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妖館

 神崎勇気は自殺をした。が、それは大江涼の手によって失敗、彼は自殺を続けることを断念し、自分を救おうとした大江涼の優しさに希望を見出す。そうして彼は、彼女について行こうと決心したのだった。







「これは……」


 勇気は目を見はっていた。その驚愕の対象は、目の前の大層な館である。涼の示した先、閑静な住宅街の、特に人がいない地域の奥の一角にはその館があったのだ。


 その館は豪華、というわけではなかった。だが、煌びやかではないが、静かに感じる美しさのような、気持ちよさのようなものがある館。そしてそれは大きかった。高さは見るに二階、横幅は普通の家が二軒から三軒ほど、そして奥行きは三十メートルほどあるだろうか。ともかく、大きい洋館だ。


「妖館よ」


「え?」


 館の大きさに呆気にとられていた勇気は、急に自分を背負う涼が口を開いたのに驚く。それを疑問と取ったのか、涼は再び口を開いて説明をする。


妖館ようかん。洋館じゃないわ、妖館ね。私達妖怪……いや、特殊な妖怪達が肩を寄せて暮らしているところ」


「へぇ……お前、ここに暮らしているのか?」


「ええ、大分前からね」


 勇気の問いに涼は頷いて答える。つまり彼女は、目の前の館に住んでいるようだ。


 だが、そういえば勇気が気にするべきはこんなことではないはずだ。彼自身も、問いかけた後にそれに気付いて口にする。


「ふぅん……てか、そういや俺、怪我してたわ」


「あ、そうね。……ってか、アンタちょっとドライすぎじゃない? 普通にすごい出血だけど……」


「……ああ、まあ色々あって……。というか、お前の方がドライだろ。血降りかかってるだろ。叫んだりしないのか」


「こっちのセリフよ。さ、御託はいいからさっさと中に入るわよ。アンタの怪我、治せる人がいるから」


 涼は勇気の怪我に対して辛辣しんらつな応対をした後、彼を引きずって妖館の入り口まで行く。そうして、それを乱暴に蹴り開けた。








 そうして、彼女は空いた扉の中に声を上げながら入って行く。


「ただいま〜!」


「ん……お主か、涼。というか……」


 中には広めのエントランスが広がっている。吹き抜けになっていて、二階への階段が外から入ってすぐに見える箇所にあった。中身も外と同様、煌びやかなことはないが、静かな美しさ、というようなものを感じさせる内装だ。

 

 そうしてそのエントランスに入った時だ。涼のただいまという言葉に呼応し、中から男の声が聞こえた。勇気が見渡してみると、すぐにその声のぬしを目に入れることができた。先の声を発したのは、どうやらエントランスの階段のすぐ脇の椅子に座っている男らしい。


 茶色と深い緑の落ち着いた色調が混ざり合う着物を纏い、柔らかそうな物腰の丸眼鏡の男。見た目、二十後半から三十前半だろうか。だが、その落ち着いた雰囲気は外見以上の年齢であることをうかがわせる。それほど、彼の身にまとう雰囲気は物静か()つ、怪しい雰囲気であった。

 

「お主、救出に失敗したのか? 明らかに怪我をしておるが……」


 男は涼が帰ってきたのを見ると、彼女を迎え入れるより早く、彼女の背を借りる大けがをしている少年、勇気に目を向けた。当然と言えば当然、そしてその問いに対し、涼は頷いて答える。


「失敗って訳じゃないんだけど、間違っちゃない。無理をさせちゃったから。……あいつに会ったの」


「ま、切り口からそんなことは分かっておったよ。言わずもがな、の」


「あ、そ。分かってるなら、いや分かってなくてもさ。何をすりゃいいかは分かるわよね」


「口が悪くなったのぉ~、涼。まあいい」


 涼と男は出会い頭、他愛のない話を二言三言ふたことみこと投げ合った後、勇気に注意を寄せる。そうして、男は椅子から立ち上がって彼の方へと歩み寄りながら口を開くのだ。


「お主、名は何という?」


「……神崎勇気だ」


「そうか、良い名前じゃ。(わし)は名を太三郎という者。以後、どれだけの付き合いを持つかは分からぬが、このひと時、よろしく頼むぞ」


「あ、ああ……」


 男は柔らかい表情で微笑みながら、勇気を見下ろした。その顔は本当に優しく、何でも包み込んでしまいそうな雰囲気を持っていた。眼鏡の奥の目も、笑っているようだ。


 だが、今この瞬間、勇気には圧倒的な不安があった。


(……こいつの、心の声……いいや、音、ノイズさえ聞こえない)


 またしても、勇気にとって初めてのことが起きた。他人の心が聞こえづらい、だけでなく、全く聞こえない。その事実は、どうしたって彼を不安に追い込んだ。涼の場合はまだある程度心の色というのが分かったが、目の前の太三郎という男に限っては全くなのだから、当然。

 今まで当然のように分かっていたものが、不明になる。その恐怖に、勇気は直面していた。


(……厄介とばかり思っていたこの心の声が聞こえるってのが、ないとこんなに不安になるものとは……)


 にわかに喉の奥、そして頭の中に入り込んできた恐怖。それは、冷えた空気が床を伝うように、ジワジワと勇気の精神をむしばむ。


「涼、お主どれだけ怖い思いさせたんじゃ。怖がっておるぞ、勇気が」


「え、嘘? こいつがビビるなんてある……って、本当に? おーいっ!」


「…………はっ?」


 勇気は涼の、すぐ近くの心配そうな声を受けてハッとする。彼はどうやら、自分の頭の中に渦巻いた恐怖に時間の感覚を奪われていたようだ。それを見て、涼が彼を不安そうな顔で覗き込んでいたのだ。


 勇気の体には、脂汗がにじんでいた。顔にも、腕にも、足にも、腹や背中にも。それだけ、恐怖していたのだ。だが、彼は自分がそうなっていて、二人に心配させていたことに気付くと、


「あ……すまない。呆然としてた」


 勇気は自分のことを心配する涼に対し、自分のことを悟られないように一歩下がって謝罪したのだ。


「お主……妙ちきりんな奴じゃな」


 勇気の謝罪に対し、太三郎は眉をひそめる。涼も、今の謝罪には違和感を覚えたらしく、太三郎の方へチラリと視線をよこした。二人が明らかに、今の謝罪には妙なものを感じたのだ。

 が、太三郎はこれを無視し、未だおどおどとしている勇気へ向かい、言う。


「まあ良い。ともかく、治療じゃ。じゃが、治療といってもそう大仰おおぎょうなことはせん。そこに立っておれ。涼もの」


「え、あ、ああ……うん」


「分かってるわ」


 太三郎は勇気と涼にそこにいろと軽く指示をすると、おもむろに、懐の中から煙管きせるを取り出して口に咥えた。


「さ、すぐに終わる。いくぞ」

気持ち悪いかな、勇気。心配だなぁ……



ちゃんと気持ち悪がられてるかなぁ……

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