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事後談 3

 涼は一人、自室の鏡と向かい合っていた。部屋の明かりを落として、静かに鏡へ自分の顔を映していたのだ。その姿はまるで、自分へ問いをかけるようであった。それほどに、物憂げな表情をしていた。

 そんな中で、彼女はふと、口を開く。


「私……必要とされている、のよね」


 信じられない、そう言うかのような表情で彼女はそう呟いた。そうして、鏡の自分のシルエットのふちを指でなぞる。そうやって、問いかけているのだ。自分の価値を、自分の存在を。これは毎日、彼女がやっている行動だ。

 だが今日、今日は一つ違った。確かな答えを、得ることが出来たのだから。


「……嬉しい……。勇気がああやって目を覚ましたのは……本当に、私のことを希望って……」


 涼は鏡に映る自分の姿を見て、満足そうに微笑んだ。嬉しかったのだ。自分が必要とされているということが、どうしようもなく。妖館に来るまで本当に、反対そのものだった人生と反して……


「寝よう。私は必要とされてるんだから健康でいないと!」


 鏡の自分とお別れし、涼は椅子を立ち上がった。そうして、ベッドに向かう。


 そうした時、彼女の目の端にあるものが入ってくる。それは、ベッド脇の小さい棚の上に置かれていた紙束である。その束の一番上の紙には小さく、帰ってこい、と記されていた。それを見止めた涼は……


「一生、帰らない」


 しかとした口調と表情で、それを破り捨てたのだった。









(残響が……涼が、俺をこんなにも、こんなにも心配してくれた……)


「俺は……俺は幸せだ」


 勇気は自分の肩を抱き寄せて、ベッドの中でうごめいていた。


 実は、彼には暴走している時の記憶があった。あったというよりは、フツフツと復活してきたのだ。それを最初に受けた時は、自分はどうやったらこの穴を塞げるだろうかと、彼はそういう風に考えた。

 だが、その次は違った。というのも、勇気は自分が、三人に本気で心配されたのがうれしくてたまらなかったのだ。


「こんなに……こんなにも心配されてッ! ああ……グズッ……ふぅぅ~……」


 泣きじゃくる勇気は、嗚咽を漏らしながら掛布団に顔を押し付ける。そうしながら、歓喜の余韻に浸るのであった。鼻水と涙が、大量に布団に付着する。


 だがまあ、流石にそれだけとはいかない。彼はその歓喜を感じる前の出来事を思い出して、そういえばと思い返す。


(そういえば、耳……。本当に何も……いや)


 勇気はベッドに横たわりながら目をつむって、神経を集中させる。すると、耳に感情が入って来た。ふらふらと……


(これは鼬の声、か? ともかく……扱えるようになってる? めっちゃ扱いづらい、が……)


 勇気の耳には、鼬の決心の音が響いていた。それを受けて、もう一度勇気は耳に神経を集中させた。すると、鼬の心の音はサーっと引いていく。どうやら、勇気は本当に心を聞いてしまう耳を扱えるようになったのであった。

 実際としては、これは荒療治を終えた後ですぐにオンオフが効いているだけだ。この後で、勇気とララは心眼の開閉に慣れるのに苦労する。……と、別の話であった。


(……本当に……。というか、今となってはこれは、あんまり大きい問題じゃないか。それよりも……)


 勇気は寝返りを打って、表情を変える。それは先ほどまでの安らかな表情ではなく、憎悪という憎悪を顔に張り付けたかのような表情だった。


(あいつ……生きてたのか。とっくに死んだと思ってたが……いつか、妖館の皆に迷惑が掛からないように……)


 そうして、勇気はもう一度寝返りを打った。その顔には、憎悪と共に決心があった。


(いつか、始末をつける)








 心の受ける影響は、決してひと時ばかりではないのであった。勇気の心は確実に、好戦的あるいは、そういった負の感情を発生させやすくなっていたのであった。









(それにしても…………涼、涼……涼……んぅ。なんか、んんぅ……胸がモヤモヤする……)


 勇気はしばらく憎悪にさいなまれた後で、次は妙な事で悩み始めたのであった。布団の中で、グルグルと体を回転させている。それだけ心の奥に巣食うその感情は、彼にとって初めてのモノだった。勇気はそれを解消しようとしたが……全然、頬が赤くなるだけ。何故かは分からないが、彼は恥ずかしさを感じるのであった。


