顔合わせ
「むにゃぁ……んぁぁ?」
月の光が差し始めるころ合い、ララは一人、妖館の一室にて目を覚ます。彼女はベッドにちゃんと横たわって、眠っていたのだった。
だが、起きて間もない、まだ意識がハッキリしていない状態でも彼女は違和感を感じた。そう、彼女が眠る前に抱いていたものが、今そこにないのだ。つまり、勇気が自分の胸に抱かれていない。覚醒しきらない意識の中でもそれを確信したララは、ハッとして目を覚まし、辺りを見渡した。
「むなぁ……って、ぅき? ……勇気ッ!?」
「大丈夫じゃよ」
「誰!?」
ララが部屋を見渡した時、彼女の視界には茶色の着物を羽織った男が目に入る。太三郎だ。彼は口に煙管を咥えながら、ララのことを見ていた。そうして、不安そうな彼女に、まずは勇気のことを伝えてから自己紹介をする。
「勇気は今、別室で気絶して……寝ておる。だから、大丈夫じゃよ」
「今気絶してるって言わなかった? 何かあったn……」
「儂は太三郎じゃ。タマから聞いておらんかの?」
「話聞いてないし……っていうか、太三郎さん?」
太三郎の言葉に追及をかけようとするララだったが、興味の前にその意は潰える。太三郎という、その名前に興味を持ったのだ。それに、太三郎が言ったタマという人物に関しても、彼女は知っていた。
二人の名前に反応を示したララに、太三郎が説明を加える。
「そうじゃ。一応、ここの副館長じゃ」
「知ってる、太三郎さん。いつもタバコ吸ってていつ死ぬか分からない人って聞いてるよ」
「……あ奴め。まあよい。お主は、ララであっておるの?」
太三郎は自分の紹介を簡潔に終えると、今度はララのことをララかと確認した。当然、彼女は頷いて示してみせる。それを目に留めた太三郎は、椅子から立ち上がる。
「寝起きで悪いんじゃが、立てるかの? 恐らく、もう熱は治ってると思うんじゃが」
「え、ああ……うん。もう大体治ってるよ。勇気と一緒に寝た時から、もう」
「ほぉ……あ奴も本当に、隅に置けんのぉ」
「??」
太三郎はララの言葉を聞いて、口元に笑みを浮かべた。まるで、中学や高校くらいの子供が友人をからかうダシを手に入れた時のような、そんな笑みだ。ララは太三郎が、ニヤリを笑みを浮かべる理由が分からずにひょこんと首を傾げる。
太三郎はそんな彼女を見て、オホンと咳払いをしてから気分を変える。
「オホンッ! ……ええ、じゃあ寝起き早々ですまんのじゃが、お主、腹減っとるんじゃないかの?」
太三郎はそう言って、ララを見る。お主は腹が減っているだろうと。そしてそれは確かであった。自分の状態を言い当てられたララは、理由もなく、少しだけ顔を赤くして太三郎に問う。
「え……ああ、うん。どうして、分かったの?」
「いやまあ、今六時じゃし。お主がここに来たのが朝の十時かその程度。そこからだけでも、ずっと飯を食っておらんのじゃから、腹も減るじゃろうよ」
「ああ、そうかぁ……」
「そうじゃ。ああ、あと、一つ言っておかなければならんことがある」
太三郎は一つ話を変えて、ララの方へと目を向けた。その目には、さっきまでの緩さはあまり含まれていない。あまりというのは、切羽詰まっていないという意味。だが、それでも彼の目には鋭い光があった。そんな目でララを見て、言った。
「今からお主を食堂に案内するんじゃが、そこには既に、お主の仲間……ここの住人がおる」
「あ……ああ。そういう、ことか」
ララは太三郎の言葉を聞いて、少しだけ暗い顔をする。それは、彼女の性質によるものだ。悟りという、他人の気持ちを理解してしまう力の。仲間、住人、つまり他人がいるということは、彼らの感情に当てられるということ。それにララは、不安を感じたのだ。
そんなララの暗さを感じ取って、太三郎は再び口を開く。
「うむ。お主のことは一応、タマから聞いて分かっておるつもりじゃ。……悟り、見たくもない他人の心を見てしまう。それに、お主のいた所は……」
太三郎は煙管を口に咥えて、ため息を吐く。
「悟りに少しばかりか、トラウマがあるからの。そのせいで、敵意を向けられてしまったのじゃろ?」
「…………うん」
太三郎の言葉に、ララはうんと頷いて肯定を示す。彼の言った話は全て、事実らしい。つまり、ララのいたところでは悟りに敵意を向ける人達がいた、と。それがトラウマによるものだとも。
だが、それを補うように太三郎が口を開く。
「あ奴らとて、根は良い奴じゃ。じゃが、あのトラウマは少しで剥がれるようなものじゃなかったのじゃろうよ」
「…………うん。悪意だけじゃなくて、少し申し訳ないって気持ちもあったから、多分合ってると思う」
「うむ……。じゃからという訳ではないんじゃが、安心しとくれ」
「……え」
安心してくれと言われて、ララは首を傾げる。一体何かと。太三郎は彼女の様子に構わず、続けた。
「何しろ、お主は勇気のことを信用したんじゃろ?」
「え、ああ……うん」
「なら、大丈夫じゃ。ここにいる奴らはあ奴を信じさせた者、それにこれから、あ奴をしかと前に向かせるであろう者達じゃ。安心せよ、お主が悪意を感じるような相手ではない」
そう言って、太三郎はララの肩を叩く。その顔にはニヤリという、見る人を安心させるようなカラッとした笑みがあった。それを見て、ララは……
「……うん、分かった。……これから、お世話になります。太三郎さん」
そう言って、小さく頭を下げたのだった。
「いいんじゃ。そんな堅苦しいのは、の。では行くぞ?」
ララの一礼を受けて、太三郎は少し笑ってから彼女の手を掴む。ララはそれに応え、ベッドから立ち上がり、太三郎の後に続くのだった。




