年長者達
「ああ、うん。そうか……へぇ。なるほど」
妖館の子供達が騒いでいる夜中、天翔は一人、応接間にて椅子に座っていた。そうして、スマホの電話を顔の横に添えている。見るに、誰かと会話をしているらしい。
そうしている彼の表情は、勇気の前に顔を見せた時のような、風格のある顔という感じではなかった。ただ単に、友人と話している時のような、そんな風。
「ふうん……。ん、手が付けられない子がいるから、私達に任せたい? ああ、いいがその子はどんな子だ。……あ? 悟りと髪長のハーフ? ……」
天翔はどうやら、電話相手とある子供の管理についての話をしているらしい。だが、何かを聞いた時、件の子が厄介な性質を持っていると確信する。
彼の言葉、悟りと髪長のハーフ。それが意味するところは一体どういうものだろうか。
だが、そんなことは理解しているらしい天翔と、そして電話の相手は会話を進めていく。
「まあ、何とかしよう。扱い方を教えられないということだろ? ……ま、そうだろうな。太三郎が分かる。悟りの扱いは……」
(悟り……そういえば、勇気は……)
天翔は一度、頭によぎった発想に言葉を詰まらせる。そうして、頭の中で思考を走らせた。電話の相手の少しキンキン声をあげる女性の声を無視しながら、眉をひそめる。
(……試すべきか?)
「おい、天翔! 聞いてるか!?」
「……あっ、すまないタマ」
天翔が思考を続けていると、電話の相手が声を荒げて彼のことを呼ぶ。その声に呼ばれると、天翔は少し冷や汗を浮かべて電話を耳元に戻す。その後はまた件の子と、そして下らないやり取りを繰り返した。
そうして、しばらく……
「電話の相手、タマかの?」
「ん、太三郎……。タマ、太三郎だ、少し待ってくれ」
天翔と電話の相手がしゃべっていると、いつの間に部屋に入って来たのか、太三郎が声を上げた。天翔が彼の方を振り返って見ると、彼は少し話しかけづらいというような表情で、椅子に座っていた天翔のことを見下ろしていた。
その顔を見止めた天翔は、いやらしい笑みを浮かべる。太三郎の意志を読んだのだろうか、電話を差し出しながら示す。
「代わるか? 愛しの女に」
天翔はスマホを軽く叩いて示す。その顔、表情はまるで、覗きをしている時の男のようなモノ。言葉から見て、告白現場でも覗いているかのような気分らしい。それを見て太三郎は、苦々しい顔をしながらスマホに手を伸ばす。
「だ、黙らぬか……。代われ」
「クク……タマ、太三郎に代わる。じゃあな」
天翔がタマと呼ばれる電話の相手に別れを伝えるのを見るやいなや、太三郎はサッとひったくるようにして天翔からスマホを奪い取って耳に当てる。その様子を、天翔は未だにいやらしい笑みを顔に灯しながら見ていた。
それをジト目で睨んだ後、太三郎は電話の相手に口を開く。
「この間ぶりじゃの、タマ。お主自身、それに照は元気にしておるかの?」
「ああ、全然問題ないさ。そっちこそどうなんだ? 天翔とは仲良くやってるか?」
「今更仲が悪くなることもないじゃろ。それで、お主が儂でなく天翔に電話をかけてくるということは、事務的な用事があったということじゃな?」
話の途中、太三郎は友人とただ話す表情でなく、真剣な顔になって電話の相手と相対する。その気配を感じ取ったのか、タマという女性も声色を変える。
「ああ、そうだ。ちょっと困っていてな。少しばかり、扱いに困る子がいる。そのことで力を借りたい。……悟りと髪長のハーフなんだ。それに、まだ自分の力を抑制できてない」
「なるほど、の。それで、儂に面倒を見てもらいたいと」
「そうだ。そっちの部屋は空いているか? 空いていないなら、交換を……」
「空いとるよ。大丈夫じゃ。それに、子らのためにも急に住む場所を変えたりするのは避けたいからの」
「む、確かに。軽率なことを言ったな」
「いや……構わんよ。それで、その子の名は何と言うんじゃ?」
タマが少しだけ声を低くするのに対し、太三郎は構わないという言葉と、話題の転換で彼女の気を保とうとする。
その太三郎の声を聞いていた天翔は、少し離れた所でコーヒーを淹れながら、口元に笑みを浮かべていた。彼はどうやら、太三郎とタマという人物とが仲良くするのが嬉しいらしい。その真意はまだ分からないが……ともかく、三人は友人であるということは雰囲気で分かる。場に、電話越しであってもいい雰囲気が漂っているのだ。話題が重要な事でも、その絆が明らかだった。
と、その雰囲気の中で、タマは電話の奥で口を開く。
「彼女の名前はララ。姓はない。特徴は長い金髪だ。明後日にはそっちに向かわせる」
「ふむ……え、明後日じゃと!?」
つい、太三郎は驚愕に声を上げてしまう。明後日までに、子供を一人、妖館の方へと向かわせてくると言うのだ。それはつまり、その時までに受け入れる準備をしておけよ、という指示。太三郎は思わず、声を荒げる。
「明後日って、もう少しこっちのことも考えんか!? いや、何とかはするが……」
太三郎は戸惑いながら、懐から煙管を取り出して口に咥える。そうして、返事を待った。すると……
「ふふ、そう言ってくれると思ってた、太三郎。私はお前を、信用しているからな」
急な信用宣言をタマは電話越しに放った。それを受けると、太三郎は……
「あぐっ……んぅ……」
顔をほのかに赤くして、言葉を失う。少し前に天翔が言った言葉、愛しの女というのは、つまりそういうことなのだろう。口をパクパクさせて、唸っている。
天翔はその太三郎の様子を遠目で見て、口元に笑みを浮かべていたのだった。そうして、湯気を立てるコーヒー二杯を見ながら呟いた。
「こんなコーヒーが冷たく思えるくらい、熱いねぇ……クク」




