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うらみの理由

 勇気と鼬が背を合わせて立っているのに、人間の姿をした名無しの妖怪達がそれぞれの得物を手に持って二人にかかってくる。名無し達の顔には、漏れずに敵意が存在していた。

 それを、そして彼らがこちらに飛び掛かってくるのを見るとすぐに鼬は刀の柄に手をかけ、それを引き抜きながら大声を上げる。


「勇気、俺が道を開くからお前は走って逃げろ!! 後で助けに行く!」


「……あ、ああ! 分かった!」


 鼬の声と指示に、勇気は頷いて返す。そして目の前、二人の名無しが立っている方向へ走る鼬の背について行く。


「ハッ、道を開くだぁッ!?」


「喧嘩売ってるんじゃねえぞ!」


 勇気と鼬の前に立つ名無し二人が、自らの得物を握り直してそう声を上げる。そうして、鼬にそれを振りかぶった。思い切り攻撃する気なのだ。目には迷いがない。


 だが、鼬はそんなものを見なかった。自分の刀と、敵のことだけを見る。彼は刀を半身だけ抜いたまま、二人の間に一気に足を踏みこんだ。そして、刀を一気に引き抜いてそれを横薙ぎに一閃。名無し達を巻き込むように、扇型に刀が輝いたかと思うと……


「うわあああぁぁぁぁーーーっ!!」


「痛い痛い痛いぃィィっ!!」


 名無し達が痛みに叫び声を上げてその場に倒れこんだ。鼬の間合いに、二人は入ってしまっていたのだ。体を斬られた。


「なっ……!」


 そうして、勇気は目の前の情景に息を飲み、足を止めてしまう。鼬が、自分が美しい心をしていると思った妖怪が、同族をためらいなく斬った。横薙ぎに。胴体の高さで刀を振った。それは揺らぎなく彼らの体を通り抜けたのだから、きっと生きては……


「こいつらの命なら心配するな勇気! お前は走ってろ!!」


 勇気が首筋に汗をかくと、それを察してか鼬が刀を振り抜いた姿勢のままで大声を上げる。そうして、先に走れと指示をする。その声に勇気は、思わず止めた足をまた動かし始めた。


(ぐ……確かに今は、相手のことを気にしている場合じゃ……ん?)


 勇気は言い訳をしながら走り出した。鼬は仕方がないからこうしたのだと、そういう風に。だが、気になってしまったものに思わず、走りながらも目を向けてしまった。鼬に斬られた名無し達だ。

 それに目を向けると、ついまた勇気は疑問に目を見はってしまった。


(あれ……斬られたんじゃ?)


 名無し達の体からは、血しぶきというようなものは全くなかった。全然、刀で斬ったような傷など見当たらないのだ。傍から見れば、その名無し達はただ単に激しい腹痛で道端に倒れているように見えた。

 それを目の端に入れ、勇気は確信する。そして、刀を振り抜いたままの鼬の背に目を向けた。


(そうか……。鼬は何かこう、妖怪の能力的な何かで、斬ったけど傷は残さない、みたいな状況にしたんだ。さっきのこいつらの命に関して心配はいらないって言うのは、俺に言い聞かせるためだけでなく、そのままの意味でもあったんだ……)


「すげぇ奴だな、鼬……!」


 勇気は思わず、鼬から遠ざかりながら呟いた。


 そうだ。鼬は、何らかの能力を使って刀の傷を名無し達に残さないようにしたのだ。斬った方が、自分に敵意を持つ彼らが動けなくなって優位になるはずなのに、だ。

 つまり、鼬は戦いながらも相手のことを考えていた。考えていた訳ではないかもしれないが、ともかく、殺さないという風に決めていたからこそのこの行動だ。


 それに対し、勇気は彼の言葉に従うことで応えた。鼬の脇を通り抜けて路地を走り抜けたのだ。鼬の目には、彼の背がドンドンと離れていくのが映っていた。


「よし……」


 そうして鼬が勇気の離れていく背を見て、そう呟いた時だ。


「こっち見ろやぁっ!!」


「っ……」


 後ろから名無しの声がした。鼬が耳に止めてすぐ振り向いて見てみれば、背後に名無しが二人、得物を手に彼に飛び掛かってきているのがあった。それを見て、鼬は舌打ちする。


「チッ、静かにしていてくれよ……」


 呟いて、両手で持つ刀を上にして二人のナイフを一息に受ける。嫌な金属音が響いて、名無しのナイフと鼬の刀が()り合う。見た目、表情からは名無しは必死、鼬には余裕があるように見える。

