仕返し
「う、くぅ……」
勇気は痛む頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がる。そうした後で、彼は自分が今までにしていたことを思い出した。ララの胸に顔をうずめていたら、涼にしばき倒された……。
それを思い出した勇気は、更に苦しいと言うようにため息を吐く。
(俺は……涼に。仕方ないか、ララのためとはいえ実際にやったことは……)
勇気は起き上がった後で、辺りを見渡す。今の時間を把握し、するべきことを確認するためだ。そうして見れば、今が朝の四時で、外がまだ暗い時分だということが分かった。加えて、今自分が自身の部屋にいるということを。それを把握すると勇気は、うめき声をあげる。
「俺、涼に殴られてから気絶してたのか、それもこんなに長い間……それに誰かに運んでもらった、のか? ……あと、昨日の飯、作れなかった。それに、ララのことも……」
自分の頭の中に、不安と問題が押し寄せてくるのを感じた勇気はすぐに立ち上がった。その目には、決心と行動力が光っていた。
「今からでも、取り返さないと。まずは天翔さんだ」
ここから、勇気は弾かれるようにして仕事をした。まだ流石に起きていない天翔の朝食を作り、彼がそれを作りに厨房へやってくるのに合わせてそれを渡す。
「お前、もう起きていたのか」
「ああ。だから、アンタのも飯を作っておいたよ」
そして次。勇気は天翔が、自分の作った結構な朝食を食べ終えたのを見止めると、一瞬にして玄関へと向かう。そうして、靴を磨いて待つ。天翔が玄関にやってくると、それを差し出し見送りだ。
「お前、働き過ぎじゃないか?」
「昨日の分を取り返さなくてはならないので。んじゃ、いってらっしゃい」
「あ、ああ……」
天翔を見送り、勇気は次のステップへ。次に起きてくるのは涼、鼬、一応だがララの三人。マーレは散歩に出ている。だから三人、彼らの分の朝食を、この間までやっていたよりも少し豪華に作った。勇気は少しやりすぎたかな、と首を傾げたが今はそんな場合じゃないと自分を奮い立たせ……
そして、次のステップだ。三人の分の朝食を作り終えると、勇気は厨房の台所に手をおいて息を吐く。決心を、固めているのだ。これから、彼はとても困難なことをする。その決心。
「……行くぞ」
勇気は厨房から皆の分の朝食を食堂の方へと運び、そうしてあるところに向かった。あるところ、それは涼の部屋の前、そこの廊下である。これを聞いたら、彼がどうするつもりなのか察してくれた人もいるだろう。そう……
(よし、出て来た瞬間に土下座だ)
彼は身構えてた。決心も、このためのモノ。だって、彼は昨日に涼の部屋から彼女の下着を取ってしまったのだ。それに、彼はまだちゃんと謝れていない。昨日にしたのは軽い言い訳だ。そんなことでは駄目だと、彼の性根が叫んだのである。
(そろそろ……いつもの通りなら、そろそろだ)
勇気の首筋や、手の甲、腕、体中どこもかしこもに、汗が伝い始める。謝罪というのは、ここまでに神経を使うものだったのかと勇気は額のそれを拭った。
沈黙が響く。まだ、誰も起きていないのだ。マーレは散歩に出ているだけ、ララがどれくらいの時分に起きるのか勇気は知らないが、ともかくは涼の相手を……
(…………っ! 来たっ!!)
勇気の目の前で、涼の部屋のドアが小さく開き始める。それを見止めた勇気は、カッと目を見開いてその動きを綿密に探った。ゆっくりと、出て来た瞬間に土下座するのだ。
時間がスローに動くかのように、ぬるりと扉が一人を通せるくらいの幅まで開く。それを目の端に入れた勇気は、サッと右足を後ろへ、次に左、流れるように上体を前へ、額を地面に、驚くほど早く完璧な土下座を敢行し、
「申し訳ないッ!!」
と、あらん限りの声で叫んだ。そうしてから、彼は結果を待つ。待つしかないのだ。謝ってしまった以上、謝罪した方は相手がどう応じるのかを待つしかない。彼の声が響いた後、ただただ沈黙が廊下に響く……。
そしてしばらくした後、
「アンタ、何してんの?」
「勇気……どうしたの?」
「気持ち悪いわよ?」
「…………あれ?」
勇気の土下座をするのに対して、三人の女子の声が応えた。不思議に思い、勇気は顔を上げて目の前を見る。すると、目の前で涼、ララ、マーレの三人が全員、不思議そうな顔をしているのが分かった。
「……ここ、涼の部屋じゃないのか? ……っていうか、ララが何でここに」
勇気は思わず、問いを投げてしまう。自分が強い決心を持って行動したのが、空ぶってしまったのだから当然。だが、彼が相当量の重みを持って言ったその問いに、涼が軽く応える。
「ああ、アンタをしばき倒した後で、皆とララでちょっと喋ったの。したら、割と気が合ってね。その後で、鼬はハブって女子だけで長い間喋ってたわけ。だから、私の部屋にいるの」
「涼の言葉のままだよ、勇気」
涼が応えるのに、彼女の後ろに立つララが加える。そしてもう一言、
「言った通りだった、勇気。ここの人、皆きれい」
柔らかい女神のようなふわっとした笑みで、ララは言った。それを目に入れた勇気は思わず、自分が謝罪するつもりでここに来たことを忘れ、表情をほころばせる。
「そうか……。よかった」
「って、そうじゃない!」
と、勇気の呆けた表情に、涼が一喝。勇気は肩をビクつかせて彼女の方へ目を向けた。そうした後で、彼女は開始とは少し違う様子で言葉をつづけた。随分と、怖い表情である。
「アンタ、よく他人の服を取ったわね。さっきのはそれに対しての謝罪かしら?」
「あ、ああ……」
「許すわ」
「…………へ?」
意外な言葉に、勇気はボケた顔をする。それに対して、涼は腕を組んで続けた。
「しょうがないじゃない。さっきまで話してたの、そのことを。んでさ、ララが言うんだもの、勇気に悪気はないし、自分のためのことを思ってやったことだからって……。まあ私も、アンタが勝手にそんなことするような変態じゃないとは、一応、信じていたけど……ともかく、許すってことよ」
涼は頭を抱えながらやりづらそうに、そう言い切る。勇気はそれを受けて、口をあんぐりと開いて驚いてしまった。彼女がそんな風に言うとは全く、思っていなかったのだ。許されるとは思っていなかった。喜びよりも先に、驚きが。
だが、そんな感情に浸っている勇気の肩に、涼の手が置かれる。そうして彼女は勇気の横を通り抜けながら、黒い顔をしてこう言った。
「けど、もう一回したら八つ裂きにするわ」
勇気は自分の横を通り抜ける涼のその言葉を耳にして、震えることすらできなかった。彼は土下座の後で上体を起こしただけのために膝をついたまま、しばらくその場に呆然としてしまう。
そんな彼の横を、マーレとララは憐れむ目で通り過ぎていくのだった。
「ドンマイ。あれでも、ララは頑張って説得してたから」
「じゃ、じゃあ……。あとは頑張って」
勇気は二人の言葉に、小さく頷くことしかできなかった。ガクブル顔で。




