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子を助けるということ

「ただいま~」


「お帰り、早速じゃが、お主らに頼みたいことがある。何も言わずに、説明だけを聞くんじゃ」


 夕方四時頃。涼、鼬、マーレは学校から帰って妖館に入って来た。そしてその瞬間、それをエントランスで待ちかねていたのだろう太三郎に捕まえられた。そうして三人へ彼が求めることは、自分の頼みを黙って聞いてほしい、ということだった。

 そんなことを話す太三郎の様子は、通常ではありえないほど真面目なものだった。それを見て、三人は感じ取る。何か、緊急事態なのだと。だからこそ、黙って見合い、頷き合うだけで太三郎への返事を済ませた。


 それを見止めて、太三郎は三人を立たせたまま話し始める。


「今日、勇気とララに悟りの眼を閉じるための荒療治を行った。激しい感情を当てて、無理矢理心眼を閉じさせるというものじゃ。それをやって、今は二人共、気絶しておる」


 太三郎が淡々と話すことはどうも異常で、三人を驚かせる。だが、口は開かない。彼が必死であるということが伝わってくるからだ。

 太三郎は続ける。


「ララは安らかに眠っておる。じゃが、勇気は違う。どう考えても普通ではないんじゃ」


「え……?」


「それってどういう?」


 仲間の危険を耳にして、思わず涼とマーレが口を開く。だが、鼬だけは断固として太三郎の話に集中した。それは彼の、太三郎に対する熱く厚い信頼があればこそ。真剣な表情で、先を促す。


「二人共、まずは話を聞こうぜ」


「うむ……。実は悟りは、“自分に対する”強い感情を受けると、その心に影響を受けるということがあるんじゃ」


「自分に対する?」


「そうじゃ。今の勇気には、それを受けてしまった傾向が見られる。……まあ、あ奴の中に何かしらの妖の血が流れておることは予想しておった。悟りの血が流れておることも予想してはいた。じゃがな……」


 太三郎はそこまで言って、憎たらしいと言わんばかりの様子で頭を抱える。その顔には、今まで彼が他人の前でほとんど見せなかった冷や汗というのがびっしりと付いていた。脂汗、でもあるか。ともかく彼は、自分の失態と今の状況に、相当な負荷をかけられているらしい。

 そんな彼の口から、こう言い放たれた。


「どうやら自殺者の中に、勇気の知り合いがおったらしいのじゃ」


「…………ッ!」


 三人は息を飲む。太三郎の言った言葉、それはつまり……

 それを考える暇もなく、太三郎は続けざまに言葉を放つ。


「さっき影響を受けると言ったじゃろ? 勇気は今、憎悪を受けた時の症状を出しておる」


「憎悪……」


「そうじゃ。それに、あれは強すぎる。まるで、自分の何もかもを奪った相手に対して向ける憎悪。そんなものを受けているかのような症状の出方じゃ。……今、奴はうなされておる。目が勝手に覚めるまで待たねばならぬが……あのまま行けば、受けた憎悪に勇気自身の心が侵されかねん……」


 太三郎は自分の頭を拳でぶっ叩き、己を叱咤する。


「愚かじゃった! とてつもなく低い可能性とはいえ考慮しておらんかった! ……そして、解決法は儂や天翔では出来んことじゃ。お主らにしか、出来んのじゃ……」


 太三郎は自分の頭に拳を付けたまま、そう語る。いまの勇気の状況を打破することが出来るのは、今目の前に立っている涼、鼬、マーレの三人であると。それを聞いた三人は顔を見合わせ、涼とマーレが問う。


「私達にしかできないって……」


「つまるとこ、何をすればいいの? 言われたら、すぐに動くわよ太三郎さん」


 その問いを受けて、ようやく太三郎は冷静さを取り戻したのか、深く息を吐いた後で説明を続ける。


「つまり、別な強い感情を彼にぶつけること、じゃ。少なくともプラスの、お主らが勇気に対して思っているだろう、そんな……。儂や天翔は昔飲んだ薬のせいで、心をほとんど悟りに感じさせることが出来なくなっておる。タマも照もじゃ。じゃから……」


