妖怪という存在
「まず、妖怪だっていう証拠だけど……」
妖怪と名乗った少女、涼は自分が人の心を聞くことができると宣言した少年、勇気に歩きながら自分のことを話す。それを勇気は彼女の後ろで食い入るように聞くのだった。
「ないわ。証拠はない。けど、アンタ自身、私がなんかこう人とは違うってのは理解してるんでしょ?」
「ああ、心の声が聞こえづらいから」
「そうね、じゃあこれは後にして……」
涼は話をしながらも、歩くスピードを速める。何かの意図があることが明らかな速さ。だが、勇気はそれに気付かない。それほど、彼女の話を食い入るように聞いていた。
「妖怪と一口に言っても、どういう存在か分からないと思うわ。そうね……軽く、分かりやすく説明するわ。人と違っていることをね。えっと……まず、筋力が強い。それに、人にない習性やらがあったりする。んと、他は……妙な力を持ってる種が多い、って感じかしら。あと、人間には自分達が妖怪だとは基本言わないわ」
「ふむ、妙な力ってのは?」
「そうね、例えば……吸血鬼は寿命を吸えるわ。分かりやすいでしょ?」
「なるほどねぇ……」
「まあ、人の肌と同じようなものと取ってもらって構わないわ。それに、身体的特徴。今の日本人は外国の人の血が混ざってるから背が高い人がいるけど、昔は百五十くらいが平均だった。あと、外国人は高いのも低いのもいるでしょ? それぞれ違うの。血によって、特徴が違う」
「十人十色ならぬ、十妖十色、というわけか。人の身体的特徴の違いが、能力や習性の違いに打って変わったようなもの、と」
勇気のまとめに、涼は黙ったままで頷いて答える。
どうやら妖怪というのは人と少し違う能力と、少し強い腕力と、特徴や習性とを持つ人と同じ形をしたもの、というので間違っていないようだ。同じ形と涼は言っていないが、彼女を見れば明らか。彼女は美少女の姿をしているのだから、他は少なくとも、人間の形はしているだろう。
だが、まだだ。そこまで分かってもまだ勇気の頭には、解けない疑念があった。妖怪がどうのこうのではない。それは大雑把に理解できた。次を涼の背に問う。
「まだ、何個も質問したいことがある」
「でしょうね。何でも聞くわよ」
「じゃあ、まず一つ目だ。……俺とお前が、会ったのは偶然か?」
勇気の一つ目の質問、それは自分と妖怪と名乗る涼が、偶然出会ったのかどうか、だ。
考えてみれば不思議な話、心の読める少年と、妖怪が出会ったのだから。勇気には今まで、そんな非日常のような経験は何一つとしてなかった。自分が心を読めるということ以外は、だ。
そんな経験のほとんどない少年が、自殺したその時その瞬間に、このような事が起こるのはただの偶然なのか。大きな疑問である。
だが、その鋭いにおいを放つ謎に、涼は意外にもサラリと答える。
「必然よ」
「なに?」
思わず聞き返す勇気。それに対し、涼は言葉をまたも軽く積み重ねる。
「私は妖怪の中でも珍しい、人を助けるグループに属しているのよ。んで、そのグループの活動内容に、“自殺する人を助けようキャンペーン”っていうのがあってね」
「随分、気軽に言うな。俺みたいなのはともかく、他は……」
「言っておくけど、相当ストレスの溜まる仕事よ。私は基本やらないから、特別に何回かやったことあるってだけだけど……人がよく自殺するスポットに出向いて、そこで張り込みをする。自殺した人がいれば、早急に助ける、と。アンタはぶっ飛んだ奇人だけど、そっちの方がマシだと思うもの」
涼はにわかに顔を暗くする。それはきっと、今の答えで他の自殺者のことを思い出したからだろう。その表情を見た勇気はそれを忘れさせようと思ってか、連鎖して発生した別の疑問を口にする。
「じゃ、じゃあ次。今、お前は自殺する人間を助けると言ったが、それは何故? あと、本当に助ける気なら、俺が池に飛び込む前に声をかけないか?」
勇気の問い、お前は助けるつもりで張り込みをしていたのに、何故自分が自殺すると分かった瞬間に助けに入らなかったのかという疑問。そして、人を助ける理由。
だがまたも、涼はさりげなく、とんでもない言葉で答える。
「一度自殺させるのはわざとよ」
「……なんだと?」
