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名無しとの戦い

「後ろから二人、追ってきてるな……。追いつかれる」


 勇気は人気のない通りを走りながら、後ろから自分に向かって迫ってくる敵意の音を聞いていた。そうして、そのスピードと自分のスピードを比べてみて、自分が逃げられないことを悟る。そうして、足を止めた。


(さて……どうするか。逃げろと鼬には言われたが……)


 それが不可能となった以上、これを続けてもしょうがない。


(鼬がもし、こっちに来る名無し達より早く走れるとしても、二人を倒した後ですぐに俺の方へ来れるとは思えない。最低でも、五分やそのくらいは間が空く。……逃げるよりも、相手した方がいいな)


 勇気は自分の頭の中で、俺は戦うしかないと結論付ける。

 そう決定してからは早い。勇気はまず、辺りを見渡した。周辺は灰色という形容がよく似合う住宅街。休日だからだろうか、住宅街には人の気配はあまり感じられない。通り人の心配はそこまでしなくてもよさそうだ。


(……ん、これは使えるか……)


 ふと、辺りを見渡している内で勇気はあるものを目に止める。それは青い網に覆われ、無造作に、そして大量に積み重ねられているゴミ袋であった。小さい石造りの塀に囲われている。それを見止めると、勇気は自分が手に持っていた、ゲームの箱を入れているビニール袋を道に優しく置いた。








「こっちに行ったよなぁ。あの人間のガキ」


 勇気の走って向かった通りに、彼を追っていた名無しの妖怪二人が辿り着く。軽く肩で息をしながら、手には得物をしかと握りしめている。敵意がムンムンと伝わってくる表情だ。が……


「ああ……? どこに行きやがった」


 名無し達の視界に、勇気は入らなかった。通りの上から姿を消していたのだ。それを確信した名無し達の内の一人が、もう一人に対して首を傾げて言う。


「離された……のか?」


「いいや、違うな。走りじゃ俺らの方が早かった。それに、あっち。曲がり角まではこの距離だ。曲がり切るより前に、俺達の視界に入る。つまり、この路地か、近くで俺達から隠れてやがるのさ」


 名無しのもう一人はその洞察力で、勇気が自分達から逃げきれるわけはないと見抜く。そして、自分達の近くにいるとも。そう伝えた名無しは、もう一人と共に通りを首を回しながら歩く。


 通りには、ただ青い網に覆われたゴミ袋が重ねられているのがあるだけ。それ以外には特に何もない。電信柱が立っているが、それだけ。……いや、違う。


「待て」


「ん、どうした」


「あれだ、あれ。あの青い袋、ガキが持ってたヤツじゃねえか?」


 灰色の通りに一つ、浮くものがあった。ゴミ袋が積み上げられている反対側の道の側溝すぐ手前に、青いビニール袋が置かれているのだ。どう考えても異様。それに、その袋にはおかしい点があった。それを、名無しが目に留めて言う。


「ありゃあ……逃げるために投げ捨てたんじゃねえな。置いたらしい」


「え、なんで分かんだ?」


「見りゃ分かるだろ。投げ捨てたら、ビニール袋なんだからある程度折り目がつく。だがなんだ、ありゃあキチッと、まるで棚に並べられてるかのように綺麗に置かれてるじゃねえか。ヘッ、人間……間抜けだぜ」


 名無しの言う通り、袋はしっかりと広げられて置かれていたのだ。これでは、見抜かれてしまう。当然、頭の悪い方の名無しもそれに気付き、驚く。


「え、じゃあ……」


「そうだな。待ち伏せてる。あそこに寄せて、攻撃しやすい所って言えば……」


 洞察力のある方の名無しはそう言って、ナイフをしっかりと握って青い袋に歩み寄る。そして、周りを観察した。


「……丸分かりだぜ」


 呟いて、息を吐いた。見つけたのだ。どう考えても、ここに隠れているだろうというスポットを。通りにはそれしかない。さっきもそう言った。電信柱では、人体を隠すに幅が足りない。それしかないのだ。

 ナイフを持って、名無しは走ってきた側からは見れることのできないゴミ袋の陰へそれを向け、声を上げた。


「ッバァァーッ!! かくれんぼは終わり……あ?」


 ゴミ袋の陰に、勇気は隠れていなかった。自分達の死角から襲ってくるとばかり考えていた名無し達は、拍子抜けだと息を吐いた……その時


「陰じゃない、下だ」


 勇気の声が響く。名無し達は困惑した。どこから、どこからだ、と。視界に入る部分に勇気はいない。

 彼らに思考する暇は与えられなかった。二人のすぐ後ろに、勇気がどこからともなく現れたのだ。何の気配もなく、突然に。それを視界の端に捉えた片方の名無しは、そちらへ急いで振り返る。


「なっ……いつの間にそk……」


 だが、言い終わるまでの時間、勇気は待たない。勇気は自分の存在にいち早く気付いた名無しが自分の方へ振り向いてくるタイミングで、下顎に横から拳を振り抜く。


「失せろッ!!」


「が……はぁ……」


 気合の声とともに振り抜かれた勇気の拳は、的確に名無しの下顎にヒットし、彼の体を住宅を囲う塀の方へと軽く吹っ飛ばす。名無しの体は、塀に衝突した。

 二人の内、片方は勇気の思惑にはまって倒される。妖怪、体が丈夫とはいえ、下顎への強烈な殴打は意識を刈り取るに足りた。

 

 そして、その肉がぶつかり合う音と、壁に体が打ち付けられる音によってもう片方の名無しも勇気の存在に気付く。彼は背後に勇気がいることを把握した瞬間、距離を取ろうと振り返ってから後ろに数歩下がる。そうして、勇気のことを視界に入れた。


「テメエッ! ど、どうして背後に……!」


 目に入れてすぐ、疑問を口にした。いつの間に、どうやって後ろを取ったのか、と。それに対して勇気は、肩についていたゴミを払いながら説明した。


「お前達はゴミの陰に目を向けたんだろうが、俺はゴミ袋の下に埋まってたんだよ」


「は……?」


「下にいたのさ、ほら」


 勇気は後ろのゴミ袋を示す。すると、積み重ねられていたそれは通りに散らばり、散乱していた。名無しはそれを見て、驚愕に目を見開く。


「……ゴミ袋の下に、かぶさって隠れていたのか……!」


「ああ、そうさ。そりゃ普通、陰に隠れると思うよな。ゴミ袋が山積みになってるのを見て、その下に隠れようとするなんてそんな考えない。まあもし、お前達がそう考えて行動していたら、青い網をかけた後で逃げるつもりだったが……」


 勇気は自分の服に付着するゴミを払いながら名無しに説明した。彼は、名無しとはいえ妖怪を出し抜き、二対一を一対一へと変えたのだ。


 だが……


「……へ、へへ。その作戦、無理があったな」


 そうだ。勇気の作戦には、決定的な弱点がある。それを名無しは理解した後、勇気にいやらしい笑みを向けて語る。そうする彼は、手に持ったナイフを口元に当てて勇気に示して見せた。


「妖怪、なんだぜ俺は。人間が、妖怪に勝てるかよ。一対一、不意打ちも無しなんだからよぉ……」


 名無しはクックと喉で笑って、ナイフで空を切り払って構えた。


 それを勇気は、静かな目で睨みながら体の脇で拳を固く握りしめたのだった。

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