間違っても、魔王に好意を持ってしまったわけではない。
僕はこんな奴が大の苦手。好きで交際える奴なんかじゃ。
だからこそ道ってやるんだ――
「三茅を助けに行こう」
次魔王に会ったら、かけようと望んでた言葉。
くくっと、口の端で笑う魔王。
「いよいよ勇者らしくなってきたの。前世の記憶が還ってきたか?」
「もどっても何でもないさ……」
僕がなぜ、魔王の計画を佑助するか。
僕は、魔王の跡を追いたかったわけじゃないんだ。
ただ、三茅を助けてやりたいって思ったから。三茅を助けるために、ただ魔王の力を必要としてるだけ……。
「勇者が、魔王を手伝うじゃと?」
魔王は立ち上がり、横に数歩あるく。
「珍しいことを申すものじゃ、中村翔吾」
この夕暮れに墜ちつつある空の下、魔王の黒い服はサマに見えた。
「お前が一番やりたがってることなんだからさ、魔王」
血色のいい肌色の腕は小枝のようにとても柔弱で、触ってしまえば融けてしまうのではと疑うほど。
脚にしても、密着したニーソが内側に美しい何かを秘めているように見えた。
こんなかよわい女の子が魔王だとか、やはり不格好な肩書。せめてその娘とかにしとけよ。
「……我輩は、貴様がいないと我輩らしくないからな」
魔王は、意味ありげな微笑をうかべ、
「貴様がいない世界は、我輩にとって魂のこもってない人形」
「お前は俺がいなくても人生楽しそうだけどな」
率直な感想。
「けど、お前がいない間に、実は色々決まったことがあってさ」
魔王が何か期待をこめるかのように顔を近づけて。
「なぬ?」
「吉田と葛城が乗ってくれたんだ。まあ、どうしても魔王が参加してくれなきゃ困るんだけどね」
魔王は気色ばんだ。
そんなことが陰かに進行していたとは。最初から報せて欲しかったところだ、とでも言いたかったかのように。
「愚かな。我輩を抜きにそんなことをしてよいと思うか?」
言うと思ったよ。
「君が今日出席しておきゃよかったのにさ」
「ちっ……我が一生の不覚」
魔王にとって、それは痛手だったろう。
「準備が固まれば、すぐさま決起さ」
◇
「朱音、一昨日はすまなんだ」
魔王は頬杖つきつつ、どこか得意気な顔。
「我輩は人間よりはるかに長い月日を生きておるはずじゃが、どうやら精神までもがその時間を反映してるわけではないらしい」
「そんな言訳、飽聴きたわよ」
「まあ聴いておくれ、朱音」
僕自身、予想していなかったことだが、この日三茅も教室にいた。すっかり元気を失って、片隅でたたずんでいた。
傷はいえていた。しかし、心の傷までもは。
魔王は三茅にしゃべろうとはしなかった。確かに、それは魔王の意図。三茅がそのことを悔いているのかどうか分からないけれど、いずれにしても彼女の心を手荒く傷つけることは避けたかった。
「我輩はお主にはもう怒ってはおらぬ。しかしお主の考えには依然怒っておる」
そっぽを向く吉田、葛城魔王を背後からながめる咲。
「あんたたち、一体何をする気なの……!?」
三茅は突然、教室を去った。
僕も三茅もあとについていった。
僕は名を呼んだ。
「三茅」
三茅は振り返って、元気なく応える。
「ああ、勇者って呼ばれてる人ね」
どんな言葉で彼女の心をさぐればいいのやら。
「うん。魔王と君の間で仲たがいが起きてるみたいだね」
「別に仲たがいじゃないよ」
三茅は見栄を張るかのように言う。
「私もあの時は感情的になってたし……」
さすがに魔王が勇者認定しているだけあって、僕をさっさと突放すことはしない。
「君の状況は知らないけど、僕だって黙っていられはしない」
三茅はすると、何かをごまかすように語気を強く。
「わ、私が心を許してるのはあの魔王様だけよ。翔吾くんには関係がない」
何かを怖れているみたい。
魔王にしか頼れるものがないのか。いや、頼る芝居か。
「……もしかしたら、おどされてるの?」
「おどされてなんかない」
「でも、魔王以外にも話せる人はきっと――」
「魔王様だけだから」
三茅は明確と嫌がっている。
ひょっとしたら僕には告げる資格がないかもしれないな。けど、吉田の言う通り、「お前が言うな」にひっかからない奴なんてどこにもいないんだ――
「でも、魔王からの『お墨付』をもらってる僕になら話したっていいじゃん」
壁はう手すりをつかみ、わざとらしく笑う。
「黙って。私はもう誰とも関わりたくない」
「せっかく魔王がいるのに?」
三茅は深くしわを寄せて、僕に目をつり上げたのだった。
三茅は後ろを向いて、トイレにでもかけこむ色を見せる。
「僕は君を追って、君が入った家の前にまでせまったんだぞ」
ついに、言ってやった。どんな表情か、示もしないで。
「な……なんで……!?」
三茅はいきなり態度をくるりと変え、驚愕に震える。
「『よく帰ってきたね、三茅』って誰かが言ってた。お前の親じゃないだろ」
僕は、自分でも罪深さに圧倒されていた。誰かを助けるために、こんなことを言う奴がなぜ勇者だろう?
「何? そんなこと言われる筋合はない……!」
「そうだよ。けど、真実については気にしちゃいられない」
本当ならこんなことを言うべきじゃないんだ。
けど、僕は今彼女の人生を左右することに責任を持っている。三茅だけの問題でも、僕だけの問題でもない。たとえ、三茅が一時的にどんな不愉快な感情にはまったとしても。
「僕は魔王に強いられてるんだ。君を助けなきゃいけないように、ね」
『魔王』という言葉が出てきて、一瞬、その動きが固まる。
「おい、二人ともどうしたんだ?」
誰かが通越しながら、小声で。けどそれは鳴声だった。
けど、僕にはただ三茅の姿しか見えない。
辛そうに、目を細め、ずっと答えをためらう。ああ、どんな返事がかえってきても、この子は何も僕に反撃すことはできない。
「米倉清助……」
「米倉……?」
三茅の声には、間違いなく勇気がついて回っている。恐怖にかろうじて、勇気が優越っている。
「それが、あの男の名前。私は、あの人の元に……囚われている」
「……そうか」
「今まではずっと我慢してきた……けど、もう」
僕はさらに何も言わなかった。もう必要がないのだ。三茅の内面を知ることができたから。魔王に比べてどうとか、そんなのは関係ない。
僕は、もうこれで一歩もひけなくなった。
三茅を助ける――助けるのを支えてやる役目に。