事後談 1
「え、最後ひどくない?」
事後、ララが起きてきた。彼女は食堂で一人で座っていたのだ。どうやら、涼達が勇気の正気を取り戻そうと奮闘している間に起きて来たらしい。そんな彼女に、鼬とマーレが事の次第を話してやっていたのだった。しかし、その場にいたのは鼬とマーレ、ララの三人。彼らは食堂の端のテーブルを一つ囲んで座っていた。涼はいない。
と、先のセリフは、話を聞いた後のララの言葉。マーレの話したありのままに対しての、つまり最後の三人の対応のことについての言葉だ。確かに、勇気が状況を聞いて来たのに対する三人の対応はひどいものだった。だがそれを聞いたマーレは、フフっと笑って頬杖をつき、ため息を吐くように言った。
「あれはね、涼から始めた照れ隠し。あいつが最初に気持ち悪いなんて言い始めるから、私達も乗らざるをえなかったの」
「乗らざるをって……」
「言っておくけど、私はあいつと四年間暮らしてるから。あいつがどんな風に照れ隠しをするのかなんてのは、一瞬で分かるの。ね、鼬?」
「え……そっそうだな」
マーレが頬杖をつきながら鼬の方を向いて言うと、彼は何かを隠すようにしながら声を上げた。そんな彼の様子を、女子二人は白い目で見つめたのだった。
そしてしばらく、ララはまた口を開く。
「それにしても……私が起きてれば、きっと私が勇気を助けたのに。フフンッ!」
彼女は胸の前に腕を組んで、自信満々にそう言った。……心の色は見えるが、空気は読めないらしい。だがマーレはそんな彼女に、小さく笑って応える。
「確かに、ね。ララがいれば、もう少し楽だったかもしれないわね。けど……私は涼にしか出来ないことだったとも、半分くらい思うわ」
「本当? どうして」
「……アンタ自身と勇気が、すごく求めあってるのは分かるわ。同じ辛さを知った、深い仲間……。けど、涼は……多分」
マーレは遠い目をして、壁の奥の、涼がいるはずの部屋の方へ目を向ける。何を思ってだろうか。ともかく、何かを考えているように涼の方を向いたのだ。そうして、黙ってしまう。
「多分、何?」
耐えきれなくなったララが、マーレに問う。マーレはララの問いを受けると、またポワッとしたハッキリしない表情のままで、曖昧な答えを返す。だが、その口の端には少しの笑みがあった。まるで、痴話げんかを脇から見る親友のような……。
「涼は、求められるのに弱い子ってことよ」
「…………んぁ?」
「分かんなくていいの。さて、私はもう寝ようかしら……んーっ」
マーレはララの呆けた表情を軽く受け流した後で、椅子から立ち上がって伸びをする。そうした後で、可愛らしく欠伸をした。それを見て、さっきの疑問を考えることを放棄したのか、またもララが口を開く。次は別な疑問についてだ。
「涼の時も思ったんだけど、まだ十時だよ? もう眠いの?」
ララは時計を見て、そう言った。確かに中学三年生が寝るにしては少し、十時という時間は早い気がする。そんな風に疑問を示すララに、鼬が答えた。
「いや、マーレは吸血鬼だけど、俺達にリズムを合わせるために早めに寝てっから。昨日のは夜更かしするつもり満々だったから起きてたんだろうけど……」
「あ、そうだったんだ。ごめん」
「いや、謝ることじゃないわよ。それと涼は……」
鼬が応えるのを聞いて、ララはマーレに謝った。自分達に生活のリズムを合わせるために無理をしているのに、わざわざそれについて聞いてしまったことを。だが、マーレはそんなことを気にしていないようだった。そうして、加えて言う。
「涼は疲れたの。緊張しただろうし、体力も使っただろうしね。下に降りてこないとこを見ると、勇気も疲れたみたいよ? ま、そういうことだから」
マーレはそう言って、適当に後ろにいる二人へ手を振って食堂を去っていく。そんなフワフワした様子の彼女を、ララと鼬は何とも言えない気分で見送ったのだった。
そうして、マーレは完全に食堂から消え去っていく。その後で、鼬が口を開いた。
「……今日のことで、問題が多くなったな」
「ん……どんな?」
ララはテーブルに半分突っ伏しながら、鼬の真剣な顔で呟くのを見上げる。鼬は本当に、何かが不安で不安でたまらないというような顔をしていた。そんな顔で、テーブルの上に手を組み、それに顎を乗せる。そうして、吐き出した。
「勇気自体の事……。自殺した人間の内に勇気の知り合いがいたらしいこと。そいつが、勇気に恨みを持ってたらしいこと……。多すぎるぜ」
言い切った鼬は背もたれに寄り掛かって、深いため息をついて頭を抱える。確かに、そうララは腕を枕にして顎を乗せながら唸る。彼女とて、二人から事情は聞いていた。だからこそ、鼬の言葉の意味を理解したのだ。
勇気が調子を崩したというか、正気を失った理由。それは、太三郎が勇気を連れて来た自殺した人間を生活させている場所。そこで、彼自身に対する強い敵意を感じたからだ。それはつまり、勇気に対して敵意を抱く人間が自殺していて、妖館の保護下にいたということだ。
それは……勇気が妖館に来るまでの生活に、何かしら黒い影を落とすことは確実であろう。
それを理解してしまっては、勇気を本当に真っ直ぐな目で見ることは出来ない。助け出すまでは必死さでうやむやになってはいたが、事後で考えてみれば、背筋が冷えるような感覚が上り詰めてくる。
だが……
「大丈夫だよ」
「……ん」
ララが呟いた。自分に言い聞かせるように、そして鼬に芯から語り掛けるように。
「私、ずっと勇気の隣にいるつもりだし。涼もマーレも多分そう。それに鼬……君もさ、きっともう、親友だと思ってるんじゃない? 私達の意志がそうあるだけで、もう、勇気自身の問題なんて関係ないよ。私達がどうあるか、でしょ?」
……ララは、大分変っていた。勇気と会うまでの彼女は、気弱な少女であった。だが、勇気に助けられたこの一日や二日で、まるで真逆のような人格になっていた。自信をもって、自分の意志を言える少女。きっとそれは、妖館にいる涼達が彼女の心に響く者達だったこともあるだろう。
ララのその、しっかりとした言葉を受けて、鼬は顔に張り付いていた緊張を解いて笑った。
「フッ、そうだな。あいつがどうあっても、俺はあいつの親友になっちまったし、ララはあいつと極限まで近い仲間になった。この短い間だが、それで充分。俺達の心が、揺らぐようなことはないだろうぜ」
「……そうだね。きっと、大丈夫」
「きっとじゃねえ。絶対、大丈夫だ」
そう言って、夜中に二人は静かに笑い合うのだった。
二人は、そしてマーレと涼、勇気もだが、この先に待ち受ける困難など全く知らなかった。だが、それでも、そんなことなど関係ないと言わんばかりの、絆が五人の中にはあったのだった。




