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「私だけ……補欠合格……」


 涼は目を真っ黒……いや、真っ白か。ともかく深い淡色に目を覆わせて、結果発表に頭突きをくらわしていた。そうして、固まっていたのだ。その姿はまるで、無念の最後をこれから遂げるために、頭を差し出している武者のようである。


 そんな姿を見て、思わず周りの人間達は彼女をかばう言葉を口にする。


「あ……あのよ、大丈夫だって!」


「そ、そうだよ! きっと、大丈夫。実質受かったみたいなものだよ!」


 まず、鼬とララ。だが……


「アンタらは受かってるからんな口が叩けんのよ。よくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えたわねぇ……」


 涼の、放った瞬間に地面に落ちるかのような重量感のある言葉が二人の善意を弾き飛ばす。それを受けて、思わず鼬とララは顔を見合わせ、一歩下がってしまう。自分達では励ましきれないと踏んだのだろう。そこで、マーレが進み出る。彼女はやれやれと言う具合で腕を組み、涼のそばに立つ。


「はぁ……大丈夫よ。だって、この高校は……」


「うるさいのよこのまな板」


 が、彼女の言葉は言い分さえ聞かれず、涼の言葉によって弾かれた。そして涼の言葉は、大分挑発的なものであった。それを受けたマーレは……


「…………あぁ? 涼、アンタ干物にされたいの……?」


 歯ぎしりをして、涼が結果発表に頭をゴリゴリとこすりつけているのを見おろす。その目には、まるで深淵を覗くかのような憎悪が。それを目にした勇気と琴音は弾かれるようにして動いて、まず彼女を涼から引きはがす。


「ちょちょちょちょ~い! 待って、ねえ待って? こんなところで暴力はまずいんじゃないか、マーレ? 私達もそんなのは御免だ」


「そ、そうだ。涼だって……その、本当はそんなこと思ってないさ。気が動転してるだけだ」


「ああ? ……チッ、分かったわよ」


 わざとかは知らないが、マーレはその場にいる誰もが聞こえるほどの舌打ちをしてから勇気と琴音の指示に従う。それを見た二人は、顔を見合わせてホッと息を吐いた。とりあえず、暴力沙汰は避けられたのだ。


 そして、一番重要なのは最初からそうではあったが、涼のアフターケアだ。補欠合格、確かに合格ではあるものの、未だ不安の拭いきれない立ち位置。自分に自信のない涼にとってはもっとだ。彼女は未だ、一人で結果発表に額をこすりつけている。


 それをちゃんと見て勇気は、彼女に恐る恐る一歩、近寄って口を開いた。


「なあ、涼。きっと大丈夫さ。補欠とはいえ、一応合格。それに……」


「…………何よ」


 何故かは分からないが、相手が勇気になって涼は初めて顔を上げた。ともかく勇気はそれをいいことに、笑顔を浮かべて涼に向かった。


「俺が教えてたんだ。補欠合格でも上の方さ。きっと大丈夫……」


「…………そうかしら」


 勇気は、自分が出来るだけのことをしたつもりであった。顔を向き合わせて、ちゃんと笑顔で励ましてやる。だがそれでも、涼の調子は少しだけ戻るくらいだった。具体的に言えば、頭突きをやめるくらい。顔に張り付いた淀みは未だ存在している。


 それを解消する術を、勇気は持っていなかった。だが、そんな彼の横に琴音が並び立つ。そうして、涼の肩を叩いて言う。


「大丈夫さ。もし、もしもだぜ? 落ちてたらの話をする」


「ひっ……」


「想像すんな。もしも、だ。もしもそうなったら……そうなっても、大丈夫さ」


「…………は?」


 急に、よく分からないことを琴音は言い始める。それを受けた涼は、思わず疑問に首を傾げる。その顔に、琴音は説明を加えた。


「確かに、ここに落ちたら道はふさがる。けど、それ以外にもあるさ。他の高校を受けることも出来る」


「……受からないわよ」


「確かに、涼だけじゃ受かんないな。けど……ここには私以外にもさ、マーレも鼬も、琴音もララだっているだろ? 六人いりゃ、何とかなる。三人で文殊なら、六人いれば……何だろ? まあともかくよ」


 琴音は小難しいことを抜きにして、自分の言いたいことを言った。


「大丈夫だぜ。お前には私達がいる」


 ……単純だが、琴音の言葉には強さがあった。強さと、そして温かさが。涼の肩を叩きながら言ったそれは、見る見るうちに涼の顔を変えていく。笑顔になることはなかったが、全然、さっきまでの黒い表情よりはマシな、やれやれという表情。その顔で言った。


「……ああ、うん。そうね、ごめん。こんな面倒なこと、しちゃってね」


「おう、良いってことよ」


 琴音は涼の言葉に、ニカッという笑みで応えた。彼女の言葉と、その笑顔は……太陽のようであった。それを目に入れた勇気は思わず、昨日のマーレの言葉を思い出し、彼女の方を見た。マーレは……頭を抱えて呆れた表情をしながらも、勇気に目を向けてフッと笑った。言った通りでしょ、そう言わんばかりの表情だ。


 そうして、場には温かい空気が流れる。そんな中で、また琴音は口を開いて言った。


「んじゃさ、涼のもしもの時のために、皆で勉強しようぜ!」


「…………えっ」


 今、嫌そうな声を上げたのはララと鼬である。彼ら二人はさぞ嫌という風に、琴音の言葉を受け取って、震える声を上げた。


「そ、そうかぁ……多分、教えるのが主体になるよな。だったら、俺は遠慮するよ。俺も勉強できないし」


「そ、そうね。私も。じゃ、先に戻って……」


 二人はどうやら、自分達が勉強を教えられる立場でも、教える立場であっても、出来るなら勉強と距離を取りたいらしい。だが、この状況でそんなことが許されるわけもない。咎めたのは琴音と、そして涼だ。


「鼬~、ララ~……」


「そりゃないわよね。私達、一緒に今まで勉強してたじゃない? ここで一人、私だけ切り離すなんてひどいこと、二人はしないわよねぇ……」


 さっきまで涼は一人でうなだれていたというのに、琴音の言葉を受けてからは元気に満ち溢れているようだった。否、溢れてはいないか。いつもの調子に戻ることが出来たのだ。顔に小さな笑みを浮かべていて、不安な事が目の前にある少女とは思えない。


 そうして彼女は、思い出したように勇気とマーレの方へ振り返った。


「もちろん、勇気とマーレにも手伝ってもらうわ。二人がいないと、話にならないもの」


 随分と、厚かましい話である。勇気とマーレは彼女の言葉に顔を見合わせ、首をすくめた。


「厚かましいな」


「まったくよ。さっき、私にどんな口をきいたのか、忘れたんじゃないかしら」


「勇気、マーレ!」


「……ん?」


 勇気とマーレが呆れからため息をついていると、琴音の声が二人にかかる。気になって見てみれば、彼女は頼む、そう手と顔で示していた。手を顔の前に立てて、ごめん、という風なしぐさを取って。


 それを見て、また勇気とマーレはまた顔を見合わせる。そうしてから、小さく笑った。


「当然」


「付き合ってやるよ」

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