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見え隠れする闇

 天翔が琴音の母親、愛音の経営するラーメン屋で一人、ラーメンをすすっていると……入口の扉が、音を立てて勢いよく開く。そうして外から、黒い服を着たガラの悪い男が三人、入ってきた。表情は……穏やかではない。敵意……も、違う。加虐を楽しむ者の、いやらしい笑みを浮かべていたのだ。

 その三人が入ってきたのを見止めると、カウンターの奥の愛音は表情を一変させ、弾かれるようにして男三人へ歩み寄る。


「ま、待ってください。今日は、一時に来る予定のはずじゃ……」


 愛音は店の壁にかけられている時計を目に入れて言う。現在の時刻は、十二時十五分辺りである。この間に涼とマーレが待ち合わせの時間に話し合っていたことがあったが、議題に上げるまでもないほどの早すぎな時間だ。

 だが、愛音の言葉に男は真正面から向かわない。


「どーでもいいでしょ? 堀田さん。いつ来てもおんなじだって。それに、金借りてるアンタ方が時間に云々言うのはどうなんだろうねぇ?」


「……あ、そ、それは……」


 愛音はチラと、天翔の方へ目を向けた。明らかに彼のことを気にしている。

 恐らくは、怖い思いをさせてしまっているとでも思っているのだろう。彼女は元より、この男達が来る時間を避けて開店しようと考えていた。そうして、少し予想外だったとはいえ、天翔を受け入れたのは男達が来る前には天翔が外に出てくれるだろうという意志があったからだ。その考えは、男達の行動によって否定されてしまったが。


 しかし、天翔は今の状況を全く、意に介さないという様子でラーメンを食べていた。箸を一心不乱に動かしている。


「ほら、お兄さんも察してくれてるよ。見ないふり、してくれるってさ。よかったじゃない?」


「………………」


 男達の一人が、天翔の方へ目を向ける愛音に気付いて声を上げる。つまり、天翔は男達がそちらの仕事をしている人物だと知り、触れないでいてくれているのだと。

 そう言って天翔の存在を脇に置き、彼らは話を進める。


「だから、お話ししようぜ? お金の話さ」


「……す、すいません。その、まだ……」


「はぁ……また……」


「そぉ……」


 愛音が俯いて言った、まだ、という言葉に対して男達はため息で返す。だが、それは表面上のモノであった。口元には、やはり、という笑みが。それを持ったままで、男達の内のサングラスをしている一人が愛音の肩を掴んで言う。


「じゃさ、ビジネスしようよ。顔と体がモノを言う仕事なんだけどさ、堀田さんなら……いい線いくよ?」


「い、いや……それは」


「いいじゃないの? 元からさ、気に食わない男とヤッて作った子もいるじゃない。慣れてるでしょ」


「そうそう、可哀そうに。でも、このビジネスをやれば、ストレス発散にもなるよ。忘れられるかもしれないよ? あの男の事。堀田さんに手ぇ出すだけ出して、俺らの借金をアンタ一人に押し付けた奴のことを、さ」


 男達は三人で愛音を取り囲み、いやらしいことばをかけていく。それは愛音の精神に、冷たい息のように吹きかけられた。彼女は、そこに立っているのもやっとという表情をする。今にもストレスから、髪の毛が白くなってしまいそうな。

 だが、男達の言葉はこれで終わりはしなかった。


「そうだ! よくこのお店で手伝ってる堀田さんの娘さん、何ちゃんだっけ?」


「……! 琴音に何をさせるつもりですか!?」


「そうそう琴音ちゃん。あの子も、堀田さんと一緒に稼げばいいよ。親子そろって、良い顔してるから売れるだろうしねぇ?」


 愛音の首筋に冷や汗が伝う。嫌悪が、表情にそのまま表れている。そんな顔で、男達を見上げて睨み始めた。それは、彼女のささやかな抵抗だ。娘だけには、絶対に手は出させないという目。

 だが、届きはしない。


「ん? 何よその目? アンタがお金を払えてないから、優しさで、ビジネスの提案してあげてるんじゃない」


「遊んでそうな見た目してるしさ? 今から社会経験にもな……」


 男達の一人が、ニヤついて愛音の肩に手を伸ばす。その手は彼女の体に、精神にかかる。それに対して愛音は……


「琴音はそんなことしませんッ!!」


 思わず、手を払ってしまった。そして、愛音はその行為に及んでしまった後で気付く。まずいことを、してしまったと。彼女の思った通り、手を振り払った後の男達は……いやらしい笑みを浮かべるのではなく、気に入らないという顔をし始めた。まるで、ペットに噛みつかれた時の飼い主がするような表情。

 そうして彼らの内一人が、手を振り上げた。その手には拳が握りしめられていた。それを見た愛音は、頭を抱えてその場に屈みこむ。だが、それに構わず男はその拳を振り下ろすのだった。


「堀田さん……。態度、改めた方がいいんじゃあ……!!!」


「ひっ………………ん?」


 愛音は頭を抱えて目をギュッとつむりながらも、疑問の声を上げる。すぐにも来ると思っていた拳の痛みが、体のどこにも走らないからだ。そうして、恐る恐る目を開けた。すると……


「ラーメン、おいしかったよ堀田さん。だけど今日は、持ち合わせがなくてな」


 天翔が、男が拳を振り下ろすのを、片手で抑えていたのだ。彼の目には揺らぎのない怒りがあった。


「すまないが、払ってもらうよ。こいつらに」

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