特別な存在
「君が、勇気くんだね」
「え……どうして俺の名前を?」
エントランスにて、勇気とララは太三郎に引きつられ、来客と向き合っていた。その来客とは、今までもしばしば会話で登場した男、照。藍の髪をして、何か緩い雰囲気と言うようなものを醸し出している男だ。
照はどうしてか、勇気の名前を顔を見ただけで言い当てた。それを不思議に思って問えば、彼はフッと笑って話し始める。
「太三郎から聞いたのさ。面白い子だって」
「面白い……?」
「儂がそう言ったのではないぞ。照の奴が勝手にそう思っておるだけじゃ。この阿保め」
「まあま、ともかく、君がどんな子なのかは分かってるってことさ。んで、すごい急な話で悪いのだけどさ……」
少しだけ他愛のない話をしてから、照は太三郎から目を離し、勇気の方へと目を向けた。そうして、静かにこう言った。
「君と、二人で話がしたい」
「え……っと……」
勇気は思わず、気まずいと、そう感じてしまう。彼は照に先ほどのように言われ、風の通り抜ける妖館のテラスにいたのだが……。二人で、他の誰もいないのだ。つまりは、初対面の者と二人きり。それもこんな、テラスとかいう目を逸らすものもないような所で。
テラスの手すりに肘を当てて寄り掛かる照を、勇気は冷や汗を浮かべながら見つめる。と、彼がしばらくそうしていると……
「急にごめんね。初対面なのにさ」
「えっ、ああいや……別に」
照が、勇気の方に目を向けて軽く謝罪をしてくる。それを受け取って、勇気は更に気まずいと感じてしまった。
だが、それに浸る時間は与えず、照は再び口を開いた。今度は謝罪ではない。
「君の話を聞いていて、つくづく思ったんだ。……僕に似ているって」
「え……俺が、照さんと?」
「ああやめてやめて、照さんなんて。照でいいよ」
勇気が丁寧に対応しようとするのに対して、照はフッと笑って首を振った。やはり、太三郎達と同じように同一の立場からの対話を求めるようだ。
だが、これまでも勇気は、完全な意味での対等な立場には慣れていなかった。名前の後にさんが、付いているというのが何よりの証拠。真正面からではなく、少しだけ下から、相対していたのだ。
だが、照にだけは……
「あ、お、おう……分かったよ、照」
「うん、いいね。照……っと、そうじゃなかった。さて、話の続きをば……」
勇気は照と呼ぶことを拒まなかった。さん付けをしなかった。それは、照の幼い見た目からであろうか。幼いと言っても、二十歳くらいであろうが……。それに、太三郎や天翔とは違う、柔らかな雰囲気があった。優しいと、ハッキリ感じるような空気だ。
まあ、勇気がどうして照をさん付けして呼ばないのかというのは重要じゃあない。
「君は多分、これまで、少なくとも妖館に来るまでは、すごい不幸だったんだろう?」
「……ああ」
照は、見透かすような目をして勇気のことを見おろす。そうして手すりに寄り掛かったまま、語り始めた。
「僕もそうだったのさ」
「…………?」
「昔、もう記憶を探ろうと光を当てても、影を拭えないような昔。僕は悉くに拒まれていたんだ」
照は天上を見上げて、フッと息を吐く。空は、雲が千切れ飛んでいるのが少しだけ残るのみの、青い青い空であった。
「異様な力を持っていたのさ。傷が治ってしまうという力でね、指を切ってもこの通りさ」
「…………え、何を……?」
照は自分の力のことを軽く説明した後で、勇気の方を振り返る。そうして勇気に見せるようにし、右手で左手の指一本を掴む。その後、照は自分で自分の指をねじ切ろうとした。
「ちょ、何をするつもりで……やめっ……!」
勇気は照の意図を把握すると、すぐにそれを止めようとする。だが、それは為されてしまった。照の指は一本、取れた。人差し指が根元から。血がドクドクと流れ出ている。それを見て、思わず勇気は口を押える。
「な、何をやって……」
「気のせいじゃない?」
「はっ? 何を……」
勇気が目を逸らしたのに対し、照はさも、何もなかったかのような声を出す。それに、半ばいら立つようにして勇気が振り返ると……
「え、ど、どうして……」
照の人差し指は、まるでそこにあるのが当然のように、戻っていた。いや、戻っていたのではない。生えてきたのだろう。照の右手には、血を流す指があったのだから。
