親友、同じことを分け合う
しばらく経った。今は九時半ごろ、勇気の仕事が一息つく頃の時間だ。そして彼は今、太三郎を抜きにして一番起きるのが遅い鼬の朝食を作り、食堂に彼を呼んだところだ。
今日の朝食は休日だから時間があるということで、ちゃんとしたもの。白いご飯、味噌汁、鮭の塩焼き。それを二つ分乗せた盆を、テーブルに座っている鼬に差し出して彼の向かいに座る。二つあるのは、勇気が鼬と一緒に朝食をとるつもりだからだ。
「さ、飯出来たぜ」
「お、ありがとうな。っていうかさ、いつもすまないな」
「いいや? 俺自身、楽しんでやってるから大丈夫だ。さ、食べよう」
勇気は自分に対する鼬の心配を、やはり切って捨てて椅子につく。それに対して鼬は少し消化不良だという表情を取った後で、いただきますと手を合わせて箸を持った。それに勇気も従う。
しばらく朝食の箸を進めた後、勇気はその日のことで気になっていたことを問う。
「そうそう、さっきマーレと涼が外に出るって言ってたんだが……マーレって、吸血鬼だよな」
「ああ、そうだな」
「前から気になってたんだけど、日差しは大丈夫なのか?」
「ああ、それ……」
勇気の問いを耳にすると、鼬は一度食を進める箸を止め、勇気に向かって真剣にマーレのことを語り始める。
「あいつは格の高い吸血鬼で、ある程度の日差しなら耐えられるんだよ。まあそれでも、傘は手放せないけど。それに、学校では日差しに弱い体質ってことにして、窓から一番遠い席にしてもらってるよ」
「へぇ……吸血鬼なのに昼間、外歩いてられんのはそういう理由か……」
勇気は興味深いという風に頬杖をついて、鼬ではなく別なところを見る。そうしてからしばらく、また箸を動かし始めて言った。
「そういや、お前って何の妖怪なんだ? まあ、何となく想像がつくけど」
「鎌鼬だぜ? 安直だろ、鎌田鼬、鎌鼬って」
「うん、まあ……。っていうか、安直? 名前はまだしも、苗字はどうもできないし、そういうのはないだろ」
勇気は眉をひそめて疑問を露わにする。鼬が言った言葉はつまり、自分の名前は鎌鼬だという自分を表示すると、自白したのだ。つまり、人為的に誰かがそうしたと。
だったとしても、苗字までいじるのはどういうことなのだろうか。そう思って、勇気は首を傾げたのだ。するとそれを見止めてか、鼬が言った。
「俺は生まれた時から孤児だから……。この名前は太三郎さんに付けられたんだ」
「…………ああ」
「一応俺、太三郎さんと天翔さん抜きじゃここで古株だからよ」
鼬は半ば、誇らしいようにそう言った。勇気の戸惑うのが目に入らないように、その誇らしさのようなものを持ったまま、笑って話す。
「いやほんと、センスないよな太三郎さん。妖と館で妖館ってのも、あの人が考えたんだぜ? 信じられないほどいい人だけど、それを振り切るレベルでダセえんだよなぁ……」
朝にしては、重たすぎる事実。生まれた時から孤児。
だが、そのような事実を知っても、勇気は少し戸惑うだけだった。すぐに興味深いという顔を取り戻し、鼬に相槌を打つ。
「へぇ……確かに、センスがないな」
「だろ? へへっ、まあすげえ温かいから、それで充分だと思うけど……むぐむぐ」
鼬もさりげなくそう言った後で、食事に手を戻す。二人共、あっさりし過ぎている。
しかしそのあっさりさ、さりげなさには理由がある。鼬は元から、勇気が孤児院で育ったということをこの一週間の内で知ったのだ。だからこそ、自分がそういう境遇であることをカミングアウトしたのだ。普通なら、告白する方も気遣うような重要な事実。だが、お互いにそうであるからこそ、笑い話、ではないが軽く見合うことが出来たのだろう。そういう相手が、若い時には必要で、きっと鼬は、それを共有したかった。
「お前は? どうなんだ、勇気」
「え、何がだ?」
「温かさだよ、温かさ」
「…………??」
勇気はつい、鼬の抽象的な言葉に首を傾げる。温かさとは何だろう、と。それを理解してか、鼬は箸を振って示しながら説明する。
「他人の温かさに触れたことがあるのかって話さ」
「ああ……ないよ」
「おあ、ああ……何ともさりげなく言うなぁ」
うんと頷いてくれるかと思っていた鼬は、少し調子を崩されたかのように冷や汗を浮かべる。触れちゃならないところに触れてしまったと、そう思ったのだ。
だが、鼬はコミュ力の高い方だ。何とかカバーしようとする。
「勇気、お前さ。運が悪かったんだと思うぜ」
「……運?」
「そう、運。俺も学校に通っている以上、色々な人と関わるけどさ。確かに悪い奴もいる。ぶん殴りてーって、思う奴もいるさ。でも、こいつは良い奴だ、一生付き合っていたい、ってそう思う奴もいる。勇気、お前今まで、善意に触れたことがないって話を何回かしてるよな」
「ああ、そうだな」
「運がなかったんだよ、きっと。そうさ」
「……そんなもんかなぁ」
鼬は熱弁した。勇気、お前が会って来たのは所謂、駄目な奴ばっかりだった。だけど、そうじゃない。そうじゃなくて、良い奴もいっぱいいる。お前は運が悪かっただけ、と。
だが、勇気は人間の話になった瞬間、目にまたあの淀みを宿していた。そこから、鼬の話は彼の耳には右から左なのであった。




