互いの正体
「アンタ……逆に聞きたいわ。何者なのよ」
灰色の、人の通りのない街。その中で渋い格好をした大江涼と、質素な服装の神崎勇気は向き合っている。お互い、全身から水をタラタラと垂らしながら。
涼は怪訝に眉をひそめている。彼女の問いに対して、勇気は腕を組んだ困り顔で答える。
「俺には、人の心が聞こえるんだ」
「……心が聞こえる?」
「ああ、耳を澄ませば思考していること全て、聞こえてしまう。だが、お前の場合……」
勇気は自分の耳をトントンと突いて示し、涼に説明を加える。
「聞こうとするとノイズが走る。ほんわかに何を考えているかは伝わってくるが、明確には聞こえない。さっきのパンツの件だが、それはお前がそれに対して強く嫌悪を抱いているからこそ聞こえたんだ。こんなのは初めてだよ。人が相手で、こんなことは起こったことがない。だから、お前が人でないか、なんらかの妙なことができると仮定した。それに、お前は俺のことをどこかへ連れて行こうとしているらしい。そこに、お前の仲間がいるんじゃないかという風に考えたんだ」
「……その耳に誤作動の場合は? 絶対にないの?」
「ない、あったとしても俺が不安定な時だ。だが俺は今、非常に落ち着いてる。それは考慮に入らない」
勇気は一通りの説明を終えると、息を吐いていつの間にか肩に込めていた力を抜く。
何故、彼は力んでいたか。それは、この話を他人にするのは初めてだからだろう。恐怖があったのだ。だが、それを超えるほどに、彼は涼を信用していた。彼はその旨を、フッと笑ってから付け加える。
「お前は俺のことを追っている時、本当に俺のことが心配でならないという音を心から全力で奏でていた」
「…………」
「二度目だったんだ。あんなに澄んで、激しく、必死で……綺麗だった。真夏、外にやった風鈴が輝きながら鳴るような、そんな音さ。だから、お前に期待したし、信用した」
勇気はまるで、絶品の料理を味わっている時のような表情をして、そう言った。いや実際、彼にとってはそれ以上の価値が全然ある。なにせ彼は、今まで人の善意というのにほとんど触れたことがないのだから。
反し、涼は勇気のその圧倒的なまでの愉悦の表情を前にし、少し困ったようだった。褒めちぎられたのが、照れくさいのだろう。
それに、それだけではない。状況が妙だ。怪訝と照れくささ、二つを持った涼は頭と頰を軽く指で掻きながら、口を開く。
「そ、そう……わ、分かったわ。ありがと。じゃあ先を急いでいいかしら、話したいこともあるし」
「……あっ、ああ。すまない。自分の世界に入り込んでしまってた。歩こう」
涼の言葉に、すぐ勇気は頷いて歩き始めようとする彼女についていく。
二人はまた、冬の寒い風が刺す街並みを行くのだった。
そうして、しばらくした時だった。またも人通りのない道を歩いていた時に、
「私は、私達はね、神崎勇気」
「ん……?」
先を歩く涼が、振り返らずに、歩き続けながら勇気にさりげなく言う。呟くようにして言ったそれは、すぐに地面に落ちる。それを拾うように、涼は振り返った。
彼女の顔には凛とした表情がある。そうして、それを持って口にした。
「私達は妖怪なのよ」
その言葉が発される。自分達が妖怪であるという、衝撃のカミングアウトが涼の口から。それを受けた勇気は、一瞬だけ口元を歪めて笑った後で、それをふっと消し……
「お前はジバニ○ン?」
と、真面目な顔をして涼に問う。そんな、わざととしか思えないような言葉を吐かれた涼は、当然、こめかみの辺りに青筋を浮き立たせる。
「……アンタって、喧嘩売るセンスあるわね。さっきのもそうだし、今のも。私は今、アンタをどう引き裂いてやろうかってことで頭がいっぱいよ?」
「あ、すまない」
勇気は涼の目を見てやっと彼女の不機嫌を把握したのか、冷や汗を浮かべて軽く謝罪をする。それを見た涼は、深く深くため息をついて怒りを頭から消す。
「はぁぁぁぁ~……。アンタ、本当に……さっき自殺しようとした人間とは思えないわね。異常よ。普通だったらもっとこう、取り乱すって言うか……」
「まあ、自覚はあるよ。それに、さっきも話したが明らかに人とは違う所があるから。……いや、俺のことはいいんだ」
「ん?」
勇気は自然に、自分語りの流れに入りそうになってしまったのを自分で止め、涼に指を向ける。そう、彼は当然の問いを投げるつもりなのだ。
「冗談は抜きにして、妖怪っていうのは本当なのか?」
本当に分からないと、顔で言っているかのような表情で勇気は涼に問う。
至極当たり前、勇気の話もそうだが、二人は日常ではほとんど辿り着かない境地の話をしている。人の心が聞こえるだ、自分は妖怪だなんだと、非日常もいいところだ。
増してや、これをお読みになっている諸君は勇気が自殺したという重要な情報まである。それに関して、またはそれ以外の、不自然な点も多く。勇気にとってはまだ自分が心を読めるという非常があり、そして涼には自分が妖怪であるという非常がある。互いがそんなものを持ってしまっているせいで、互いをそこまで疑う訳はないのだ。俺こんなんだし、こういうのもあり得るだろ、という具合さ。
だが安心してほしい。人間の君達にもすぐに分かる。
自分のことを妖怪だと言った少女は、自分が心を読める存在だと言った少年に言った。
「長くなるから、歩きながら話すわよ」
少女は人の通らない路地を歩きながら、語り始めた。自分達の存在、妖怪という存在のことを。




