日々
学校。当然だが、勇気のいない所。そこでは、昼食の時間を伝える鐘の音が快く鳴り広がっていた。そして、そんな鐘の音などとはほど遠い快活な声が一つ。
「昼飯だ! 一緒に食おうぜ、涼、マーレ、鼬!」
琴音だ。彼女は鐘の音が鳴った瞬間に机から立ち上がった。そして後ろの方の席の三人に振り返ってそう言ったのだ。顔には解放感と、自由な色というのがある。これから楽しみで仕方ないと、そう表情のみで言っているかのような。
だが……
「堀田。さっきまで気持ち良さそうに眠っていたくせに、随分と起きるのが早いな?」
黒板の前の壇上に立っていた男、キチッとした白いワイシャツ、それに地味な黒い髪と目をした男が、琴音に声をかける。分かるとは思うが、教師だ。ちなみに、琴音の苗字は堀田である。
彼は死んだ目をしながら、堀田琴音の方へとネットリとした言葉を吐く。
「お前にはあの鐘の音が目覚ましにでも聞こえたのか? それとも、ただ腹が減ったから起きたのか? どちらにしても、口からよだれを垂らすほどの眠りを覚ますのは難しかったから、有り難いよ。俺の声じゃ、全く授業中起きなかったんだからな。それと、廊下を歩く時は気を付けろ。寝跡がハッキリと見えるぞ」
その教師の言葉は、教室中を湧かせる。そこまで面白いことを言ったわけではないが、彼の言った通り、本当に琴音の顔面には何本も寝跡が走っていたからだ。その一言を受けた琴音は、顔を真っ赤にしてプルプルと震える。
それを目の端に、教師は静かに教室を後にしようとした。最後、回りくどい言葉を残して。
「そうそう堀田。お前、疲れているように見えるぞ。クマもハッキリと見えるからな。まったく、担任として恥ずかしいからやめてくれよ?」
「飯田のヤロオォォーーーッ!! 私をバカにするようなこと言いやがって!」
「いや、あれは完全にアンタが悪いわよ」
妖館の一行は琴音の誘いを受け、教室の端に集まり、弁当を広げていた。そんな中で琴音は一人、机に突っ伏して叫び声をあげる。それに対して、涼が冷静にツッコミを入れる。正に、その通りなのだから仕方がない。鼬とマーレも、ため息をついて付け加える。
「本当だぜ。飯田センセはどう考えても、琴音のことを考えてくれてたぜ?」
「琴音のことを悪く言うつもりはないけど、アンタもう少し考えたら? 単細胞生物みたいよ?」
「いやそれは私のこと悪く言ってるだろ」
マーレの言いすぎな言葉に対し、琴音は冷静になって突っ込みを入れる。そこまですぐに冷静になったのは、恐らく彼女自身も自分が悪いことは分かっていたからだろう。
そうして、三人の言葉を受けると後ろに半分倒れこむようにして背もたれに体重を預ける。
「はぁぁーーッ……。まあ、いいけどよぉ~」
そう言って脱力する。その後で彼女は自身の机に置いてあった白いビニール袋を取り、その中を漁る。中から取り出したのは……塩むすび。のみである。
「……ん」
涼は勇気に作ってもらった弁当を口に含みながら、それとなく琴音の方を見る。気になったわけではなく、ただ目のやり場に困って、だ。
琴音がさっき漁っていたビニール袋、恐らくそれには昼食が入っていたのだろう。何の不思議なこともない、中学や高校ではありふれたことだ。通学路の途中で昼食を買っていくなど。
だが、涼が目をつけたのはそこではない。少ないのだ。琴音の昼食が、明らかに。中学三年生が摂る量ではない。塩むすび一つなど、普通ではない。
それに気付いた涼は、琴音に声をかける。
「アンタ、また昼の量減った? ちょっと……」
だが、そこまで言った時だ。琴音はいち早く、涼の前に手を広げて彼女を制止する。
「いや! 気にしてもらわなくて結構だぜ? それに、私は最近、ダイエットしてるんだからな」
「…………」
強がりだ。涼の様子を見て、目を琴音に向けたマーレと鼬もすぐに察する。別に、琴音は太ってなどいない。ほとんど完璧なくらいのルックスだ。それ以上減量してしまえば、きっと健康ではなくなる。
と、それを皆が把握した時だ。
「ほらよ」
「んぇ、何だよ鼬」
「食ってくれ、食いきれない」
どうやら、鼬は琴音のことを気遣っているようだった。言葉からそれを察してか、彼女は気まずい表情をする。
琴音にしてみれば、心配されたりご飯を譲ってくれるのは嬉しい。だが、それを受け取るのは違う。受け取ってしまうと、本当に心配させてしまうから。
琴音は手を立てて、いいよと言う。
「いいって。だから、ダイエットだって……」
「いや、本当に食いきれないんだ」
だが、琴音が断ろうとするのに対して鼬は真剣な表情で返す。そんな彼の声が気になって、彼の手の示す方を見てみれば……
「…………へ? なにこれ」
すごい量の弁当が、鼬と涼、マーレの三人の前に広げられていた。そしてすごいのは、量だけではない。豪華である。それを見て、琴音は驚いた表情をする。反して三人は、呆れたような表情をした。
そこで、説明するか、と涼が口を開く。
「この間から入って来た新人が作ってくれたんだけどね……。限度を知らないって言うか……」
「ともかく、やり過ぎでしょ?」
マーレが肩をすくめて、琴音に示す。この量の弁当は、流石に行き過ぎているだろうと。
そして、だからと始めて琴音に向かう。
「だから、食べてほしいのよ。鼬はともかく、私と涼はちょっとね」
「四人で食って丁度いいくらいの量だろ? な」
涼達は流れるように、琴音に昼飯を食べさせようとした。息の合った連携である。
これは、三人の長年の付き合いが為せる技だろう。それに、涼が最初に声を上げた時から、全員同じことを思っていた。自分達で助けられる人には、絶対に手を差し伸べようと。
「…………ああ、いいの? その、新人って人は嫌がったりしないか?」
三人の言葉を受けて、琴音は悪そうにしながら問う。その顔には、だったら……という甘えがあった。元から彼女は、本当に腹が空いていないわけではなかったから。だが、ちょっと照れ臭そうだ。
そんな彼女の表情を見て、三人は顔を見合わせて笑う。その後で……
「もちろんっ!」
笑顔で、琴音にそう言うのだった。




