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互いのための息抜き

「そんなことはどうでもいいんだ、重要な事じゃない」


「え、急にどうした?」


 朝食を食べ終わって、茶を飲みながら勇気と鼬が一息ついていた時だ。鼬が急に、平坦な声の様子で訳の分からない文言を吐く。唐突過ぎるそれに、勇気は疑問を隠せない。


「別に何の話もしてなかっただろ」


「……そうだな、むぅ……」


「人の話を聞け」


「勇気!」


「えっなんだ」


 これまた唐突に、(ほう)けた様子だった鼬が大声を上げて立ち上がる。勇気は今度、戸惑いでなく驚愕をした。ついていけない。


 それを了解してか、それとも知らずか、鼬は勇気にまくしたて始める。彼が今、何をしたいか、そしてそれにまつわることについてだ。勇気は彼の話を聞いている最中、ただの相槌を打つだけの機械と化す。


「今日、テイルスの新作が発売される日なんだ!」


「……テイルス?」


「そう! テイルスはすげえ歴史のあるRPGゲームで、そのどれもが人を泣かせてくるような良いストーリーなんだよ!! それ以外も群を抜く良さで……」


「……えっと、それの新作が、発売されるのか?」


「そうだ! それでな、俺は……」


 鼬はそこまで説明すると、ここぞとばかりに勇気を指差して言った。


「お前と一緒に、やりたいと思ってる」


「え……俺と?」


 静かに、鼬は勇気に告げた。

 これは彼の、善意から来る発言だ。一緒にゲームをしたい、それは彼にとって今現在の状況で出来る、最も彼と距離を近づける方法だと踏んだのだ。それに、彼は理解していた。


「お前、ゲームとかやったこと、ないんじゃないか?」


 勇気がゲームなどという娯楽を経験していないだろうことを。正確には理解でなく、予想ではある。だが、ほとんど確かな。

 

 自分が他人を見抜きこそすれ、自分のことが見透かされているとは思ってもみない勇気は、鼬の言葉を受けて多少驚く。


「あ、ああ。まあ確かにそうだが……何でそれを」


「想像だよ。まあちょっと確か過ぎる想像だが……まあともかくさ、お前に新しい経験と、感動と、親密をプレゼントしようってこと。どうだ、乗ってくれるか?」


 鼬は朗らかな笑みを浮かべながら、座ったままの勇気に手を差し伸べる。そうする彼の表情は、受ける者に有無を言わさせないようなものであった。脅迫的という意味ではない。善意がにじみ出ているのだ、顔から。


 だが、勇気の精神力は固い。鼬のその顔をもってしても、彼の意見は折れない。彼とて、今日にはやりたいことがあったのだ。それを告げる。


「……ちょっと待て、鼬」


「ん、どうした。一緒に……」


「勉強」


「ひょぅっ…………」


 一緒に、という言葉に合わせて勇気はわざとらしく言葉を重ね、教材をテーブルの下から取り出して鼬の前に差し出した。それを受けた鼬は、暖かい笑みを浮かべていたのから一転、氷河期のような冷たい真顔となった。

 だが勇気に容赦はない。勉強しなくてはならない理由をつらつら語る。


「なあ鼬。涼もそうだが、お前ら勉強間に合ってないよな」


「んぅ……」


「完全に、ヤバいんだぞ。受験じゃ一か月前に決着がついてるって言うが、正にそのくらいだぞ。了解してるか?」


「ぐっ……」


「なあ、俺だってお前の提案は大事にしたいよ。けど、俺はお前達に失敗なんてしてほしくないんだ。だから……」


 勇気がそこまで、勉強の必要性を説いていた時だ。


「いいんではないかの、一日や二日くらい!」


 食堂の入口の方から、そう声がした。勇気と鼬はその声のした方向へすぐに目を向ける。太三郎だ。食堂の入り口辺りには太三郎が、眠そうに目をこすりながら立っている。口にはちゃんと、彼の煙管が咥えられていた。


 彼は口からぽわぽわと、煙を吐き出しながら二人に近寄る。


「息抜きもよいじゃろう。勇気お主、ここに来てから休んでおらんではないか」


「い、いや……だけど」


「そういうこと諸々を気にかけて、鼬はその提案をしてくれとるんじゃぞ? なに、今日や明日、勉強しないでも問題あるまい。他の日に気合を入れりゃいい話じゃ」


 太三郎はそう言って、フッと煙を吐き出した。その煙は緩く、サラサラと流れるように天井へ向かう。勇気はその様を、黙ったままで見つめていた。


 が、鼬は違う。彼は太三郎の言葉を受けてからというものの、一瞬で再び勇気の説得に入った。


「そうだって。俺、他の日に頑張るからよ! な?」


 なんとも、根拠のない自信と言葉である。だが、勇気にはそれよりも前の言葉、太三郎の言葉が頭の中で引っかかっていた。


(俺のことを、心配してくれて……)


