絶望
「これらを付けよ」
「これは……」
勇気とララ、それに太三郎は妖館の玄関に立っていた。太三郎の言った、荒療治をするために移動をするということだ。そして外に出る際、彼は勇気とララに振り返り、手を差し出して先のように言った。その手には、サングラスとヘッドフォンがあった。
「何だこれ?」
「あ、これタマさんが作ってくれたのと同じ……あれは落としちゃったけど」
「そうじゃララ」
「?」
勇気は太三郎とララのやり取りに首を傾げる。二人は何かを通じ合わせたようであったが、彼は何もわかっていなかったのだ。
そんな感じで、勇気が疑問を顔に浮かべていると、太三郎が彼にヘッドフォンを差し出して言った。黒い、地味なデザインのヘッドフォンである。
「これは、お主らの心眼を塞ぐために儂が作ったモノじゃ。タマにも持たせてあったから、ララは知っておった。お主らが未熟なままでも、大丈夫なようにの」
「へえ。ありがとう、わざわざ」
「いいや、いいんじゃ」
「……んで、タマって誰?」
勇気は疑問を解消した後の、そのまた次の疑問を口にする。ララと太三郎は当然かのように話しているが、タマという人物のことを勇気は全然知らない。何としても解消したい疑問だ。
勇気が問うと、ララが応える。
「私が元居た所。妖館二号にいた人だよ」
「二号?」
勇気が怪訝そうに首を傾げると、太三郎が説明を加える。
「そうじゃ。妖館は儂、天翔、そしてもう二人……タマと照というんじゃが、儂ら四人で営んでおる。あとは、儂らが面倒を見た子供達じゃが……全員で一つの箇所に集まることもないから、距離を離していくつも設置しておるという訳じゃ」
「へぇ……じゃあ二号の太三郎さん、みたいな感じか?」
「そうだね。そんな感じ。すごく優しい人だよ」
勇気の例えにララは頷いて応える。それを受けて、勇気はへぇと、顎に手を添えて想像する。妖館がもう一個あって、そこに太三郎のような人がいる……と。
しかし、そんな想像を長く馳せる時間はなかった。太三郎が、二人を急かしたのである。
「まあ、あ奴のことはいいんじゃ。先を急ぐぞ。お主らは、それを付けて儂の後についてくればええ」
何か、急ぎたい用事でもあったのだろうか。今は朝の九時辺りだが、そんなものは思いつかない。そんなことを勇気は考えながらも、ララと顔を見合わせた後で、太三郎の言葉に頷いた。
「分かった」
「うん」
「ここじゃ……」
勇気とララ、それに太三郎はあるところへと歩いていた。その様は、まるで相当な変人たちのようであった。茶色い日本風の着物を着て下駄で歩く男、ヘッドフォンをした少年、寝間着のような服でサングラスをかけている少女。そんな三人組が歩いているのだから、変な人の集団のようである。
だが幸い、そこまでの道に人通りはなかった。ほとんどと言っていい。
そうしてしばらく、太三郎はある建物の前まで来ると、後ろに従えていた勇気とララに振り返って言ったのだった。
「まあ、こんな風に使うのはあまりよくないんじゃがの。ここは儂らの施設のうちの一つで……自殺した人間を集めている所じゃ」
白く大きな建物を前に、太三郎の言葉を聞いた勇気とララに戦慄が走る。その言葉は、普通に聞いていたら驚くものだ。自殺した人間を、集めている施設。
太三郎は続ける。
「助けてやっても、前に向くことの出来る人間は少なくての。稀じゃ。じゃが、もう一度死にたいと思う奴もおらんのじゃよ。じゃから、ちゃんと生活はさせて、二度目の人生を歩めるようにしたいのじゃが……まあ、この建物いっぱいいっぱいになっておるがの。昨日も一人、増えてしもうたわ」
太三郎は俯いて話し続ける。勇気とララも、それを暗い顔をして聞いていた。しばらく、三人の内に嫌な空気が流れる。お互いを睨み合う訳ではないが、声を上げづらい。
その沈黙を、太三郎が歩み始めながら破る。
「ではいくぞ。ヘッドフォンとサングラス、決していいと言うまでは外すでないぞ」
「ああ……」
「うん……」
「そこに座るんじゃ」
太三郎は建物のある一部屋に勇気とララを連れ込み、椅子に座らせた。その建物の部屋は、無機質であった。廊下は白と灰色のタイルで埋め尽くされている。今勇気とララがいる部屋だって、そんな具合だ。淡色に満ちている。そんな中で、今その壁の奥で誰かが過ごしていると思うと、勇気とララは吐きそうになった。
そんな中で、勇気はまず空気を入れ替えようと、眼に付いたことを話す。
「なんか……気が滅入るな。こう言うのもなんだが、デザインとか、変えてみたらどうだ?」
確かに、彼の言う通りである。こんな淡色ばかりのデザインでは、きっと暮らしている人間は辛いだろう。だが、太三郎は椅子に座りながら頭を抱えて言う。苦しそうに。
「いや、やってみたんじゃがの。住人に言われたんじゃ。こう、こんな部屋や廊下が明るくて、俺達の気持ちのことを舐めているのか、と。……ありゃ、気を遣ったんじゃがのぅ……」
そう言って、頭を抱える。そうする表情を見て、勇気は……
(クソどもめ……)
憎たらしいと、顔で言っているかのような表情で呟いた。だが、そんな表情を長くする暇もない。太三郎が早く話を進めるのだ。
「さて、ここでお主らのそれらを外すんじゃ。……勇気」
「ん?」
「妖館に来て一日目、気絶したことがあったじゃろう? あれと同じようなことになる。……まあ、覚悟を決めたらで良い。儂はお主らが気絶した後で、妖館に連れ戻してやるから安心するんじゃ」
太三郎は二人にそう促した後で、また煙管を吸い始める。そうする姿は、出来るなら一刻でも早く、ここを立ち去りたいと言っているようだった。それを感じ取ってか、知らぬか、ララが勇気の肩を叩く。それを受けて、勇気は彼女の方へ振り向いた。
「どうしたんだ?」
「もうやろう。早く、すませちゃおうよ。ビビってても、仕方がないから」
「…………ああ」
ララの提案に、勇気はゆっくりと頷く。ララの目は、どうやら決心を済ませているようだった。そんな目で見られては、勇気もうんと言う以外はない。それに、追撃もあった。ララは、勇気の力の入っていない手を掴んで言ったのだ。
「二人で分け合えば、平気。でしょ?」
そんなことを言われてしまっては、もう、迷うことはない。
「分かった、やろう。……せーので、行くぞ」
「……うん」
勇気はヘッドフォンに手を、ララはサングラスに手をかけて、同じように声を上げた。
「三」
「……二」
「一……っ!」
二人は自分の心を理解する器官を、深い絶望を前にさらけ出した。破滅的な音と、色が、二人の感覚に襲い来たのだった。
だが、その中で勇気はある音を聞き分けた。
(……これは記憶……! あの、あいつの記憶……!!)
彼は椅子から崩れ落ちて気絶する中で、夢を見るのだった。




