武神との戦い2
「これは……あの髪長かっ!」
「ララ?」
勇気とフツヌシの視界を、あっという間に金色が覆う。それはどうしてか、金色の長い髪が、ある部屋から飛び出て二人へと伸びたからだ。それを目に入れた二人は、同時に同じ予想を立てる。つまり、ララの能力ではないか、と。
勇気は髪長という妖怪の能力を全く知らなかったが、その言葉の様相からある程度は予想していた。それに、ララのあの目立つ長い金髪。彼の目の前に伸びたその金の髪は、彼女のと説明する以外に他はないからだ。
それにしても、勇気はそう首を傾げた。
「長すぎる……。それに、自動で動いている?」
金の髪はただ伸びるだけでなく、勝手に動き、フツヌシと自身へと向かっていたのだ。
だが、二人それぞれに向かう髪が為す形は全然違った。フツヌシへ向かう髪束は鎌のような形をし、勇気の方へと伸びる髪は包み込むようにして彼の方へと向かっていた。それを把握したフツヌシは、顔をしかめて刀を髪の方へと向ける。
「あのメス……未熟かと思ったが、成熟以上か? だが……」
冷静に、フツヌシは自分に向かう鎌状の髪へ目を向けた。すると、それを把握しているかのように髪の鎌はフツヌシへめがけて攻撃を始める。髪の鎌が三束ほど、一人の人間体に襲いかかるのだ。それも、目にも止まらぬ早さで。
だが、それは刀によって受け流されてしまう。
「俺にこれだけで勝てると思ったら、大間違いだ」
そう言い放ってフツヌシは髪の隙を突き、鎌状をしている髪束を根から切り裂く。金の髪が、煙のように散った。するとその瞬間、
「痛っ!」
勇気が先ほど、ララを押し込んだ部屋から彼女のものと思われる悲鳴が上がる。それを耳に入れた勇気は、部屋の方へと目を向けて思わず声を上げてしまう。
「ララッ! 大丈夫か……って、何だこれは!?」
だが、勇気の心配をよそに髪は動く。心配で声を荒げる勇気の片足に、絡みついたのだった。そうして次の瞬間、彼の体は宙へ浮かぶ。片足だけで釣り上げるようにして、髪に体を逆さまに持ち上げられたのだ。
そうして驚いたのもつかの間、髪は構わず動き続けた。勇気の足を掴んで持ち上げながら、躍動し、何かから逃げるようにして動き回ったのだ。勇気の体のことは考えずに、だ。つまり、勇気は振り回されながら上空を舞った。そのスピードたるや、フツヌシが捉えきれないほど。
「ぐ……早すぎる」
しかし、損をしているのは彼だけではなかった。勇気も、振り回されながら困難に身を置いていたのだ。
「うわっ! い、一体……って、やめろ、やめろやめろやめろおおぉぉぉぉーーーっ!!!」
その中で、勇気は情けなく悲鳴を上げていた。まるで、彼は度を知らないジェットコースターに乗ってしまったかのような状況になっていたのだ。度胸はあっても、こういうのには弱いらしい。一瞬で顔を青くする。
「んぐぅ……死ぬ……」
それに、勇気の顔の青は恐怖からだけではなかった。酔いもあったのだ。彼の体はすぐに限界を迎える。
だが、それを読み取ってか髪は今までの動きを一転させ、すぐに理性の取れた行動を取る。勇気の体を、ララの入っていた部屋へと引っ張りこんだのだ。
「くっ、待て!」
勇気の体が部屋へ向かうのを見ると、大声を上げたのはフツヌシだ。彼は刀を持って扉の方へと駆ける。が、間に合わない。勇気の体を引っ張る髪は、彼よりも早くに動き、勇気の体を部屋へ突っ込んで扉を乱暴に閉めた。
寸でのところで、フツヌシの刀は勇気の体に届くことはなかった。
「クソ……だが」
フツヌシはすぐに次の思考へと移る。扉を開こうと、ドアノブに手をかけたのだ。しかし、彼がどれだけそれを握って捻ろうとしても、それは動かない。ガチャガチャと音を立てるだけで、全く動かないのだ。それを理解したフツヌシは、すぐに結論へ辿り着く。