 太三郎はそこまで言い切ると、ガクッと立っている場所に膝をつき、三人に頭を下げる。土下座だ。そうして、大声を張った。


「お主らに頼むしかないのじゃ! 子を助けると誓った者が子に助けを乞うなどあってはならぬ話じゃが頼む!! この通りじゃ!」


 まるで、己が息子を助けてくれと頼むように、太三郎は三人に頼み込んだ。彼と付き合いの長い三人にとっても、妖館にいる期間が一番長い古株の鼬にとっても、その光景は初めて見るものだった。


 だが、その様子を前にし、三人は戸惑わなかった。受けると、決まっているからだ。鼬が進み出る。その後に、マーレと涼が。太三郎の前に立つのだ。


「頭なんて下げないでくれよ。助けたいものを助ける時は、手段なんて選ぶなって言ってくれたのは太三郎さんじゃねえか」


「鼬……そうは言ってもじゃな。儂は、自分のミスで勇気をこんな目に合わせ、挙句自分で自分の尻も拭けぬと……」


「いいのよ。どうせ尻拭いてなくても臭いじゃない。煙草のにおいで」


「マーレ。そういう話は今しておらんじゃろうが! 今は……」


「四年前に助けられた時から。私は太三郎さんについて行くって決めてるから」


「涼…………」


 太三郎の前に、三人は態勢を低く屈む。そうして、彼を信用しているし、彼にずっとついて行くのだから謝罪など必要もない。頼むこともないと言外に伝えた。そうして、三人は手を重ねて太三郎に差し出した。それを受けて、太三郎は……


(こんな時とは……。今まで何度も感じてきた事じゃというに、こんな時にハッキリと、自分が間違っていないと……)


「すまぬ、すまぬな……」


 涙目になって、手を重ね返したのだった。









「どうも、暴れるかもしれないらしい。それに、太三郎さんは来られない。なんか、心の熱源がどうのこうの、みたいな理由で……」


 鼬、涼、マーレは勇気の部屋の目の前に立っていた。ドアの前に、鼬がいる。彼は木のドアに手をついて、背中越しに二人へ言った。


「起きて、暴れているようだったら俺が部屋に入って止める。そしたら、俺が入ってきていいって言うまで、中には来ないでくれ」


「何言ってんのよ。アンタが一番貧弱でしょうが」


「ぬぁっ!?」


 鼬はカッコつけて言ったことを、瞬間で涼にぶつ切りにされて思わず声を上げてしまう。顔はうすら赤い。涼はそれに対して、冷静に指摘した。


「だって、鎌鼬って別に力強い方じゃないし。寧ろ貧弱な方……」


「まあまあ涼。カッコつけたいんだって」


 鼬の赤い顔に、白い眼をして淡々と否定を入れる涼の肩をマーレが掴む。その顔は、ちょっとした悪戯っぽさを孕んでいた。そうしてそんな目を向け、鼬に言うのだった。


「頑張ってね。カッコいいとこ、見てるから」


(うわぁ……マーレ、無意識だよ)


 マーレはまるで、鼬が自分のことを好きだと知っているような言葉を口にする。それを、涼は呆れた目で後ろから見つめていた。涼はマーレのそれを無意識と考えたが……


 とまあ、二人の女子のことは知らず、鼬は一人で声を荒げた。


「べっ別に、カッコつけたいとかそんなんじゃねえ! ……クソ」


(それに、そうでなくてもよ……)


 鼬は振り返ってドアの方を向き、またさっきのようにそこへ手をついて冷静になった。一度、マーレのさっきの言葉をすぐに忘れる。そんなことを考えていては集中しきれないからだ。

 それに、勝手にそうなった。そうしようとしなくても、彼は集中できたのだ。何故なら……


(そうでなくとも、俺は勇気を大切に思ってんだ)


 ドアの木製の板が、軋む。鼬が、軽くそれを握りしめたのだった。そうする彼の目には、決心の色があった。


(絶対に助けるぞ。待ってろ、勇気……)

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