(ああぁぁもうッ!! んだよこれぇぇ……。何で、恥ずかしいなんて……)


 勇気がベッドに入ったのは十時辺りであったが、眠れたのは十二時くらいなのであった。










 天翔は深夜の通りを一人で歩いていた。何の気なしに、散歩である。彼は夜に、一人で散歩するのが好きであった。ストレス発散もあるだろう。色々あったから。彼はその場にはいなかったが、一応、報告だけは聞いていたのだ。それを、ゆっくりと考えたかったのだろう。


 だが、そんな中に招かれざる客が一人現れる。


「…………ん?」


 天翔はそれを、目の前の街灯の(もと)に見る。白い明りの下には、見るも美しい深い青の髪をした少女が立っていた。見た目は十歳ほどであろうか。顔は端正そのものであり、そちらの趣味がないものでも、美しいと認めざるを得ないほどの容姿を持った少女だ。そんな少女が、深夜に一人、西洋の貴族が着るような服を着て街灯の下に佇んでいたのだ。


 その少女はどうやら天翔を目に入れたらしい。天翔が彼女に声をかけるよりも早く、声を上げた。


「ブナ・セアラ、遅くだな、天翔。久方ぶりだ」


 彼女は少女とは思えない風格を持って、天翔に話しかけた。腕を組んで、さも上から天翔を見るように顎をくいと上げて、だ。そんな彼女に、天翔はため息をつきながら近寄る。


「何の用だ、ツェペシュ。お前から会いに来るなど、大分珍しいな」


「まあ、気まぐれさ。ただ、長いことこの世に生きていると、他の短い間を生きている者共の話がつまらなく思えてな」


「……言っておくが、私の方がお前より500以上も年上だぞ。分かっているのか?」


「分かっているさ。だが、人も妖もそうだが、50より上は変わらんものよ。そのくらいを生きると、生き物は考えを変えることが出来なくなる。成長もない。故に我はお前と我を、同格だと思っているが?」


「……好きに考えてくれて結構だ。それで? 何の話だ。他愛のない話を笑顔でするほど、私達は仲が良くないだろ」


 天翔は、ツェペシュが話しかけてきたことに対して不機嫌に対応する。どうやら、彼女のことをよく思っていないらしい。だがツェペシュの方はそんなことお構いなしと言わんばかりに、腕を組んで続ける。


「いやなに、面白いことを教えてやろうと思ってな。お前も、気になっているだろうことさ」


「……何だ?」


「百鬼夜行の話さ。今、準備段階らしいぞ」


「……チッ、そうか……」


 天翔はツェペシュの言葉を聞いて、明らかに不機嫌になる。それはツェペシュに対してではなく、彼女の吐いた言葉に対してだろう。

 百鬼夜行、それだどんなものであるかは分からないが、ともかく天翔にとって厄介なものなのだろう。彼は頭を抱えて、ツェペシュのことなどどうでもいいと言うように街灯の灯りから外れて歩き始めた。


「おい、行くのか?」


「ああ、当たり前だ。もとより、お前などと散歩をするつもりはなかった。それよりなんだ、血でも吸うか?」


「やめろ、天狗の血はまずくてかなわん。寿命変換効率も悪い。それに、お前の血は吸っても何の意味を持たないことは分かっているさ」


「そうか。ならさっさと、失せたらどうだ?」


「……フン、遊びっ気のない奴だ」


 天翔が言葉を受け流しながら歩くのに対して、ツェペシュはため息で返すのだった。そうして、彼女は姿を消す。天翔がまともに取り合ってくれないために、退屈だと感じたのであろう。彼女の体は、血煙のようになってどこかへ消えた。その跡はまるで、何も残っていないように……

 天翔はそれを、目にも入れずに把握していたらしい。一度フッと振り返る。そうして街灯の辺りに目を寄こし、ツェペシュがいなくなっていることを確認すると、再び歩き始めた。


「お前と遊ぶなど、有り得ない話だ」


 そうしながら、ツェペシュの最後の言葉に返すのだった。そうする天翔の顔には、不安な表情があった。


「百鬼夜行……面倒な話だ」

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