「あのメスめ……」
彼は刀を握りしめながら、扉へ向けた。
一方、部屋の中。
「う、うおぉぉぇええええ……」
「うわ、き、汚いよ……」
勇気が嘔吐していた。虹色の液体を口から大量に吐いていると、そう形容しておこう。それに対して、金の髪を伸ばして躍動させている少女、ララは顔をしかめて距離を取っている。そうしながら、結構辛辣な言葉を勇気に言う。
「吐いてる間は近付かないでね」
「うぉぇ……元はと言えば、お前のせいだぞララ……」
「ご、ごめん。ちょっと、痛みで操作が荒くなっちゃって」
「んぐぅ……いや、責める気はない。それより……」
勇気は吐き気を喉の奥に押し込むようにして抑え、ララへ目を向けて言った。
だがそうした瞬間、示し合わせたかのようなタイミングで扉が斬り破られる。木片が、部屋の中まで飛び散った。それを見止めると、勇気もララも顔をしかめる。
「やっぱり、長くは持たないか」
「クソ……一回は逃げられたが……」
部屋の外からまた、刀を持ったままのフツヌシが現れる。
「追い詰めたぞ。人間、そして妖のメス」
彼の姿を見止めると、勇気はさっきまでの吐き気などは忘れて、髪を己の周りにまとわせているララの方へと走り寄った。決して、守ってもらうとかそういう理由からではない。彼女のことを、守るため。
「こ、こいつには手を出すな」
勇気は歯を食いしばりながら、そうフツヌシに言った。その様子は、満身創痍まではいかないが、さっきまでのやり取りで限界が近付いているのがすぐに分かるものだった。
だが、それに対してもフツヌシは冷徹に言う。
「無理だ。俺の目的は、妖とお前のような人間を殺すこと。それを折るなど、命を捧げても無理だぞ」
そう言って、刀を構え直して見せた。それを目に入れた勇気は、ある種の絶望に陥って、肩を深く落として俯く。諦めてしまったのだろう。
それは、彼にとって今の状況が極限まで悪いものだったからだ。最優先の目的であるララの安全も、今となっては果たせそうにない。髪があると思うかもしれないが、最初に勇気が彼女と会った時、彼女はフツヌシに負けていた。だからこそ、希望を勇気に見た。
が、その勇気も今となっては体力も無し、吐き気によって体の動きも鈍くなっている。助けることは出来ない。加えてララのあの動きは、奇跡的なもの。強い感情から生まれた、ある種の馬鹿力。そう何度も出せるものではない。
フツヌシに立ち向かうこと自体は簡単だ。だが、それをしてもララを助けられない。それを、勇気は確信してしまっていた。
最後に試してみた訴えも、まるで無理。勇気は膝をついて深く、自分の無力を嘆いた。
(クソ……俺はあの時と、まるで同じ……)
一瞬だけ、ある映像が勇気の頭をよぎる。勇気が、自分自身が、ある紙を手にしてそれを涙を浮かべながら読んでいる図だ。目の前の机に崩れ落ちて、頭を抱えている。目には、深い深い絶望があった。
その映像と同じような状況に、現在の勇気もなりかけていた。自分が誰かを助けられずに、なくなっていくものを咎めることも出来ない自分の無力さが恨めしくてたまらないと、そういう気分になりかけていたのだ。
だが、そんな勇気の肩に手が置かれ、声がかかる。
「大丈夫、安心して」
その声に、勇気は涙目になりながら振り向く。そこには……
「私が……何とかする」
最初に顔を合わせた時と同一人物とは思えない、自身に満ち溢れた顔をしたララが立っていた。その顔に、反射するようにして金の髪が輝いて見えると錯覚してしまうほどだ。
「きっと、君を守る」




