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温もり

 勇気と太三郎は、フツヌシを通りにおいてそのまま妖館へと帰ってきていた。ララは既に、怪我を治して空き部屋のベッドに寝かせていた。二人で運んだのだ。加え、勇気は太三郎に先までのことを話した。自分が散歩のつもりで外に出たら、フツヌシに襲われているララを見て助けた、と。

 そして、その説明を終えた直後だった。二人は食堂のうちの一つのテーブルに向かい合って座り……


「お主が外に出る時は儂らの内の誰かがついていくと言ったじゃろうがこの馬鹿者ッ!!!」


「はい、すみません……」


「うむ、良い」


「え……早くないか?」


 太三郎が勇気をしかりつけていた。

 が、それはすぐに終わる。先ほど始まって、先の一言で終わったのだ。流石に、もっと叱られると思っていた勇気は首を傾げて太三郎の顔を覗き込む。それに対し、太三郎はため息をついて応える。口や手には、煙管、煙草はない。


「はぁ……分かったじゃろ? どうなるか、身に染みて」


「……ああ、うん。よく、分かったよ。……本当にごめん」


 勇気は先ほどまでのことを思い出して、身を縮めて頷く。そうだ、彼は自分の気を楽にしたいからという安い理由で、危険だと知っていたはずの外に出てしまった。それを悪く思ったのだ。


 しかし勇気のそれに対し、太三郎はさっきの以上は怒声を上げなかった。その代わり、椅子から立ち上がって勇気の方へと無言で向かってくる。それを一瞬見た勇気は思わず、頭をぶん殴られるのではないかと思って目をつむった。


 が……


「よくやってくれたの」


「…………え?」


 勇気は初めての感覚と穏やかな太三郎の言葉に、思わず疑問の声を上げてしまう。予想が大きく外れたのもあるが、そんなことじゃない。彼はゆっくりと目を開き、自分の頭を覆う初めての感覚の正体を目に入れようとする。

 それは、頭を撫でられるという感覚だった。太三郎は、勇気の頭を優しく撫でていたのだ。


「お主が外に散歩に出て、ララが襲われているのを見ていなければ、あ奴は死んでいたかもしれん。お主が踏み込まなければ、助からなかったのじゃ。それに、フツヌシもまたその身に過ちを刻むところじゃった。お主はその身一つで、その大事(だいじ)を退けてみせたのじゃ。勘違いするのでないぞ? 儂はお主のやり遂げた技量を褒めたのではない。お主がそうする決心をした、その心を褒めたんじゃ」


 勇気は口をあんぐりと開けて、太三郎の言葉を呆然と耳に入れる。太三郎は、柔らかく温かい笑みを浮かべながら勇気の頭を撫で、そうしながらさっきの言葉を言ったのだ。

 そして、最後の言葉。


「お主は儂の誇る子じゃ、勇気。本当に、ありがとうの」


 勇気の耳に、その声が入った。そして、何故か今まで聞こえなかった太三郎の心も。


(……温かい……こんなに……)


 勇気の耳に自然に入ってきた音が、太三郎の心の音が、先ほどの言った言葉のままだということを理解させる。それを受けて、勇気は……


「ちょっ! 勇気……やめてくれんか。二人だけとはいえ……」


 太三郎の胸に、抱き着いていた。目からボロボロと涙を流しながら、静かに嗚咽を漏らしながら。そうしながら太三郎の腰に手を回し、あらん限りの力で抱きしめていたのだ。それに対して、太三郎は少し顔を赤くして先ほどのように言ったのだ。

 だが、勇気は構わない。寧ろ、外されないようにギュッと力を込めて、静かに言った。


「……しばらく、このままにさせてくれ……」


 その言葉を耳にすると、太三郎は自分に抱き着く勇気をチラと見下ろす。その姿は、子供そのものだった。それに対して無理矢理とは、そう思ったのだろう。また、太三郎は勇気の頭に優しく手を触れ、撫でて言ったのだった。


「好きなだけ、そうすれば良い」


「……うん」


 妖館の中、二人きり。勇気は初めて、甘えるという感情を覚えたのだった。








「好きなだけとは言ったがの、三十分もそうする奴がおるか?」


「…………ズズッ、ごめん」


 太三郎の言葉の通り、三十分後。ようやく勇気は太三郎の腰から手と顔を離して椅子に着いたのだった。勇気の甘えを受けた太三郎の腰の辺りの着物はまるで、尿を漏らしたかのようになってしまっていた。それを見て、太三郎は呆れから肩をすくめながら言う。


「まったく。涙は枯れると言うが、そうでもないようじゃの……。何リットルじゃ、これ」


「…………ごめんって」


「ん、んん……。まあ、お主もまだ齢十五。甘えたい年頃なのも、よく分かっておるよ」


 太三郎の一言に、勇気は目をウルウルとさせながら謝って応える。それを片目に入れてしまった太三郎は、何故か自分が悪いことをした気分になってしまい、軽く言い訳をする。


 そうしてその後、太三郎は思い出すようにして言う。話を逸らしたかったのだろう。加えて、しなくてはならないこともあった。それを勇気に手伝わせようとしたのだ。


「あ、そうじゃ! 今はせねばならんことがあるのじゃ」


「え、そうなのか?」


「うむ。お主にも手伝ってもらうからの、勇気。儂はお主を、頼りにしておるからな」


「あ、ああ…………」


 さりげなく、太三郎は勇気のことを頼りにしていると言った。だが、勇気はそれをさりげなくと、捉えることはなかった。本当にそう思っていることは違わないのだろうが、それでも行き過ぎな行動を取り始める。

 太三郎の体の方へ心境を吐露しつつ、頭から体当たりをしようとしたのだ。抱き着こうと思ってのことだろう。


「太三郎さ……!」


「させんぞ。また三十分も抱き着かれて、腰を痛めるのは御免じゃ」


 が、勇気の思惑は全然うまくいくことはなかった。動きを読んだ太三郎に、頭の天辺(てっぺん)を指一本で押さえられてしまったのだ。

 二人はまるで漫画やアニメでよくあるような、体当たりするのを頭だけ押さえて止める、という構図になっていた。そんな、馬鹿なことをしてしまうほどに、勇気は太三郎へ温かい感情を向けていたのだった。

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