心を読める者同士……
沈黙、沈黙である。勇気はさっきの事件を受け、反射的に目を覆って後ろに倒れこんだ。真っ裸のララの方は、掛け布団を抱きしめで自分の恥部を必死に隠していた。
そうして、しばらく。勇気はようやく自分の気持ちを口にした。心からの謝罪である。
「……すいません」
「いや……いいよ。気持ちは、その……色で分かるから」
勇気の言葉に対して、ララは顔を真っ赤にしながらも、落ち着いて答える。彼女は、勇気に話していたからそれを言った。つまり、心が色として分かる、と。勇気もその言葉を受けると、彼女の心の音に耳を傾けてみる。
(……恥ずかしいと思ってはいるがそれよりも、許容、それに感謝の気持ち……)
勇気はララの心の音を聞いて、幾分か気を楽にする。そうして、目を覆ったままで立ち上がり、彼女に背を向けた。
「悪かったよ、本当に。でも、悪気があってのことじゃないんだ」
「うん、よく分かってる」
「そうか……気が楽になるよ。ああ、その……下着と着替えはそこにおいてある」
話の途中、勇気は切り出す。いつか、目を逸らしていても向き合わなくてはならないから。彼は棚の上に置いてある衣服類を指して言った。
それを受けると、ララは無くなりかけた顔の紅潮をフッと戻して、静かに応える。
「うん……分かった。ありがとう……。その、外に出てもらえると、助かるかな」
「ああっ!! すまないすまない!」
「いや、そんなに謝ることはないよ。それに……」
「すぐ出て行く、悪かった!!」
「あっちょっ待っ……て」
勇気はララの言葉を全く聞かず、顔を真っ赤にして外に吹き飛ぶようにして出て行った。その背を、ララは呆気にとられて手を伸ばしながら、見つめるのだった。
そうして、それが見えなくなった後。彼女はクスクスと、笑って口に指を添えた。
「フフッ……可愛い、勇気」
彼女は、恍惚とした表情を浮かべながらそう呟くのだった。顔から熱は引いていた。
そうしてしばらくした後で、彼女はベッドの脇に足を下ろし、勇気が用意した衣服類に手を伸ばす。棚の上に置かれたそれの、まずは下着を手に取った。あまり詳しくは言わないが、まず下の下着から穿いて、次に胸を覆う下着に手を伸ばした。
「…………あれ?」
そこで、ララはふと首を傾げる。下着を手に取って、胸の方へと当てたその時だ。ホックが、届かないのだ。引っ張って下着の布を伸ばそうとしても、その差が歴然なために、届くことはない。つい、ララはため息を吐く。
「サイズ違う……。これってSサイズ? ……い、言いづらい」
ララは自分の胸から下着を離し、それとにらめっこして悩んだ。彼女は迷っていたのだ。今、この状況を勇気に伝えるかどうか。だが、そうするのは自分も彼も恥ずかしいだろう。そう考えて、彼女は……
「ま、まあ……少しくらいなら、下着なしでも……無理に付けると痛いし」
下着を棚の上に戻して、上着を羽織った。
「入っていいよ、勇気」
勇気がララの部屋から飛び出して、ドアに背を寄り掛からせて彼女を待っているとすぐに中から声がかかる。それを耳に入れた勇気は、背を離して振り返り、部屋に入ってララの姿を見止める。
ララは、白のフワッとした服装を着込み、柔らかな表情をしていた。白い服装は、彼女の優しい金の髪を映えさせるようだ。そんなララの姿を見て、勇気は彼女が裸でなくとも、少し顔を赤くしてしまう。
「ああ……その。似合ってるよ」
「え……うん。ありがとう」
勇気の口からそんな言葉が出るとも思っていなかったララは、少し顔を赤くして掛布団に半分顔をうずめる。だが、そうしているのもつかの間、勇気はすぐに冷静さを取り戻し、話したいことを話し始める。
つまり、まずは先ほどの出来事について、だ。勇気は部屋の中の、椅子に腰かける。
「ララ、いいか調子は? よかったら、まず言いたいことがあるんだ」
「うん、大丈夫だよ」
「……ありがとう。あの時は、ララがいなかったら死んでたよ。どうしようもなく、励ましになった」
勇気は椅子の上で、深く頭を下げながらララにそう言った。本当に、感謝の念のみを感じているという風に。
だが、ララはそれを受けて少し驚いた。そうしてそれを持って、いやいやと首を振る。
「ち、違うでしょ」
「え?」
「助けられたのは私。勇気があの時、あそこを通りかからなかったら……きっと私は、勇気が言うようなこともなく、死んじゃってたから」
ララは勇気の言っていることが、真反対だと指摘する。つまり、助けられたのは彼でなく自分自身であると。実際、その通りである。勇気が、ララが襲われている現場に辿り着かなければ彼女は死んでいたのだ。勇気の言う、自分を励ましてくれた、その時でさえ彼女には訪れなかったのだから。
だが、勇気はそれを大人しく受け入れはしなかった。寧ろ自分が意識して彼女を助けようとしたことを否定しようとしたのだ。
「……いや、あれは偶然さ。偶然。通りかかっただけで……」
「嘘言わないで」
勇気の言葉を、食い気味に遮ってララが口を開く。それに驚いて勇気が彼女の顔を見てみると、少しだけ怒ったような表情をしていた。そのまま、ララは言う。
「私は人の心が色で見えるの。今、勇気は私のことを気遣って、自分のことを気負わないようにって嘘を吐いた。そうでしょ?」
(……そういえばそうだった、な)
勇気は頭を抱えて、自分の行いを恥じる。自分は、人に嘘を言われた時にとてつもなくイラつくのに、ララにそれをしてしまっていたのだと。それを払拭しようと、また口を開く。
「……悪い。忘れてたよ。……ごめんな、余計に……」
口から出てくるのは、またも謝罪だとかの言葉。だが、それは途中でぶつ切りにされる。
「いいの。別に、全然気にしてないから」
「……へ?」
ララの、揺らぎ無き感謝に遮られたのだ。
「気遣ってくれたんだから、謝る必要ないよ。それに、私は勇気に本当、すごい感謝してる。だからさ……」
ララは勇気に、笑顔を向けた。その時、勇気の耳に優しい音が、フワリとしたそれが、耳の中を温もりを持った綿のように覆った。
「お互い様。私は勇気に、勇気は私に、助けられたの。随分と気遣い性みたいだけど、これなら大丈夫?」
ララはわざわざ、勇気とお互いさまと言った。それは、勇気のことを気遣ってのこと、彼がこれ以上気負わないようにとのことだ。さっきの勇気と同じ。こんなところでも、二人はお互い様だったわけ。お互いがお互いを気遣い合って果てがない……。
だが、勇気はララの優しい感情を耳にして、それに酔う。そうして、ただただ彼は頷いた。
「ああ……大丈夫、だ」
そう呟く勇気の顔は、緩み切り、そして安らかな表情であった。




