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揺らぎなき罪悪

罪悪ってのは、勇気のことではありません。

まあ、誤解をしないために一応、的なものです。どうぞ〜

「善人気取りの妖共。そして……腐り切った人間」


 勇気と涼が立つ通りの奥、数メートル行ったところに黒いスーツを纏う眼鏡の長身男が立つ。そうして、その右手には長刀が握られている。静かに、そしてささやかに輝くそれはその見た目に反し、強い敵意、殺意、憎しみを表しているようにも思える。

 それの柄を持ち、身構える二人へ歩み寄る。


「どちらも、いなくなればいい存在だ」


 そして、男がそう言った瞬間だ。


 ザザザッ


(っ!!?)


 砂嵐、目と耳の奥が全て機能を停止したのではないかというほどのそれが、勇気の頭の中を暴走した。肉を、眼球を、中耳ちゅうじを、ああ掻き混ぜる。そうして、脳内には一つの情景が浮かび上がった。色も、音も、鮮明過ぎるほど鮮やかに、清らかに……

 

 





 俺は……俺は何のために、何のために奴らを、奴らを救ったのは、正しいことなのか……。正しく……ある訳ない。全部、全部、全部、全部、全部、全て全て全てすべてスベテスベテッ!!! 殺してやる……







「……うき、勇気!!」


「………………っは!!!?」


「早く逃げなさいっ!!」


 有り得ない現象、今日だけで勇気にとっては二度目だ。耳に聞こえてくるはずの他人の心にノイズがかかる妖怪。そして……


(今のは……目の前の……って)


「テメエ、何やってやがる!!」


 勇気の目の前で、小刀を手に持った涼と……先ほどまで間を空けて前に立っていた男が刀で斬りあっている。一つ遅れて気がついた勇気は、必死に今の状況を確認しようと目を働かせた。


 勇気が正気に戻った時、男と涼は文字通りしのぎを削っている最中であった。先の情景を勇気が見ている間に、幾ばくかの時が過ぎてしまったらしい。

 男と涼はどちらも必死……いや、幾分か涼の方の目に焦りが映りこんでいる。色濃く。


「逃げてっ!! 勇気、殺されるからっ!」


「……はっ?」


 勇気の頭には、今の状況が理解できない。それは、彼がある種のひどい混乱状態に陥っていたからだろう。彼自身の問題のせいではない。彼の見た映像のせいだ。それは彼の目と耳、脳に一瞬映りこみ、消えた。それが……


(さっきの映像……あれは、こいつの……か?)


 脳に焼き付いたそれは、消えても頭から離れない。見えた情景、それはひどいものだった。


 男が、一人の女性を抱いて泣いているのだ。その女性の腹は、修復が不可能な程度に割かれている。それはまるで、噴水のように血を噴き上げているのだった。

 そしてそこからは何か、よく分からないものが垂れ下がっている。よく分からないモノ、ピンクで、肌があって、肉があって、その中の血管が透き通って見える。そして、勇気は直感的に理解したのだ。それが打っているのは脈動ではない、胎動だ。人体ではない。不完全な人体。赤子……女は身ごもりながら、腹を裂かれていた。


「うっ……うぅ」


 勇気は嗚咽する。喉の奥に、焼けるような感覚が上り詰めてきたのを瞬時に理解した彼は、口を手で押さえ、それを奥へと押しやる


「……はぁっ……」


 せり上がった異物を、体の奥に戻す。それを終えた勇気は、すぐにも二人の方へと目を向けた。


「大丈夫か、涼」


 呟いたのと同時に、涼が彼のすぐ脇へと下がってくる。斬り合いにひと段落がついたらしく、相手の男も二人から離れていた。それを良しとして、すぐに勇気は隣まで来た涼に声をかける。


「おい涼。今、何が起こって……」


「いいの、気にしなくて。アンタはさっさと逃げなさい!」


「そんなこと……言われても」


 勇気の言葉に、いら立たしげに涼は答えた。勇気は彼女のそれを見て、冷や汗をかく。どうすればいいのかと、焦ったのだ。

 分かっていたことではあったが、彼ら二人にとって危険な状況なのだろう。漠然と、それだけが分かる。特に、目の前の男の心の声が聞こえる勇気には、鮮烈に今の状況が分かる。


(あの男……俺達を殺す気なのか?)


 男には殺意があった。揺らぎなき殺意。それを耳に入れた勇気は、息をついて一歩を踏み出した。


(……今は、さっきのに構っている場合じゃあないな)


「……えちょ? アンタ何やってるのよ!?」


「分かるだろ。お前を守る」


 涼は疑念と驚きを隠しきれないという表情で声を上げる。それは、勇気が彼女の前に進み出て、急にファイティングポーズをとりはじめたからだ。顔には緊張が見える。

 だが、確固たる意志を持って彼は、その場に構え、涼を守ろうとした。


「ほう……? 自殺した人間は悉く、自壊するが……お前は、なにがしかの強い意志を持っているらしいな」


 勇気の姿勢を見てとってか、スーツの男がメガネの奥で目を細め、そんなことを言う。それに、そこには懐かしいものを見るかのような意志が。


「己を殺して自我を保てるなど、元が狂人か賢人か。だが時たま、賢人も自殺する。何を思ってか……善人気取りめ、貴様は助ける必要のない人間を助けたかもしれんぞ」


 男は刀の柄を握りしめ、吐き捨てるように涼へそう言った。


「まあ、だからこそだ。お前が賢人でも……構わん」


 男はフッと息を吐いて、全身を丸める。その瞬間、


(来る。右から横薙ぎ……!)


 勇気の頭に、男の戦闘中の思考がハッキリと響く。それによって彼は、男が涼の前に立っている自分へどのように攻撃して来るか、映像を見るかのように理解する。


 勇気が完璧にそれを理解し終えると、その瞬間を見計みはからったかのように男が深く、二人の方へ踏み込む。それは地面のコンクリートに、ハッキリと足跡を残すほどのものだ。それによって得たエネルギーをそのままに、勇気へと刀を振りかぶる。一歩後ろで見ていた涼は反応できない。


「一匹残らず、根絶やしにするだけっ!」


 その声の響いた刹那の後に、




 ザシュッ


 ポタタッ……ビチャッ……




 肉の花弁が散る音が、花から赤い蜜が流れでて土に打ち付けられる音が響く。

 勇気は男に、刀で斬られた。切り口から、血がボタボタと落ちる。だが、彼は普通に切られたわけではない。


「アンタ……なんてことを……!」


「貴様……本当に人間か?」


 勇気は右から迫ってきた刀に対し、右肩、右腕、左手の三か所でそれを受け、握りしめて刀の動きを押さえていた。当然、刀の刃に触れている個所からは血が。勇気の顔はその痛みにひどく歪んでいる。だが……


「離さない。俺の希望は、傷付けさせない……!」


 勇気の目には、淀みなどなかった。

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