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涼の弱さ

「私は……出来ない子だから」


 勇気の目の前で、涼が暗い顔をして目に涙を浮かばせる。それに勇気はつい、眉をひそめてしまった。


 涼は先ほどまで、マーレの強い叱咤を受けていた。だがあれは、冗談半分、というようなものであった。マーレ自身も本気すぎるということもないだろうし、普通なら涼もそのつもりで受け取ったはずだ。勇気のような生い立ちならまだしも、彼女は冗談という文化がちゃんと存在したのだから。


 だが、涼はの表情は冗談で浮かべるようなモノではなかった。顔に翳りが差し、静かに涙が流れている。泣くことを主張する訳でもない。それが本気で泣いているということをうかがわせる。

 それを見た勇気は、すぐにも彼女に声をかける。


「涼? どうしたんだ、大丈夫か?」


「……あ、ごめん。グズッ、はぁ……。だい、じょうぶ」


 勇気の声がかかると、それに影響されてか涼は涙を拭った。そうして、勇気に通常の表情を向けようとする。だが……それは歪んだものだった。くしゃくしゃの、涙を拭っただけで涙を流したということはまるで隠せていない。


「……気にしてるのか」


「え?」


「さっきの、マーレの言葉」


 勇気は涼の顔をあまり見ないようにしながら、彼女に問う。顔を見ないようにしたのは、自身のためでなく、涼のためだ。彼女が少しでも気負わないように、そういう配慮。

 涼はその勇気の配慮を知ってか知らずか、顔を軽く逸らして彼の問いに答える。


「……まあ。昔から、私の問題みたいな感じだったし」


「ふぅん……。頭が悪いって?」


「それも、それ以外も。昔から私は、色々出来ない子で……」


「別に、何も出来なくてもいいんじゃないか? お前はそのままで、全然いいと思うが」


 勇気はつい、涼がしゃべっている最中に言葉をはさんでしまう。それだけ、強い思いを心に浮かべたからだ。何も出来なくていい、と。当然、説明もないままのその言葉に涼は機嫌を崩す。


「は……? 喧嘩、売ってるの?」


「違う。出来ることがある以上に、お前はもっと重要なことが出来ているんだからいいんだ」


「もっと、重要な事? ……何よそれ」


 勇気はそう問われると、涼の顔をチラと見て続ける。


「善意を持って、それを行動に起こすことだ」


「…………?」


「俺はよく、見て聞いてきたよ。人の心を。だけど……フン、生きることにおいて一番重要な事。善意を持って人に手を差し伸べることは、誰も出来ていなかった。学校で俺に次ぐ秀才という奴も、偉ぶってる教師共も」


「…………あ、うん」


 勇気の言葉に、涼は戸惑う。確かに、勇気の言うことは確かなのだろう。だが少し離れすぎているというか……だが、勇気はそれでもかまわないという様子で、涼の顔を真正面から見つめる。

 そうして、素直な気持ちを彼女に告げた。


「お前は尊いよ。今まで俺が会って来た連中、何かが出来る奴よりも、全然な。綺麗だ。だから、お前は何も出来なくていいんだよ。ただ、そこに立っているだけで何かが出来る奴よりも何倍だって綺麗なんだから」


「…………えぁ、あぅ……」


 言った。勇気は清々しい表情でそう言ったのだ。そうして、彼は気付いていなかったが……涼はそれを受けて、顔を薄ら赤くしていた。勇気に涼しい顔をして褒められたのが、照れくさいのだろう。


 というか、薄ら赤いと言ったが違った。真っ赤だ。涼は顔を上から下まで真っ赤にして、わなわなと震えていた。

 きっとこれは、勇気がこの間に彼女を助けることが出来たから、というのもあるだろう。そして、彼の顔が割と整っているのもあるかもしれない。そう、吊り橋効果的なあれで、意識してしまったのかもしれない。


 だが……


「まあ、何でも出来て善意を持ち、それを行動に起こせるなんて俺くらいだから、気にしなくていいって話だ」


 勇気は一言でぶち壊した。その言葉を受けた涼の顔は、赤から一瞬で灰へ染まった。その顔のまま、彼女はため息交じりに言う。


「はぁ……アンタって……分かんないわね、本当に」


「ん、何がだ?」


「……何でもないわよ……。何でもない!」


 涼は顔を赤くして大声を上げた後、バンとテーブルをぶっ叩いて立ち上がり、どこかへ歩いて行ってしまう。勇気はそれを、座って呆けた顔をしたままで見送ることしかできなかった。

 彼には何故か、理解できていなかったのだ。阿保で、空気と人の心が読めないから。


「……ねえ、アンタ」


「ん、どうしたマーレ?」


 勇気がどんどんと離れていく涼の背を見ていると、マーレが彼に声をかけた。彼女は何とも、という顔をしている。


「いや、何て言うか……」


「お前、タラシだって言われたことないか?」


 マーレの言葉に、鼬が付け足す。彼もマーレと共に何とも言えない、というような顔をしている。気にくわないわけではないが、こいつは気が付かないのか、とそういう表情だ。

 だが、勇気には二人がそうなっている理由が分からない。ポケッした顔で自分の経験を語る。


「いや……バレンタインデーの時にロッカーに大量のチョコが入っていたことはあったりしたが……すごいことなのか、それは」


「うわウッザ、死ねよ」


「え?」


「……流石に、ねぇ」


 勇気の言葉に、反射的に鼬は中指を立てる。当然だ。男にとって、バレンタインデーにチョコをもらえるのが当たり前と思っているのは相当に腹立たしい。そして、鼬のそれと合わせてマーレは呆れたと顔で言っているかのように首をすくめた。


「え、えぇ……? 何か俺、言ったのかよぉぉ……」


 勇気は二人にそんな目を向けられる理由が分からずに、悲鳴を上げながら頭を抱えるのだった。


 神崎勇気は他人の心の声が聞こえる特質を持っているが、それが出来なくなると全く空気も人の気持ちも読めなくなる人間だった。彼のその特質の弊害、とは言い切ることのできない行き過ぎな気もする癖である。

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