恨みの原因
(勇気……無事でいてくれ!)
鼬は鞘に覆われた刀を持って静かな通りを走る。そうしながら、冷や汗をかきながら辺りをすごい勢いで見渡す。勇気を探していたのだ。
そう、彼は自分のことを足止めしていた名無し達を切り伏せ終えていた。そして、彼らの標的である勇気を助けようと、彼らにすぐに追いつこうと走っていたのだ。
「どこにいる? そこまで離れちゃなさそうだが……」
鼬は次第に、息を切らしていく。走り続けていたからだ。それに、さっきまで戦っていた身。そう長く持つものではない。とは言っても、彼は止まらない。目を周辺に回しながら、勇気のことを探した。
鼬がそうし始めてしばらく、ある角を曲がった時だ。目に留まる、人影が。見覚えのある顔、勇気。鼬は彼を目の端に入れた瞬間、彼の方へと大声を飛ばす。
「勇気!! お前大丈夫だったのか……って」
鼬は勇気の方へ走り寄りながら声をかけ、そうしながらも気になるものを視界に入れた。勇気は通りの上で一人、静かに立ち尽くしていたが……彼の眼差しの先には、彼を追っていたはずの名無し二人が倒れていたのだ。
それを見て、鼬は驚愕を露にする。状況から見て、どう考えても勇気がやったとしか考えられないからだ。
「おい、勇気……。これ、お前がやったのか?」
「ん、ああ。妖怪っつっても、ある程度喧嘩慣れしてりゃどうにかなるもんだな」
「け、喧嘩慣れって……」
鼬は呆れと驚きを持った表情で、勇気を見る。彼は自分が、喧嘩慣れしていたから妖怪に勝ったと言ったが……それにしても妙だ。鼬はそのことについて、頭を抱えながら考える。
(妖怪と人間の力ってのぁ喧嘩慣れじゃどうにもこうにも行かないくらいの差がある。確かに達人なら有り得るが……その程度まで喧嘩慣れしてる? 心の声が聞こえるにしても……どんな生活を送ってきてたんだ)
鼬は勇気の横顔をマジマジと見つめる。彼は、名無しを殴ったのであろう自分の拳を、静かに見下ろしている。何を思っているのかは分からないが、鼬は見ずにはいられなかった。それだけ、勇気のことを不思議に思った。
「鼬」
「……ん? 何だ」
鼬が勇気の顔を見つめていると、急に勇気は声を上げる。そうして、拳を見つめながら問いを語った。
「この、名無しって妖怪は何を思って、どんな理由があって俺、人間を傷付けようとしたんだ? それに、人間を助けようとする鼬、お前達のことを狙ってる風だったよな。……一体、どうして」
そう問う勇気の表情は、まるで何かに助けを乞うているような、何かを羨望してやまない表情をしていた。その表情を見てか、鼬は彼の問いに手早く答える。
「お前は知らないだろうけど、今じゃ人の作るゲームや小説、ドラマ、まあどんな話とかでも、妖怪ってのが出てくることがある。でも、実際とは全然違うんだ……。俺達、人の形と心を持ってるだろ?」
「……ああ」
「でも、話には悪役が必要で……よく、こいつらが出てくる。実際とはまるで違う姿。心のない、暴走した化け物って扱いでな」
「……ひどいな」
「……知らない、不明にかこつけて、好きにいじくってるって訳さ」
鼬は最後、吐き捨てるようにそう言った。自分にも、そういう経験があるかのような口ぶりだ。それを目の端に捉えて、勇気は名無しが倒れているのを見た。
自分が殴り倒した二人組が、呆けた表情で寝ているのを見たのだ。ちゃんとした理由があって、こちらに手を出してきた男達を。
「……悪いこと、したな。こいつらには、少なくとも俺を襲う理由はあったんじゃねえか」
「……いや、別に」
「……え?」
勇気は予想外だと言う風に、鼬の方へ目を向ける。彼は、名無し達の方を向かず、勇気の方に顔を向けて口を開く。
「だってよ、別に俺の鎌鼬って種族がゲームで悪役になってても、俺が否定されてる訳じゃない。ただ、名前を借りてるだけだ」
「……つっても」
「いいのさ、気にしなくても。こいつらは、それを気に留めちまったんだ。変わんねえのにな、こいつらだって、非力だって人間を見下してる。同じなのさ、人間も妖怪も。そのことに、いち早く気付けるかどうかってことだ。ま、人それぞれさ」
鼬は気楽に、息を吐いてそう言った。その顔、表情、姿勢、心は……誰かに倣ったものだろうか。勇気は歩いていく彼のその背を見て、そう感じる。
(太三郎さん……か)
きっと、そうだろう。最後の言葉のあやふやさ、のらりくらりとした態度。彼はきっと、太三郎の背を見てそうしたのだろう。
だが、勇気はその背に、思わず冷淡になってしまった。それは、今までの彼の生涯、そして眩い希望を目に留めたことから来たものだった。
(でもな鼬、違うよ。妖怪と人間は違う。妖怪の方が……圧倒的に綺麗なんだよ)
希望、妖怪を勇気は少しでも綺麗なものとして見たかったのかもしれない。分からないが、彼はため息をつきながら頭の中でそう言うのだった。
「勇気」
「ん、なんだ」
「いや……ちっとな、この刀、煙から刀に出来ても、逆は出来ないんだ……だからその、早く帰らねえと」
勇気が神妙な顔で悩んでいるのに、先を歩いた鼬は彼の方へと青い顔を向けてそう言う。どうやら、彼の手に持っている刀はその身を隠せないらしい。と、いうことはだ。鼬の姿は傍から見れば切り裂き魔か何かにしか見えない、ということだ。
「え、そうなのかよ。早く言ってくれ……」
「わ、悪い。色々あったから、よ」
「まあそうだな。今行く……あ、そうだ」
勇気は鼬に急かされ、彼の方へと小走りで向かおうとした。が、あることを思い出し、足を止めて振り返る。
背後の通り、倒れている名無し達のことを思い出したのではない。彼らが倒れている、そのすぐ脇。ゴミ袋が積み上げられているのから離れた場所に置かれている、青い袋。つまり、ゲームのことを思い出し、それを拾いに行った。
それを手に、鼬の方へと戻って示す。
「ほら、これ忘れてた」
「あ、ああ! そういや、そのために出たんだった……。よくあんなことの後で覚えてたな」
「まあな、記憶力は良い方だからよ」
「へぇ……しかし、でかしたぜ勇気! 早く帰る理由が増えた。帰ろうぜ、勇気!」
「……!」
鼬は一瞬困惑したようにも見えたが、それは自分のゲームを取り戻したという喜びの前に消え失せる。そして、彼は通りをすぐにも走り出した。その顔には笑顔があった。
そして勇気。彼は、鼬が喜ぶのを見ると、やはり、幸せだと言うような表情をした。その顔のまま、鼬の背に頷いてみせる。
「ああ、分かった。早く帰ろう!」
勇気は、鼬が走っていくのに喜んでついて行くのだった。
鼬が斬った名無し、彼らがどうして生きているのかは後で説明をします。今回はなし、ということで。