 だが、口を開いたのは名無しの一人だった。


「なぁよお鎌鼬……。テメエは、恨めしく思わねえのかっ!!」


 名無しは自分の身に溜まった怒気を吐くように、ナイフに力を込めながら鼬に言う。


「いつもいつも見るぜ。どんな創作を見ても、俺達みたいな名前のないのは餓鬼って呼ばれてよぉ……。主人公やら、キラキラしてる奴に踏みにじられるんだ。そんなん、見ていて何も思わないわけないだろうがっ!」


 金属のこすれ合う音が一段と強くなって辺りに響く。まだ、鼬には余裕がありそうだ。だが、表情にはそれは現れない。今の名無しの言葉を聞いて、表情を曇らせたのだ。それを見てか、名無しは鼬に歩み寄るような言葉を吐く。


「なぁ鎌鼬……。お前もどっちかって言うと、そっちだろ。人間に、踏みにじられる存在と認知されてる方の妖怪だろうが……へっ、どうしてだかよぉ、鬼や狐ってのは、美化されるからな。何を思ってかは知らねえがともかく、お前も踏みにじられる方だ……。俺らは全然、人間と同じことを思って生きてんのによ。テメエはどう思ってんだ、ああんっ!?」


 名無しは声を荒げた。彼の言い分は、自分達の存在は人間の手によって弄ばれている、と。自分達は人間とそこまで変わらないはずなのに、どうしてこんな扱いをうけなくちゃならないんだと言う声だ。


 だが、鼬はそれを、刀を切り払ってナイフを弾くと同時に冷淡に払った。


「仕方ねえだろ、そういう風に出来てんだよ」


 自分達の得物を切り払われた名無し達は、数歩下がって持ち直しながら鼬の言葉を聞く。


「人間達だって、自分達の内で悪役ってのを作るじゃねえか。別に変な事じゃねえよ。……ま、柔軟に生きていきゃあいい話だろ」


 刀を構え直してそう言う鼬の目に、迷いはない。


「受け入れろよ。別に気にしなきゃいい話だ。逆に、人間はゲームの中で人間が悪役だからってキレんのかよ。……いいだろ別に、気にするなよ。人間も、妖怪も、変わりないって。だから、俺は人間だろうが妖怪だろうが助けるぜ」


 鼬は強く否定することもなく、ただ早めに自分の意志だけを伝えて臨戦態勢に戻った。柄を両手で持ち、静かにそれを前に構える。

 それを見てか、名無しは声を上げる。


「あ……そ。まあ人間助ける奴に、何言っても無駄か……ところでよぉ」


 話を転換させて、自分達のことを横に手を広げて示す。


「俺達、何人だったっけ?」


 急に名無し達の一人が、訳の分からないことを言い出す。自分達が何人か、そう問うてきたのだ。それに鼬は眉をひそめて疑問を露にする。そしてそれを解消しようと、名無し達のことを観察した。

 最初は六人いた。そして目の前にさっきまで鼬と(つば)迫り合いをしていた二人。そして鼬が最初に斬りつけた二人がそこらで倒れ……最後、もう二人は……


「……あ?」


「そう、二人いねえよなぁ……クク、どこ行ったと思う?」


「……テメエッ!!」


 鼬は歯を食いしばって刀を握りしめた。つまり、名無し達が言いたいのは……


「あの二人、勇気の方に行かせやがったな……っ!!」


(あのクソ意味の分からねえ動機やらの話をして、俺の気を逸らしてたのか……クソ!)


 鼬はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる名無し達に向かい、刀を構え直した。それを見て敵の二人はクックと喉で笑い、鼬の方へと指を向けて宣言する。


「俺らのことを踏みにじる人間は……そしてそれを守ろうとする奴らは、ぶっ飛ばしてやるって決めてんだよ」


 名無し達の目には、揺らぎなき敵意があった。

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