「あ、ああ。分かったよ」


「マジで!?」


 勇気は根負けした。太三郎の言葉に。自分のことを心配してくれているのならば、ほとんど初めてのそれに、乗っかっておこうという考えだ。


 勇気の承諾をとると、鼬はまた表情を変えた。満面の笑み。その表情のままで、彼は勇気の手を引いて連れ出そうとする。勇気はそれに戸惑いながらも、素直に従った。


「じゃあ、善は急げだ! そろそろ近場のツタヤが開いちまう。さっさと行こうぜ!」


「え、おっおい、ちょっと待っ……」


「待たぬか!」


「え?」


 鼬が乗り気で、勇気が戸惑いながらも駆け出そうと踏み出した一歩を太三郎の声が制止する。別に怒気はないが、少しだけ驚くくらいの声。それに二人は振り返った。


 後ろ、二人がさっきまで座っていたテーブルのあたりで太三郎は煙管を吸っている。そうしたまま、勇気に視線を向けて話し出す。


「勇気、確かお主、ここにきてから外に出るのが今日で初めてじゃったよな」


「あ、ああ……」


 勇気が困惑しながら頷いたそれを見止めると、太三郎は煙管から一気に息を吸い、吐き出す。

 勇気に向けて、だ。それに、この間に勇気の体の匂いとやらを消した時ほどの煙の量だ。つまり、勇気の体は煙に覆われる。


「…………」


 急なことだったのにも関わらず、勇気と鼬は声を出さない。太三郎が何か、必要なことをしているのだろうという確信があったからだ。

 勇気の体を煙が覆い、少し経つ。しばらくすると、フッと勇気の体から煙が離れ、透明な空気に溶けるかのように消えた。それを見止めると、太三郎は勇気と鼬に背を向けて歩き出した。


「……終わったぞ、もう行ってよい」


「……あ、ああ。何を、したんだ。太三郎さん?」


 事が済んだと見て、自室かどこかへ行こうとする太三郎を勇気が呼び止める。そりゃあ、当たり前だ。自分のことに関して何かをしてくれたのに、それに対して何も言わずに行ってしまうのは消化不良。

 勇気の問いに、太三郎は振り返って言う。


「お主の顔を、人間が見た時に別の顔に見えるようにしたんじゃよ。もし、お主の知り合いが外にいたら、まずいじゃろ?」


「ああ…………なるほど」


「ま、気遣いじゃ。その気になったらいつでも解ける。じゃから、好きに言ってくれればええよ~。儂は寝る」


 太三郎は勇気にしたことを適当に説明した後、煙管を飲みながらのらりくらりと歩いて食堂から二人よりも先に出た。紫煙をくゆらせながら歩くその様は、大きく見えた。

 

 勇気と鼬は気付いていなかったのだ。その、問題点に。自殺した人間、そして既に一週間は経っている。孤児院が捜索願を出しているかどうかはハッキリしない。だがそうでなくとも、同級生、あるいはそれに並ぶような人間にあう可能性はあるのだ。

 それを他人が察し、解決してくれた。人のことを極限まで気遣っていないとできない芸当。そしてそれを誇るでもなく、またのらりくらりと歩き出したのだ。


「……すげえな、太三郎さん」


「ま、そういう人なのさ。あの人は。カッコイイだろ?」


「ああ、他人のことを初めて、カッコイイって思った」


 勇気と鼬は、見えなくなった太三郎のことについて夢心地で話し合った。

 少年達にそうさせるほど、太三郎は渋く、大きかった。


 そうして、少年達はしばらくボケっとしたまま時間を過ごす。そうした後で、ふと鼬が目の端に食堂にある時計に目を止め、気付いた。太三郎の背に見とれていたせいで、時間が無くなっている。


「あっやべ、時間ない。早く行こうぜ、勇気。ダッシュだ」


「ん……ああ、そうだった。ゲーム、買いに行くんだったな。よし……」


 二人は少しの焦燥を持って、外に向かい小走りを始めたのだった。

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