それを示して、照は首をすくめる。
「この通り、指は元通りさ。ああ、斬った方の指は汚いから、僕が処理しておくけど……」
そうして、何事もなかったかのようにポケットの中から取り出したハンカチで、切った指を覆って懐に入れる。その後で、また話を続けた。
「これを忌まれるときもあれば、得として取られるときもあった。いやまあ、どっちも酷かったけれどね」
「……ど、どういう風に、だ? 確かに、一度見たらインパクトの残る力だが……得として取られる?」
「例えば神様の供物とか言って、人の目を供物にする文化があったんだけど……」
「…………」
「ごめんね、嫌な想像をさせちゃったかな」
照は手すりに背を預けながら、昔を思い出すようにして俯く。いい思い出ではなく、悪い思い出を想起しているようだ。いい思い出であれば、空を見上げて息を吐くものだ。
そうして照はそんな風にしながら、もう一度勇気の方へと目を向ける。
「っと、君に言いたいのはこれじゃなくてね。それと、同情してほしいわけじゃあない」
照は手すりから背を離して、勇気の目の前へ歩み寄る。そうして、言った。
「僕はその状況から、希望を見たのさ。……君もそうだろ?」
「…………俺?」
「仲間、友達。いやまあ、どっちでもいいけどね? 自分を支えてくれる者に、やっと会えた。僕にとってはそれは太三郎達だけど、君にとっては涼ちゃん達だね」
「…………そう、だな」
照はさっきまでの話から、急に最初の方へと転換させた。つまり、自分と勇気が似ていると言ったことだ。生い立ちのことで、彼は勇気と自分が似ていると言ったのだろう。勇気はその問いに、しかと頷いた。
つまり照が言いたいのは、絶望的な不幸から、仲間に救われた者同士ということだろう。
「俺は、あいつらに会って、本当に救われた。ちゃんと、幸福っていうものを真正面から受け止められた……。んで、何が言いたいんだ?」
ふと、勇気は気になった。自分と照が似たような生い立ちであるということは理解できたが、そこから何、ということだ。
それを問われると、照はフッと笑って勇気の横を通り過ぎる。
「友達を大切にするんだよ……って、言いたかっただけさ。いつ何時も、同じ歩幅じゃなくていいさ。喧嘩だってしていい。でも、並び立つということは、それだけは、忘れないように」
勇気は自分の背の方で言った照の言葉が気になって、彼の方へ振り返る。すると、照の方も勇気の顔を見ていた。
照の顔は、清々しいほどに柔らかかった。勇気の顔も、少しだけ戸惑いながらも凛としていた。そんな二人の間には、気持ちのいい沈黙が流れる。その中にいる人間に、自然と、小さく笑みを浮かべさせるような。
だが、照にはそんな空気を味わうつもりはなかったらしい。
「……さあっ!! そうと決まれば、皆で遊ぼうじゃないか!!」
「…………えっ?」
急に、話をぶっ飛ばして、遊ぼうとか抜かし始める。そして勇気に飛びついて肩を組み、テラスから妖館の中へ向かっていく。
「さあさあっ! もっと早く足を動かすんだよ!」
「い、いや……涼にはまだ勉強が……」
「ん、落ちちゃったの……。でも、息抜きは必要さ。それに、遊びが終わったら僕が勉強を教えてあげようじゃないか。この世全ての知恵を持つこの僕がッ! ねっ!!」
「え、えぇ……大丈夫、なのか?」
「大丈夫さ。僕は天才だからね」
(……あっやば。この後、用事あるんだった……な、何かしらの形で、残しておこうかなぁ……は、はは)
照は最後の言葉を言った後で、不安そうな表情をしながらも、そのまま勇気の背を引いた。
そんな中で、勇気は戸惑ってしまう。照は皆で遊ぼうとは言ったが、皆でということは、涼も含めるということ。彼女はまだ補欠合格で、勉強が必要であるのだ。だからそんなに軽い気で、当事者ではない人間が大丈夫と言っていいわけはないのだが……
「……分かった。じゃあ、食堂で待っててくれよ。呼んでくるから」
俺は安心したんだ。照の顔を見て。それは彼が、太三郎達のような雰囲気を持っていたからだろう……。まあ、それもということだ。ともかく、俺にとって彼は、何かしら特別な感情を抱く相手であった。




