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初めてのことで

「楽しかった……ね、涼」


「うん。しっかし、本当に琴音は大丈夫かしら」


 帰り道、ファミレスで陽光が差さない時間になるまで待って、涼とマーレは外に出ていた。吸血鬼の特性のためである。

 時間を遅らせたために、二人は暗い通りを静かに歩く羽目になっていた。閑静な住宅街が、更に悲しく、その沈黙を響かせているように思える。その中で、涼が琴音のことを思い出しながら口を開いた。


「だって、琴音さぁ……。大分お金に困ってたわよね」


「そうね。結構前に両親が離婚してて、今はお母さんの自営業のお店だけで食べてる感じだから。あんまりうまくいってないみたいだし」


「……私達で、出来ることはしようね」


 いつの間にか、二人は妖館の前に辿り着いた。その前で、静かに涼はマーレに振り返って言う。その言葉に、マーレはフッと頷いて返した。


「当たり前。さ、中に入りましょ」


 意気投合した二人は、扉の前で顔を見合わせて笑った後、観音開きの扉を開けて妖館の中に入る。


「ただいま~」








「あれ? もうご飯出来てると思ったけど……」


「誰もいない……マーレ、今日なんかあったっけ」


 涼とマーレが、空腹を満たそうと妖館に入ったすぐ後に食堂に向かうと、その場には誰もいなかった。静かな暗がりが、二人を迎え入れたのだ。誰もいない。いるはずの勇気が、温かい料理を用意している、ということはなかった。


 マーレは涼の問いに首を振って答える。


「いや、何も。用事があったら、太三郎さんが伝えてくれるはず……ちょっと探しましょうか」


「うん。そうね……私達、料理作れないから」


「いやそれアンタだけ。ま、他人に作らせて食べるご飯はおいしいから、さっさと行くわよ」


 マーレはドクズなことを平然と言ってのけた後で、涼を連れて妖館の食堂を抜け出した。







「あれ、太三郎さん?」


 マーレは廊下を歩いている最中で首を傾げた。彼女は夜目がきく。そのため、涼より先に薄暗い廊下の先に立つ太三郎を目に留めた。彼は……少し困っているような感じ、いや呆れた様子で、煙管を口に咥えていた。

 彼は涼とマーレが自分に寄ってきたことに気付くと、二人の方へと目を向けた。


「ああ、お主ら……。夕飯は自分で作ってくれんかの」


「あら……」


「えっ? どーしてよっ!?」


 声を荒げ、焦ったのは涼である。さっきの会話の通り、彼女は料理が出来ない。それに対しての焦りだろう。

 その焦燥に関しては目を向けず、太三郎は目の前の部屋を示す。


「ま、最近の料理を全て作ってくれとった勇気がの。少し入用なんじゃよ」


「ん、そこって鼬の部屋……」


「入用って何! あいつ私のご飯だけでも作りなさいよっ!!」


「…………」


 涼は目を充血させて、薄暗い廊下に吠える。太三郎とマーレはそれを無視しようとしながらも、思わず呆れた目を彼女に向けてしまう。が、言葉には出さず、顔を見合わせてため息を吐くのみで押さえた。

 そうして、太三郎は二人の疑問に答える。


「その、勇気があることにハマってしまったと言うか、の。でも、良いんじゃないかの? 儂らは少し、奴一人に激務を課しすぎたかもしれぬ。今日くらいは自分達で……」


 が、太三郎が説明をしている途中だった。


「勇気! そこにいるんなら出てきて私の飯を作れえぇぇーーっ!!」


「ちょっ!?」


「ま……話を聞かぬか涼!」


 涼が突然、体を跳躍させて鼬の部屋のすぐ前に飛び移る。その目は飢えに満ちていた。さっきまで、他人を助けるために力を尽くそうとか、そういう話をしていた者と同一人物とは思えない。

 涼は鼬の部屋の前に飛び移ると、すぐにそのドアノブに手をかける。どうやら、男子の部屋の扉を開けるつもりらしい。マーレと太三郎はそれを止めようとしたが、間に合わない。涼は一息に、乱暴に扉を開け放った。


 鼬の部屋の中では……



「おい、勇気。そろそろ交代……」


「うるさいぞ鼬!! 今いいところだろうがっ!」


「あ、いやさ。だから、交代の時間をもう三回くらいぶっ飛ばして……」


「ああお前! さっき、テイルスは見ているだけでも面白いとか言ってただろうが!! ありゃあ嘘だったのか!」


「え、いやあ……そういう訳じゃなくって……」


「だったらすっこんでろ!!」



 と、こういう具合であった。ちなみに分かるかもしれないが、暴言を吐いている方が勇気である。彼は醜い表情をしながらゲームのコントローラーを握り、それを涙目で譲ってくれと言う鼬の手を振り払っているのだった。二人共、扉が開いたのでさえ気づいていないらしい。


 その、なんとも言えない惨状を見て、マーレと太三郎はため息を吐く。


「すごい……まあ、楽しそうね」


「そうじゃな。勇気は娯楽に触れるのがほとんど初めてと言う話じゃし、ああなるのも仕方ないんじゃよ」


 呆れながらも、太三郎は勇気のことを心配してそう言った。それにマーレは、しょうがないわね、とそういう風に首をすくめてみせる。


「そう……。分かったわ。じゃあ、私は自分でご飯を作る。それで、涼は……」


 と、彼女が涼の方へ振り返った時だ。いや、涼の方ではない。さっきまで、涼がいた所。


「あれ、どこ?」


 マーレが振り向いたところには、涼がいなかった。数秒前までにはそこにいたのに、だ。マーレはそれを確認すると、眉をひそめて疑問に首を傾げた。

 が、その疑問はすぐに解かれる。


「勇気ィィッ!! 私の飯を作りなさいよ!」


 声が鼬の部屋の中からした。マーレと太三郎は恐る恐る、声のした方向へと目を向ける。

 鼬の部屋の中では、さっきまでの男子二人のやり取りの間に、涼が飛び込んで更に訳の分からないことになっていた。


「ちょ、急になんだ涼! 帰ってきてすぐ……」


「んなことはどうだっていいのよ! さっさと飯を作れええぇぇぇぇーーーーっ!!」


「え、何急に……うわぁぁぁぁーーっ!!」


 一番猟奇的なのが涼で、一番かわいそうなのは鼬だ。涼は鼬の部屋に急に現れて暴れ始めていたのだ。そして鼬は真反対で、自分の部屋を涼と、彼女のつっかかりに抵抗する勇気に荒らされている。鼬は涙目をしながら悲鳴を上げていた。


 それをマーレと太三郎は、遠目に見ながら頭を抱えるのだった。諦観に満ち溢れている表情である。だが、二人の間、そして顔には、不満というのは存在しなかった。寧ろ、薄い幸せを感じているような、そんな顔をしていたのだった。


「バカだけど、楽しそうね……。本当に、ただの子供みたい」


「ああ、そうじゃなぁ……。子供は、暴れて迷惑をかけるくらいが丁度ええんじゃ」

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