「悪意からじゃないわ。……その、あんまり思い出したくないんだけどね。一回自殺をすると、人はもう二度と、繰り返さなく……」
「あ……すまん、悪いことを聞いた」
「…………うん」
涼は最初こそ、そっけなく答えたが途中、顔を暗くし俯き始めた。勇気は背から彼女を見ていたが、それだけでも雰囲気を感じ取れるほどのもの。
それを見てか、それとも、心の声を聞いてか、勇気は彼女の言葉を遮り、“それ”について話させるのをやめさせる。それ、とはもちろん自殺する人間のこと。
勇気は追撃をかける。涼に少しでも、今の話題から離れてもらうために。
「じゃあ、次は助ける理由だ。俺や他のみたいなどうしようもない奴らを、助ける理由。それに、俺を助けた後でどこかへ連れて行こうとしているだろ? 危険だとか言ってたし、焦ってるようにも……」
……だが、勇気は言った後で気付く。そして、自分の会話経験の少なさを呪った。
(……いや! これじゃ、涼の心を別に寄せられないだろ)
助ける理由なんかを聞いては、逆効果。つまり、その話から逸れてはいないのだから。それを口を開いた後で自覚した勇気は、頭を抱えて汗を浮かべる。だが、もう遅い。
「ああ、それはね……」
涼は歩きながらも振り返って、話し始めようとした。その彼女の表情には、目の下には、彼女の心情を表す深淵のようなクマがある。そりゃあ、そうなるだろう。
自殺した人間を助ける。それは涼が言うように相当なストレスのかかる仕事。助ける時に、どんなことを言われるか、どんな現実を見るか分からないのだから。
加えてそれは、思い出すだけで気分を悪くするようなものだ。人の死体を見て吐き気を覚える人がいるが、実際、自殺する人を助けると言うのは死体を見るのよりもストレスのかかる仕事かもしれないのだから。思い浮かべるだけでも、疲れくらい出ても不思議ではない。
だからこそ、勇気は自分を責めた。自分はそんなことを、わざわざ思い出させるような言葉を吐いてしまったのだ、と。だが……
「ああ、それはね…………ん?」
涼が、勇気の繕いの言葉よりも早く、目の端に異変を捉える。そうしてそれを見た瞬間、彼女は右の方に手を伸ばし、後ろに続く勇気の歩みを止める。それに違和感を覚えた彼は、すぐに問いを口にした。
「お、おいどうした涼? 何を急に立ち止まって……」
「神崎勇気……ってか、勇気でいいわよね」
「…………いいが、何だ? 緊張してるな」
勇気は持ち前の空気読みというか、心の声を聞いたらしい。
涼はどうやら、焦りや緊張といったものを感じているようだ。それは、恐らく勇気の耳からでなくともわかる。冷や汗、軽い手の震え、先にこしらえていた目のクマこそなくなっていたが、ただ今もストレスがかかっている状態だとうかがえる。
ただ、それの出現の仕方から、根本の違うストレスなのだとも。
勇気は一瞬で、それを把握して言葉にした。それに対し、涼は顎で前方を示すことと、軽い説明によって応える。
「聞いたわね、何で危険か、何で焦ってるか。見なさいよ。アンタとの無駄話のせいで、危険の根源が姿を現したわ」
「え? ……ん」
勇気は涼が顎をやった方向へと、したがって目を向けた。すると、すぐに彼女が何を指し示したのかが理解できた。
まずは前方よりも前に、辺りの異変に気付く。通りには全く人が通っていなかったのだ。先ほどまではまだ、人の間が数十メートル、というくらいには人が通っていた。だが、今は通りに一人も通っていない。
二人が歩いているのは元より人通りの少ない住宅街であったが、それにしても妙。勇気は遠目で街を見て灰色という印象を得たが、正にその文字が如く。
電信柱の間、その地面には草さえ生えず、雲は青を覆う。立ち並ぶ家々の屋根や塗装でさえ、染まり上げるかのような雰囲気。何か、異世界に足を踏み入れたかのような、恐怖を覚える雰囲気だ。
そして、目の前。それが立っているのだ。それ、というのは……
「久しいな、善人気取りの妖。そして……腐り切った人間」
鞘に覆われず、刀身がむき出しになっている長刀を右手に持つ、スーツ姿の長身な男だった。彼は刀の柄に手をかけながら、勇気と涼に挑発的な文言を吐いたのだった。




