人と妖、そんなことは関係ない
「やっぱり、琴音は歌うまいわねぇ~」
「ま、私は歌手が夢だからな」
冬の空が焼けてくる時分、つまり四時から五時の辺りだ。涼、マーレ、そして二人の友人の琴音がファミレスの角に座って食卓を囲み、一人を除いて笑顔を咲かせながら談笑している。日陰の席。既にカラオケはもう終わったらしい。
ちなみに、カラオケに入る前に琴音の言っていた賭けを彼女達は実行した。点数が一番低い者は、全体のカラオケ料を払うというものである。そして、三人の内で死んだ顔をしているのはマーレだった。
「ぐぅふぅ……クソ。涼と、十点差なんて……」
「あはっ、残念ねぇマーレ。ド~ンマイ?」
「いやぁ、下手な奴はいないんだけどな。ま、私がうますぎた、みたいな?」
「クソ……クソアマ共め。いつか仕返ししてやる。枯らしてやるわ」
「怖いって……つかよ、今日は何で鼬、いなかったんだ?」
マーレの死んだ目に応対している最中、琴音が疑問を口にする。涼とマーレはその問いを耳にすると、一瞬にして目を合わせ、少し真面目な表情をして琴音の方へ目を向けた。
彼女は紫のメッシュの部分を指でいじくりまわしながら、先の疑問を疑問と思った理由を加える。
「だって、いつもは四人だろ? 用事があるっつー話は受けたけどよ、ちょっと気になんなぁ……。どんな用事があったんだ? あいつ」
琴音は二人の方へ目を向けて、改めて問う。
その質問を受けると、涼はマーレへチラと目で問う。それを察したマーレは、構わないでしょ、という風に肩をすくめて見せた。そのマーレの意志に涼は頷いて返し、琴音に向かう。
「あのさ、今朝にちょっと話したじゃない? うちの孤児院に新しく入って来た奴のこと。まあ、こっちから話そうと思って話したわけじゃないけど」
「あ、そういやぁ……んなこと話してたな。それで?」
「そいつと少し遊んでるって。ま、同い年だし、それにほら、この年で孤児になると、色々あるでしょ?」
涼と琴音の間に、マーレは腕で枕を作ってテーブルにもたれながらそう言う。これ以上踏み込ませないようにしての言葉。そうして彼女の思惑通り、琴音は少し気まずそうな表情をする。
「ああ~そうか。そうだよな。確かに、新入りが溶け込みやすくしてるって、そんなとこか?」
「そういうこと」
「へぇ~……。ってか、私らと同い年?」
琴音は疑問を解消することによって、再び発生した疑問について涼とマーレに問う。二人はその問いに、軽くうんと頷いて返した。
「なるほど。そいつって、ウチに編入とかってしてくるのか、マーレ?」
「ん……館長は、高校に入る時に学校に入れるって。流石にこれから受験しますって時に、入れてもしょうがないってさ」
「え……? でも、高校って中学を卒業してます、みたいな証書がないと駄目なんじゃなかったか?」
「ああ、そこら辺は心配しなくていいの。館長は、色々なところに口が利くから」
「こ、怖え~……」
(ついでに、なんなら戸籍とかも作れるから。私達も、そんな感じだったし……太三郎さんは何でもできるからね~)
マーレは少し、鼻を高くして自慢げに話す。それは、多少だが太三郎や天翔のことについて、自慢した気になれて気分が良かったからだろう。鼬もそうであったが、彼女も彼らのことを深く尊敬していたのだ。
と、そんなことはいいんだ。さっきの話題が終わり、しばらくした後。日が落ちてきた具合で、三人の食事も落ち着いてきた時だ。琴音はファミレスに備えられている時計を目の端に入れる。そうした後、すぐにテーブルの端に置いてあった領収書を取り、立ち上がった。
「悪い。時間だ。私、そろそろ行かなきゃ」
夢の時間から、解き放たれる。涼とマーレは琴音の言葉を聞いてハッとし、少し残念そうな顔をする。
