髪長悟り、ララ
勇気は金髪の少女の手を引きながら、全速力で走った。そうしながらも、後ろから聞こえる敵意の音に耳を傾ける。そして、目では後ろの少女に振り向いて、彼女の様子をチラとうかがった。彼女は勇気の速度に合わせているために、少し辛そうに息をしていた。
(まずいな……。後ろから近付いてくる。全速力で逃げれば妖館まで間に合うかもしれないが、この子の体力はあまり持たない……)
勇気は今の状況を、ありのままに把握していく。
今、勇気は髪が金髪の少女を連れて、あの神、フツヌシから逃亡していた。フツヌシは勇気と金髪の少女の速度よりも幾分か上を行く速さで二人を追っている。今は後ろに振り返っても見えないが、恐らく数分と持たない。そして、勇気達はこれ以上、今の速度で走るのも厳しい。勇気はともかく、少女の体力は限界。このまま走っていれば、すぐにフツヌシに追いつかれてしまう。
以上のことを踏まえて、勇気は思考を回転させた。全ては自分の腕を弱々しげに握る、少女のため。
(どうする。このまま逃げてたら、妖館まで辿り着く前にこの子の体力が尽きて、フツヌシに捕まる。なら……あれはどうだ?)
思考を稼働させる勇気の目の端に、五階ほどの背の廃ビルが映りこむ。少し前までは何かに使われていたのだろうか、まだそこまで廃れてはいない。だが、入り口が開きっぱなしになっている辺り、管理はずさん。人が入ってくる心配もない。そして、隠れるには充分な広さがある。
勇気はその建物を見止めた瞬間、すぐに後ろの少女へ声をかける。
「お前、ちょっといいか?」
「え、な、何……?」
「あそこの建物に入る。入ったら、出来るだけ静かにしていろよ」
「う、うん……」
勇気は手早く、伝えることの最低限を伝え、廃ビルの入り口をくぐった。
「チッ、一体どこへ……」
フツヌシは通りの上で刀を剥き出しにしながら、その目を躍動させて辺りを見渡す。彼は自分が追っていた気配に追いついたのに、視界に入らないということを違和感に思ったらしい。
(ここら辺りから、妖怪の匂いがする……あそこか?)
フツヌシは辺りの空気を吸い込んで、敵の位置、つまり勇気達の位置に当たりをつける。そうすると、刀を振り、片手に持って廃ビルの方へと足を向けた。
(待ち伏せ……人間如きが。受けて立ってやる)
「まずいな。入ってくる」
(追ってくる時も思ったが、何がしかの気配を感じ取って、こっちの位置を把握しているらしいな)
勇気は廃ビルに入った後で、一番上の階へ駆け上がり、奥にまで走り抜けた。そうして大きめの柱の後ろに少女と共に階段から見えないよう、姿を隠していた。
そして少女だ。長い金髪の少女。彼女はうっとりとした目で、勇気の冷や汗を浮かべる顔を見つめていた。その顔に浮かんでいたものは……
(この人、私を助けてくれた……。それに、綺麗な色)
恍惚だ。そんなトロリとした表情のまま、勇気に声をかける。しっとりとした、小さい声だ。
「あの……ありがとう」
「ん、ああ……。いや、礼はいい。それよりも、今は危険だ。出来るだけ……」
「静かにするよ。けど、ちょっと聞かせてほしい。君の名前も、それに私のことも話したい」
「……? ま、まあいい」
勇気は戸惑いながらも、少女の言葉に応対する。確かに、彼女の言った通り静かな声ではあるが、それにしても早く終わらせたいらしい。当然、今もフツヌシが迫っているのだから。勇気は手早く自己紹介する。
「俺は勇気だ。お前は?」
勇気が名前以外を告げずに適当に自己紹介を終えると、それに対して少女は同じように手短に答えようとした。
「私はララ。髪長と……悟りのハーフ。って言ったら、嫌かな」
が、彼女ララの記憶がそうはさせなかった。嫌なことを思い出して、卑屈な言葉を吐いてしまう。俯いて、勇気の方を向けずに。彼女はどうしてか、勇気が自分のことを嫌うと思ったらしい。
だが、勇気は彼女の言葉の真意が分からず、首を傾げた。
「……え、何でだ?」
「え……え? だって、私は悟りなの。嫌……でしょ。嫌じゃ、ないの?」
「……すまない。悟りっていうのが何なのか、よく分かってないんだ。説明を願えるか、出来るだけ短く」
勇気はララに背を向けながら、柱から少しだけ顔をのぞかせて階段の方を向く。フツヌシのことを警戒しながら、話を聞かなければならないからだ。それに対し、ララは自分のことをまるで、ゲテモノかのように悟りのことについて説明する。
「悟りっていうのは、他人の心の中が分かる妖怪。他から、すごく嫌われてる」
「……いいや、そんなことはお前を嫌う理由にはならないよ。って……他人の心が分かる、だって?」
つい、勇気は警戒を解いて、後ろにいるララに聞き直してしまう。
当然、彼は自分と同じ性質を持っているかもしれない妖怪、ララに興味を向けたのだ。目の前の敵の恐怖、妖怪を守らなければならないという義務感、そんなのを忘れて、ただの好奇心と同族を求める心。
「お前……ララ。心が読めるって……」
だが、勇気が救いを求めるような表情で、そう言った時だ。
「ここかグズ共!!」
階段から声が聞こえてきた。フツヌシだ。それを耳にした瞬間、ララの表情は真っ青になり、悲鳴を上げそうになる。
「あ……んぐっ」
それを勇気が慌てて口を押えて止める。そうして、自分の唇に人差し指を当てて静かにしてくれという意図を伝える。そうして一応、囁き声でそれをしっかりと伝える。
(静かにしてくれ。頼む、奴に見つかるとヤバい)
(……うん、うん)
勇気の囁き声に、ララは必死に、コクリコクリと激しく頷きながら応えた。それを見止めた勇気は良しと自分も頷き、柱に背を当てながら、そこから少しだけ顔をのぞかせた。
階段のすぐそばには、フツヌシが刀を構えて立っていた。
「さあ、出てこい。この間の、仕返しといこうじゃないか」
彼は刀の柄をしっかりと握りしめながら、勇気達がこの部屋にいるという確信をもって、その言葉を放ったのだった。




