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恐怖の記憶、トラウマ

「す、すごかったわね、勇気」


「まあ知らねえけど、多分何かしらの理由があったんだろ? あいつはああいうこと、初対面にする奴じゃないぜ」


 廊下を歩きながら、鼬とマーレは並びながらさっき目撃したことについて話す。目撃したこととはもちろん、勇気がララの胸に顔をうずめていたことである。普通なら差別されそうな絵図ではあるが、二人は勇気を信用していた。涼にしてもそうだが、彼女の場合は自分の下着が……


 と、どうでもいいことだ。鼬の言葉に、マーレはそうねと頷いて二人で歩き続ける。すると、二人の目の前、廊下の角から男がフッと登場する。天翔だ。彼は頭を抱えながら、二人の目の前に現れた。それを見止めた二人はすぐ、彼に向かって声をかける。


「ただいま、天翔さん。もう戻ってたのかよ」


「本当。今日は結構早かったのね」


「ん……ああ。二人共。そうだな、今日は一人いたから、早く帰って来た」


 二人の言葉に応えた天翔の言葉は、まるで連勤を一か月続けた人間のような、それほどの疲労を蓄えていた。それを聞いて、そして言葉自体の内容を聞いて、鼬とマーレは天翔のしてきたことを悟る。そうした後は、少し目を伏せて頷いた。


「そ……。いたのね」


「全然減らねえよな。大体、一か月に一人くらいか?」


「まあそうなるな。今回は、勇気みたく特別じゃなかった。だから、“あそこ”へやった」


 天翔は深いため息とともに、その言葉を吐き出す。あそこ、とは……いつか話そう。


 しばらく、気まずい空気が漂う。あそこというのがどんな場所か、そして話の内容を全て理解している三人にとっては、軽い気持ちで顔を上げられる状況ではないのだ。

 が、このままではいけないと、年長者が口を開く。


「そうだ。お前達、ララとはもう会ったか?」


「あ…………えっと」


「その……まぁ」


 天翔は、気まずい空気を取り払う気持ちでそう言った。が、また駄目。鼬とマーレの間にはまた、さっきよりも随分マシだが沈黙が流れる。当然、見はしたが、会ったとは言えない。さっきのことだ。それを思い出して、二人は気まずい空気になったのだ。

 天翔は、ちゃんとした返答が返ってくると思っていたために少し戸惑ったが、次の話へ移行することで空気を保つ。


 ……いや、違う。彼はこの時、試そうとするのだ。


「勇気が助けたんだ」


「……え?」


 天翔の言葉に、二人は疑問の声を上げる。それに応えるように、天翔はつづけた。


「太三郎から聞いた話だ。あのララという少女はな、こちらに来るまでの道でフツヌシに襲われていた」


「フツヌシ……」


「そう、そこを勇気があいつとまた対峙して、助け出したんだ。結果的に、二人共怪我を負いはしたが、無事にこちらに来れたというわけだ」


 と、天翔は言った。そうしながら、チラと鼬の方を見る。彼は……


「………………」


 暗い顔をしていた。鬱屈として、まるで嫌なことを目の前に突き出されたかのように。それを見て、天翔はため息を吐く。


(まだ……駄目か)


「と、そういうことだ。二人共、ララとは会っておけよ。ではな……」


 天翔は、鼬とマーレの隣を通り過ぎて、歩いていく。薄ら暗い廊下を、一人コツコツと足音を鳴らしながら……。


 残された二人、特に鼬は暗い顔をしていた。暗い顔、というよりもそれは、ハッキリ言ってしまえば、自分が嫌で嫌で仕方がないという表情だった。まるで大失敗を犯してクラス中の皆に迷惑をかけた後で、一人ベッドに入った時のような。そんな顔をして、彼はその場に崩れ落ちる。


「勇気は……すげえな。何で、そんな……俺、なんか……」


 頭を抱え、涙を浮かべ、肩を震わせる。それを目に留めたマーレは、弾かれるようにして鼬の肩を支える。


「違う……アンタは、弱くなんかないわよ」


「……いや、マーレ。俺は……」


「うるっさい!」


 マーレは声を荒げて、鼬の肩を掴む。そうする彼女の顔は、断固そのもの。彼女の意志は一つだけだったのだ。それは、鼬に前を向いてほしいという、その意志。


「ねえ……アンタは私を助けてくれたじゃない」


「…………あれは、偶然太三郎さんが居合わせて……」


「そうなるまでは? アンタがいたから、私は今ここにいるの。勇気にしたってそう、名無しから助けた、アンタが! ……アンタは弱くなんてないの」


「…………すまない」


 マーレの叱咤に対し、鼬はうなだれるようにして頭を下げ、応えた。そうして立ち上がり、歩き始める。マーレはその、自分の先を歩く鼬の背に、悲しみを見た。


「どうして……アンタが謝るのよ……もう」


 鼬の背を目の端に入れながら、マーレは呟くようにしてそう言った。そうする彼女の背にも、苦しさがあったのだった……。

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