「あ、そうね……。もうこんな時間」
「おっけ、分かったわ。じゃ、次は学校で」
「……悪いな、私のせいで。こんな中途半端な時間に……」
二人の言葉を聞いた後で、琴音は申し訳なさそうに指を合わせる。彼女は、自分の用事のせいで夜まで遊びとおせないことを悪いと思ったらしい。
実際、涼とマーレは残念そうに思っていたが……二人は全然という様子で振舞って見せる。
「全然。いいのいいの。私らくらいの美貌が夜に歩いてたら襲われちゃうって」
「涼の馬鹿は置いておいて……別に気にしなくていいわよ、琴音。あと……」
マーレは一旦言葉を切って、目を光らせる。彼女の目が向いたのは、琴音が手に持っている領収書だ。そしてそれを妖怪の身体能力、反応速度を使い、ひったくる。琴音は後で気付きはしたが、反応は出来なかった。
そして、琴音はマーレにされたことに戸惑う。
「うわっ! え、ちょ、何だ?」
「これは、私が払わせてもらうわ」
「え……?」
マーレが指で領収書を挟み、ちょっとカッコつけて放った言葉に琴音は首を傾げる。
「なんでだよ。あ、さっきの賭けはあくまで、カラオケの料金の話だからな? だから……」
「いいえ、これは私の意志よ。払ってあげるって言ってるの」
夕焼けに沈む町のファミレス、その僅かなオレンジの光でさえ届かない位置のテーブル。そこに座っているマーレの顔には、静かな闇がかかる。その奥で、彼女の赤い瞳が輝く。まるで、脅すかのような雰囲気だ。
だが、琴音は自分の芯を持って、彼女に問う。
「もしかして……気を遣ってるのか?」
「そう思う?」
「そうとしか考えられねえよ……貧乏な私に、恵んでやるって……」
「違うわ。言っておくけど、気は使ってない。だって……」
マーレは懐から一枚の紙を取り出して、琴音に示す。それを受けて彼女は、食い入るようにその紙を上から見つめた。そうした次の瞬間、彼女の表情は驚愕に歪む。
琴音の表情が変わり始めたのを理解すると、マーレはフッと笑って口を開いた。
「利子、十割で貸すから」
「……いや、普通に払わせてくれよ。逆に私が損じゃ……」
「返すのはアンタが、歌手として成功してからでいいわ」
「……え?」
冷静になって、損だと理解した琴音が領収書を静かに取り返そうとするのを、マーレは腕を高く上げて回避する。そして、琴音の唇に手を当てて妖艶に言った。
「いいの。言ってみれば、アンタへの投資よ。それに、恩売り。売れたら……アンタの名前を使って好き勝手やるわ」
「えちょ、やめてくれない?」
「うるさいわね。アンタは黙って、このまま回れ右して帰りなさい。高い目標よりも、今は目先でしょ。預かっといてあげるから。何倍も出返してもらうけど、ね」
マーレはニヤっと笑って、領収書と紙、十割の利子で返してもらうというサインの紙をひらひらと揺らす。
その顔には、慈悲があった。彼女のその表情、それはゲームをしようと勇気に提案した時の鼬に似ている部分がある。二人共、憧れているのだろう。人助けをしたいと思い続ける、その心を持っている。
それを、その優しい笑みを受けた琴音は、これ以上引っ張るのは無粋だと思ったのだろう。彼女も笑みを返して、テーブルを離れた。
「分かった……。いつになるか分からない。けど、絶対に返して見せる。……じゃなっ!」
琴音は元気そうに、ファミレスを出ていくのだった。
そうして、女子の遊びは終わった。
最後、マーレと琴音のやり取りを、脇からずっと見ていた涼が口を開く。
「サイン、書かせなくてよかったの?」
いやらしい表情だ。まるで、マーレがなんと答えるか分かっているかのような。
その問いに、マーレは琴音のいなくなった方向を、静かに見つめながら応えるのだった。
「信じてるから。それで充分、どんなサインよりも上よ」




