対峙
「さあ出てこい。この間の、仕返しといこうじゃないか」
フツヌシが、廃墟の柱に隠れている勇気とララにそう言い放つ。それを聞いた勇気は、冷や汗を首元に伝わせる。状況が状況だ、焦りが表に出てしまっているのだ。だが、焦燥しながらも勇気は、思考を回転させるのをやめない。
(さて、どうする? 第一優先事項は、ララの身の安全。その次に俺。……まずは)
勇気は自分が口を押えているララの耳元に、極限まで静かな声を出して自分の作戦を伝える。
(ララ。俺があいつの気を逸らす、だからその間、お前はあの部屋に飛びこめ)
勇気は柱に隠れながら、目の前に見える部屋の扉を指差してそう言った。それを受けると、ララは口を押えられながらも拒否の様相を露にする。彼女としては、自分を助けてくれた人を危険な目にあわせるのは嫌だったのだろう。
だが、勇気はそれを拒む。そうして、安心させるようにしてララの肩を叩く。
(大丈夫さ、俺は大丈夫。だから、お前はあっちへ行け。俺はあいつを追い払ったら、迎えに行く)
勇気がそう言ってララのことを安心させると……
「どこにいる? どうせ、柱の陰か、部屋の中だろう? ……いや、答えなくてもいいさ。一つ一つ確認していけば、分かる話だ」
それを無効にするかのように、フツヌシが部屋の階段そばで刀を持ち直しながら言った。どうやら、勇気達を殺す準備は万端のようだ。それを聞いたララは、首をブンブンと横に振ってまた拒否の意を伝える。だが、勇気も強情だ。
(駄目だ。お前が一番、今は大事なんだ。……三の合図で、あっちの部屋まで走ってくれ)
勇気は三本、指を立ててララに示す。その彼の勢いに、ララは頷く他なかった。涙目になりながらも、勇気の意志を受け入れたのだ。
それをしかと目に入れて確認した勇気は、また三本の指を一本一本、ララにちゃんと見えるように折っていった。
(よし、行くぞ……。三、ニ、一……行けっ!!)
勇気は指を全て折り終えると、すぐにララの肩を扉の方向へと押し出した。その勢いのままに、ララは立ち上がって柱から飛び出し、逃げ出そうと目星をつけていた部屋まで駆け抜ける。
だが、それをフツヌシが見逃すはずもない。
「っ、先に出たのはメスの方か。死ね……」
が、そこまで言って、フツヌシが走り抜けるララの方へ刀を振り上げた時だった。
「フツヌシ!! この間ぶりだな!」
「なにっ!?」
勇気が、ララの出て行った方向とは逆の方向の柱から出て大声を上げる。その声に、フツヌシは驚いて気をそちらに向けてしまう。当然、自分が獲物としか思っていなかった者、人間が現れてくるなどとは思っていなかったからだ。
フツヌシがそれに打ちのめされている間に、ララは部屋へ飛び込んで扉をバタンと閉じる。逃げおおせたらしい。それを目の端で捉えた勇気は、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
それを見たフツヌシは思わず、驚きと疑問で勇気に問いを投げてしまう。
(誘導か……まあいい。それよりも……)
「貴様……妖館の連中に、神や妖怪達と、人間の間には埋めきれない差があると、教わらなかったのか?」
続けて彼は言う。勇気の行動が、意味不明すぎたからだ。
「囮になった、だろう? わざわざ大声を上げて、自分の方へ注意を向けさせるとは……自分の命が、惜しくはないのか」
フツヌシは刀をしかと握りしめて敵意を示しながらも、勇気に問う。自分の命が惜しくはないのか、と、そう問う。だが、勇気はそれに迷いもせずに答えた。
「ああ、全く? 俺の命などで、価値のある妖怪の命が救えるのなら、全然さ」
首をすくめて、まるでそれを常識かのように、勇気はそう言ってみせた。それを見て、更にフツヌシは目を見はる。驚愕と、もう一つの感情を持ったのだ。そのもう一つの感情とは、嫌悪だ。
(何だこいつ……。気色悪いことこの上ない。どうして、自分の身を捧げて他の者を救おうなどと思える? ……分からない。だが、ともかく)
「ともかくよぉ、フツヌシ」
「……あ?」
フツヌシが思考を走らせていると、勇気が不意に声を上げて彼の気を引く。見上げてみれば、勇気が真剣な表情になってフツヌシの方へと目を向けていた。
彼はフツヌシの視線が自分へと向いたことを確認すると、ララが逃げて行った部屋を顎で示して言った。
「俺はあそこの妖怪を助けなくっちゃあいけない。これは俺の意志だ。逆に、お前は俺とあいつを殺したい、そうだろ?」
「…………太三郎から、話は聞いたらしいな」
フツヌシは刀を持ち直しながら、眉間にしわを寄せる。不機嫌、という様子だ。そのままで口を開く。
「当然だ。俺はお前達を、決して生かしては帰さない」
「……そうかよ」
勇気は残念だ、とそう言うように肩を落とす。だが、フツヌシがそれに構うことはない。先の会話での驚きによって、勝手に下ろしてしまっていた刀をもう一度、構え直して言うのだった。
「そうだ。俺はお前のような人間と、妖怪を……一匹残らず殺す。全ては、この世を少しでも綺麗にするためだ」




