君は私の希望
(勇気が無力感に襲われてる……。私が前に立たないと)
ララは勇気の肩に手を置きながら、フツヌシの前へと進み出る。それはどうしてか、勇気の感情が彼女には手に取るように分かったからだ。それは彼女の性質、悟りによるもの。
今、勇気の体からは鈍い紫の光が差しているように、ララには見えていたのだ。それは絶望や、無力感、自責というネガティブな感情を表す色。そんな色を発している人間に、危険はさせられないと思ったのだ。
「お前が、俺を止められると思っているのか? 髪長のメス」
勇ましく前に立ったララに対して、フツヌシは挑発的な言葉を投げかける。どうやら、彼は自分の勝利を疑っていないようだった。
「お前はきっと、まだ成熟していないのだろうな。だからこそ、最初に会った時は俺に為す術もなかった。だが、さっきのは渾身の一撃と言ったところか? 一瞬だけだったが、驚かされた。だが、体力を使うだろう? 扱い切れていない髪を無理して酷使するのは。よく知っているぞ」
フツヌシは目を細めてララの方へと視線を向けながら、そう語った。何故かは分からないが、彼は髪長という妖怪のことについての情報を把握していた。ララ自身よりも。
そう、彼女はさっきの髪を動かした後で、ようやく自分の消耗に気付いた。息が上がっているのに、後から気付いたのだ。
だがその点を指摘されても、彼女は勇気の前に立つのをやめなかった。その姿勢を見たフツヌシは、苛立たし気に口を開く。
「チッ。腹が立つ……何だ、二人そろって馬鹿らしい。偽善ばかりだ。……まあいい。俺も鬼じゃない、辞世の句ぐらいは詠ませてやろう」
ララが真っ直ぐ立つのに対し、フツヌシは顔をしかめてそう言い放った後で、その場に胡坐をかいて座る。何故だかは分からない。ララも、不思議そうな顔をして彼のことを見下ろす。すると、少しだけ、彼の心が見えた。
(……ためらい? どうして……でも、活かさないわけには)
ララはフツヌシの色を見た後で、そんなことには構っていられないとすぐに後ろへ振り向く。そう、これはフツヌシの圧倒的な隙。これを突けば、まだ逃げられるかもしれないのだ。
そうして彼女は、どう逃げようかと目と思考を目まぐるしく回転させる。ララは頭が良い方ではなかった。が、それでも彼女は見つける。この状況からの、脱出の一手を。
(……多分、行ける。けど、勇気の協力が必要)
そう思って、ララはふと勇気の方へと目を向ける。が、彼は全然、作戦を伝えてもその通りに動けるような状況ではなかった。膝を床について、口をパクパクと動かしている。色を見るに、絶望に追い詰められているようだった。
(……立ち直らせないと)
「ねえ」
ララは思い立ってすぐ、勇気に声をかけた。それを受けると、彼はフッと、力なくララの方を見上げる。本当に、打ちひしがれているという表現が似合う表情だ。
それを見たララは、一瞬戸惑う。自分で、これを立ち直らせられるのか、と。だが……
(大丈夫。素直に……本当のことを言えばいいだけ)
「勇気。私は君に助けられた」
ララは勇気に一歩、近寄って口を開く。
「希望と、自信を持たせてくれたんだよ。君は」
静かに、言葉を紡ぐ。
「全然、君が自信を失う必要はないよ。だって、私は……」
勇気の目の前に立って、自分のことを示してララは言った。
「ここに立ってるんだよ。君がいなかったら、もういないんだよ私は。それを、君は救ったの」
勇気の背後から、ララが最初に見た光が一瞬だけ灯る。顔や体の動きからでは気付かない、ほんの少しの心の機微。それを捉えて、ララは畳みかける。
「君は無力なんかじゃないよ。こうして、私を救ったんだから。でも、まだ私は危険なの。だから、まだ頼らせて。助けて」
おっとりとした言葉で、勇気の心に足を踏み入れる。そして、助けを求めた。今、勇気が求めているのが誰かの助けを求める声だと知ってのことだ。それを受けた勇気は……
「俺は……お前を助けられるか」
目に、光を灯した。それを見てララは、その顔に満面の笑みを咲かせて頷いた。
「うん、きっと。君に救えないモノなんてないよ」
「……そう、か。…………なら」
勇気は床についていた膝を、しっかりと前へと動かして希望へと踏み出した。そしてその場に立ち上がって、ララのことを見下ろして言う。
「なら……こんな人間の身にも、生きる価値はあるのかもしれない」
勇気は自信を、少しだけでも取り戻し、ララの前へと彼女を守るようにして立った。それを、ララは後ろから希望を見つめるような目で見るのだった。
(本当に……君は私の希望)
ある日、勇気が涼に対して思ったことを、ララは勇気に思っていた。これは偶然だろうか、分からないがともかく、その心の力というのは、確かに、今の状況に影響を及ぼしていた。勇気の目に灯る光を、絶望から希望へと変えたのだから。
今までのやり取りを受けて、そして勇気がさっきの状態から立ち直ったのを見て、フツヌシは刀を杖のようにして立ち上がる。もういいと、そういう判断だろう。そうしながら、彼は顔をしかめて言った。
「……本当に、分からないな。お前が何なのか……。だが、することは変わらない。もういいだろ? 希望を目に、死ねるなら本望だろう」
そう言って、刀をまた構えた。その姿に対し、希望を取り戻した勇気は挑戦的に、笑みまで浮かべて言って見せる。
「いいや、本望じゃないな。希望如きじゃ、そんな不確かなものじゃ満足できない。確かに、誰かを救わないと俺は死ねないんだよ。だから……」
と、彼がフツヌシへすごんだ瞬間だ。
「勇気!」
「え、なんだララ?」
決心を決めてフツヌシの前へと進み出た勇気の背に、ララが声をかける。それに調子を崩された勇気は、少しだけ顔をしかめながら彼女の方へと振り返る。そんな、ちょっとした不機嫌を感じることが出来るまでに彼は調子を戻していた。
と、そんなことは関係なかった。ララは振り返った勇気の耳に、背伸びをして耳打ちをする。
「……………………」
「……は? 大丈夫なのか、それ?」
思わず、耳打ちされた内容に勇気は心配になってララに問う。それに対して、ララはしっかりと、深く頷いて肯定を示した。そうして、もう一言を加える。
「私を信じて」
その言葉を受けた勇気は、ハッとしたように息を飲む。そうして、自分のことを希望だと思ってくれたララのことを見た。彼女は、今も静かにキラキラした目で勇気を見ていた。彼はその目に、応えなくてはならないと思ったのだ。
「分かった。信じるよ」
「……! うん!」
そうして、二人は並び立った。目の前に、フツヌシという巨大な敵を目の前にして、一粒の恐怖も心に浮かべず。それを、お互いが理解していた。お互いがお互いの心の音と、色を、伝えあっているからだ。言葉ばかりでなく、本当に。ララは勇気がそんなことを出来ると理解していないが、そんなことは関係なく。
そんな勇気とララを見て、フツヌシは本当に忌々しいと顔だけで言っているような表情をした。
「チッ……。腹が立つ。その目に宿る感情。希望だ、希望……。そんなものが……そんなものがあったから。そんなものがあったから!!」
そう言って、手に持っていた刀で空を力の限り切り裂いた。音で殺意が伝わるような圧を持って。そうする彼のその顔、目には涙が光っていた。
彼、フツヌシがそうした瞬間、勇気とララ、二人の頭の中に、ノイズが走ったのだった。




