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ラーメンの代金

「払ってもらう、だ……?」


「鳥山さん……」


 愛音のラーメン屋の中に、嫌な緊張が流れる。

 

 端的に説明する。愛音の借金を取り立てに来た男が三人、彼女に手を出し始めた。ついに愛音はその手を払いのける。そうしてそれに腹を立てた男は彼女に拳を振り上げた。それを、天翔が止めたのだった……。


 天翔は目を苛立ちと怒りに染めて、男の腕を掴んでいた。その手には、相当量な力がこもっているようだ。握っているだけで、少し離れた所には骨が軋むような音が聞こえてくるほどの。それに痛みを感じたのだろうか、男は腕を激しく動かして天翔の手を振り払う。


「離せや!!」


 天翔は男が腕を振り払うのに逆らわず、そのまま少し後ろに下がって三人の様子を見た。そうして見れば、彼らは全然、さっきまで愛音に言葉をかけていた時と様子を変えていないらしかった。顔にはまだ、いやらしさのようなものが残っていたのだ。


「おうおう、兄さんよ。見て見ぬ振りをしてくれてるのかと思ったら……もしかして、ヒーロー気取りか?」


「今時流行んねえぜ、そんなのよぉ。それに……」


「いてえ、いてぇよぉ~うっう……」


「こいつ体が脆くてさ。腕折れちまった。治療費、払ってもらわねえと」


「三十万って、具合かな。さ、払ってくれよ。じゃないとさ、逆になっちゃうよ?」


 男達はまるで、台本か何かを持って打ち合わせをしたかのような三文芝居を始めた。

 さっきまで天翔が腕を掴んでいた男が汚い鳴き声を上げ、それに対して残りの二人がはやし立てるようにしたのだ。どうやら、治療費と言って天翔から巻き上げたいらしい。

 

 それを見止めた愛音は、心配そうに天翔を見た。


「と、鳥山さん……」


 彼女は気負っていたのだ。遠回りとはいえ、自分が蒔いた種。それの影響を天翔が受けてしまっているのだ。増してや、彼女は元から責任感の強い人間。気が気でないだろう。過呼吸でも起こしてしまいそいうな表情をしている。

 だが、天翔は一瞬だけ、フッと愛音に目を向けた。それは……


「…………」


 男達に向けていた怒りではなく、深い優しさだった。それを、愛音を安心させるために、彼女に向けたのだ。


 そうして彼は、深く息を吐いて言った。


「もし、テメエらがこの“俺”や彼女に手を出したとしよう。俺がテメエらに払うのは、治療費じゃなくなる」


「ああ? お兄さん、歯向かうの」


 天翔の言葉を受けて、また男達は機嫌を崩す。それを見た天翔は、一息に、これで終わらせてやろうと足を一歩踏み込んだ。そうしながら、呟く。


「治療費じゃなくて、葬式費用だ」


 天翔は拳を握りしめて構え、男達の一人の顔面に放った。その速さは疾風、目にも止まらぬものであった。男の額と鼻の間辺りに、天翔の拳が音を立ててめり込む。そうして、一瞬した後。殴られた男の体は開かれた店の出口の方へと吹っ飛んでいった。


「はぐああぁぁぁーーーッ!!」


「…………え?」


「い、今何が……」


 外に吹っ飛んでいった男の体を見て、残りが目を見開いてそれを視線で追う。愛音もだ。それほど、天翔の動きとその拳の威力はすさまじかった。

 だが、そんなことはどうでもいいと天翔はもう一度、口を開く。


「言っただろうが?」


「ひっ……」


 天翔は印象付けるように、男達二人の間に人差し指を突き付け、言い放った。


「葬式の費用だ。テメエらに払うのはよ。間違うな、加減はしない。もし殺されんのが嫌なら、ケツまくって逃げろ」


 天翔は、愛音に向けたのからは似ても似つかない顔をしてそう言った。怒気、そのものというような顔をしていた。その顔と、今の言葉の威嚇を受けた男達は……


「ひっ、ひぃぃぃーーーーッ!!」


「助けてぇぇぇーーッ!」


 無様に、天翔が言ったようにケツをまくって逃げていくのだった。転びながら、互いに押し合いながら。それだけ天翔のことが恐ろしく思えたらしい。実際、彼の殴った男は外で気絶して倒れていたし、鼻も折れていたから彼らの恐れは正しかったが……


「賢明な判断だな。面倒にならずに済んでよかった」


 天翔は男達の背を見送った後で、ため息を吐いた。そうして、出口の方へと歩いていく。その素っ気なさは、意識しているように思えた。きっと、愛音に深く感謝させたくなかったのだろう。


「騒がせたな、堀田さん。悪かった」


「あ、あの……鳥山さん!」


「………………なんだ?」


 だが、天翔の思惑はうまくいかなかった。その背に、愛音の言葉がかかってしまったのだ。彼としては、早いところで退散して愛音に深い感謝をさせたくなかった。あまり、気負ってほしくないからだ。


「言っておくが、さっきのは食後の運動だ。堀田さんに礼を言われるようなことは……」


「ありがとうございます!!」


 だが、彼の目論見はまたも、またしてもうまくいかない。天翔の背に向かって、愛音は真っ直ぐと頭を下げて礼を言っていたのだった。それに対して、天翔は少しだけ冷や汗を浮かべて応ずる。


「お、おう……でも、大丈夫だ。このくらい……」


「あ、あの……お礼、ちゃんと形にして出来ませんか?」


「ぐ……いいんだよ堀田さん。それに、あれで終わったわけでも……」


「いいですから! 何か……何かお礼を……」


 天翔の言葉は全く、聞き入れられない。愛音は何が何でも、彼に対して礼を言うつもりだ。さっきも言ったが、彼女は責任感の強い人間。当然、返礼をしたいと思うことはあった。だが、天翔はそれをよしとしない。


(クソ……気負わせたくない……。サッと立ち去ってしまえればよかったが、ここで帰れば逆に……どうすれば。堀田さんに頼むようなこともないし……)


 気負わせたくないのなら、ここで天翔は礼を受けるべきなのだ。本当なら、彼はそれを感じさせる間もなく立ち去るつもりであったがそれは失敗した。であれば次、礼を受ければいいのだが……彼は今の所、何にも困っていなかった。

 そうして天翔が、愛音が頭を下げるのに対して戸惑っていると……二人の後ろに、人影が現れる。


「久しいな、天翔!」


「ん……お前は?」


 開かれたままだったラーメン屋の入り口から、凛とした女性の声が響いた。それを聞いた天翔は、ハッと驚いて後ろを振り返る。すると、声のした方には……


「タマ……」


 短い金髪の、背の高い美人がニカッとした笑みを浮かべて立っていた。

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