因縁
「貴様は……太三郎」
勇気は呆気にとられる。ララを抱えながら、目の前の状況に出来るだけ追いつけるよう、首を横に振って左右に立つ者を見る。まず左手、先ほどまで自分を襲っていたフツヌシが未だに通りの上だというのに刀を抜いたままでいる。そして右手、そちらには煙管を口に咥えている太三郎が立っているのだった。二人共、神妙な目つきでお互いのことを見ている。顔を合わせてすぐ、二人の間には沈黙が広がった。
そうして、その緊張を破ったのは太三郎だった。煙をフッと吐きながらフツヌシへと目を向ける。
「フツヌシ。よくも、儂らが誇る子らに、手を出してくれたの」
「…………」
太三郎の言葉に、フツヌシは沈黙で応える。だが、その答えは顔に書いてあった。怒り、そして何かからか来る罪悪感だ。そういう苦々しい表情を目に留めながら、太三郎はまた口を開く。
「分かっておるよ。お主が失った者のこと、そして儂らがその一因を担ってしまったこと」
「だから何だと言うんだ。そのことを理解して、それが償いにでもなると思っているのか?」
「思っとらんよ。じゃが、お主のしでかすことを見過ごそうとも思わん。そんなことをしては、贖罪としては質が悪すぎるとは思わんか?」
「……知るか。勝手に言っていろ」
太三郎の言葉に、フツヌシは歯を食いしばりながら応える。今にも、刀を振り上げそうな顔だ。だが、太三郎はそれを見ずに、静かに煙を吐き出しながら話を傍から見ていた勇気の方へ目を向ける。
「勇気、その子の名は何という?」
「え……ララ。髪長と悟りの、ララ……らしい」
急に問われたことに、勇気は一つも隠すことなく、ララに聞いたそのままを太三郎に話す。すると、それを受けて納得したように、彼は頷いた。
「なるほどの。タマの奴、危険かもしれんのじゃから、一緒にこちらまで来ればよかったろうに……。勇気、ララを連れて戻っておれ」
「え……でも」
勇気は太三郎の言葉に振り返る。フツヌシの方を見たのだ。太三郎は自分に帰れと言ったが、流石に彼のことを無視するわけにはいかないと思ったのだろう。勇気の思った通り、フツヌシは未だに敵意の音を発散させていた。
「逃がすか、クソ人間。お前も、その髪長のメスも……」
そうして、フツヌシが憎悪を目に灯し、そう言いかけた時だった。
「黙らぬかッッ!!!!」
勇気は驚いて、怒声のした方向へと目を向ける。その声は、太三郎のモノだった。見てみれば、彼はフツヌシの方へと怒気の塊のような表情をして向かっていた。
そして、太三郎の言葉を受けたフツヌシは一瞬、身を振るわせてその場に立ち尽くす。まるで、親に叱られる息子のように。
だがその彼の表情に構わず、太三郎は下駄を踏み鳴らして歩み寄る。そうしながら、口は忙しなく怒声を上げ続けていた。
「お主は一体何十年前から足踏みを続けておるのじゃ!! いつまで、あ奴に報いずその刀を血に染め続けるのか!! 何のために、何の大義があって命を屠る!? 確かに、お主の妻そして子供は妖怪や人に殺された。じゃがの、他がその限りでないということはお主自身、よく分かっておるはずじゃろうが! 何故、何故それを分かっていて、行動に起こさんのじゃ? 儂にはお主が、八つ当たりをしているようにしか見えんぞ!!」
太三郎がその怒声を上げている時、勇気はしかと耳に入れた。
(……悲しんでる?)
勇気はその時、初めて耳に入れた。太三郎の感情を。最初に会った時から、一瞬も聞き取ることの出来なかった太三郎の感情を、その時に初めて聞き取った。
だが、太三郎はそんなことには構わない。彼はフツヌシの目の前まで歩み寄って、彼のことを真正面から見つめて最後の言葉を放つ。
「あ奴が見ていた前を、お主も見つめんかッ!!」
太三郎の眼鏡の奥には、怒気と、そこはかとない悲しみがあった。そうして放った言葉は、聞くだけで心の内が震えるような、そんな何かしらの振動を持っていた。
その言葉を受けたフツヌシは……彼は、腕を震わせた。掴んでいる刀が、音を立てて震えるのが目に見える。そうして、太三郎の叱咤を受けてしばらくすると、フツヌシはその場に膝から崩れ落ちた。
「うるさい……うるさい……うるさい……! 仕方……ないじゃないかぁ……」
彼は刀の柄を杖のように掴みながら、それでようやく立っていた。肩が震えて、彼の眼鏡の奥には涙が光っている。太三郎の言葉を受けて、奥から感情が噴き出てきたのだろう。喉から、嗚咽が漏れ出ている。
そんなフツヌシを見て、はたまた彼の声を聞いてか……
「勇気、お主、泣いておるのか?」
「え……あ、いつの間に……んくっ、大丈夫だ」
勇気の目からは、彼自身が気付かないほど自然に、涙が流れ出ていた。それを振り返った太三郎に言われてようやく気が付いた勇気は、涙を手の甲で拭ってから太三郎の方へと顔を向ける。それを受けると、太三郎は煙管を口に咥えながら勇気の横を通り抜けた。
「行くぞ。妖館へ戻って、そ奴とお主を治療する」
「え……?」
勇気はつい、疑問の声を上げてしまう。当然だ。
「フツヌシ……あいつのことは、いいのか?」
そう、勇気の目の前、太三郎の背後ではフツヌシが地面に崩れ落ちてむせび泣いていたのだ。それは、さっきまで自分に刀を向けていた相手であったとしても、気に留めてしまうほどのものだ。
だが、太三郎はそれに構うつもりはないらしい。勇気の言葉に一瞬だけ振り返ると、すぐに前へと顔を戻して言った。
「いいんじゃ。あれが今、儂に出来る最善。奴は……自分で向き合わなければならん」
「……そうか」
「うむ。儂が救える者も、一握りという訳じゃ。さ、行くぞ」
太三郎は煙管を手で持ちながら、勇気の前を歩いて行った。その後に、勇気はフツヌシの方へとちらと目を向けた後でついて行く。
フツヌシはその後もしばらく、一人で泣いていたのだった。




