ドs吸血鬼と可哀そうな小鬼
「ねえ、何でこんなことも出来ないのかしら? 赤子の手をひねるよりも簡単な事でしょ」
「う、うぅ……」
勇気と鼬の目の前で、涼とマーレは一緒に勉強していた。が、まともな状態じゃない。というか、マーレが異常。
彼女は涼の目をジットリと重量感のある目で睨み、テーブルの上に置いていた教科書をバンと乱暴にぶっ叩いて威圧しているのだ。そうして、この叱咤。
「頭の中何で出来てるの? ね、おかしくない? 一年下でも出来るかもしれないわよ? 分かってる、ご自分の状況」
「う、うあぁぁ……」
マーレは涼のことを激しく叱咤している。もう、何というか必要でないほど。涼は可哀そうに、プルプルと震えて頭を抱えてしまっている。涙も少し浮かんでいるくらい。
勇気と鼬、特に勇気はそれを見て瞬時に不安になる。というか、そうなったからこそ鼬に示したのだ。そうして鼬に問う。
「お、おい。あれ大丈夫なのか。っていうか、止めに行っていいよな」
当然、そう問いを投げた。が、鼬はキョトンとした顔をする。
「え、どういうこと?」
「どういうことって……ありゃやりすぎだろ、どう考えてもさ」
「えぇ? マーレにああいう風に言われると嬉しいだろ」
「…………んぅ?」
勇気はつい、首を傾げてしまう。鼬が何を言っているのか、よく把握できなかったのだ。
鼬が言ったことはつまり、マーレのあの激しい叱咤を受けて嬉しいと言っているのだ。教科書をバンと叩いて、吐かれるマーレの毒を受けたいと言っているのだ。勇気にはそれが理解できない。つい、心の声に耳を傾けてしまう。すると、すぐに気づく。
(うわっ、濃っ!)
勇気は顔をしかめる。彼の耳に入って来た音は、相当な音だった。フワフワとしたピンク色の音、快感の音だ。鼬はそれを、マーレの叱咤を遠目で見ているだけで感じている。よだれが口から垂れているレベルだ。
(うわぁ……キモい)
勇気は鼬の姿を見てドン引きする。明らかに普通じゃない。だが、構わずにマーレの叱咤は止まらない。
「え、大丈夫? 病院行く?」
そしてもう、あまり時間がないことを勇気は悟る。マーレの叱咤のレベルが、一段階上がっているのだ。さっきのマーレの言葉を耳にした瞬間、鼬を無視し、勇気は立ち上がって二人の方へを向かった。
「おい待てよマーレ」
「ん、あれ。どったの勇気」
「いやいや、どうしたもこうしたも。涼が泣いてるじゃんか」
「え……。だって、鼬はこうして学力が上がったわよ」
(互いに助長し合ってるんかいっ!!)
つい、勇気は心の中でツッコミを入れる。マーレは当たり前でしょ、という風にさっきの言葉を言ったのだ。つまり、叱咤をしたら鼬は学力が伸びたと。それはつまり、鼬と噛み合う。
鼬は叱咤を受けて喜ぶ。そして学力が伸びる故、マーレはそれをちゃんとした学習方法と思い込んでしまったのだ。
それを理解した勇気は頭を抱えて、まずマーレに向かう。
「あ、あのな。それはあいつが、ちょっとした特別な性癖を持ってるからだな」
「え、何それ」
「まあ、詳しくは言わないけどさ。涼にはそれは当てはまらないんだ。俺が教えるよ」
「ん……分かったわ。じゃあ、私はあっちに」
勇気の説明を受けて、理解は出来なくとも彼の真剣さを理解したのか、彼女はすぐに椅子を立って鼬の方へ向かう。それを、勇気は背を見て見送った。
(まあ、鼬も喜ぶだろ。うん、悪いことはない。問題は……)
勇気は椅子に座りながら、涼の方へ目を向ける。彼女は半ば、机に突っ伏すようにして泣いていたのだ。さめざめと、静かに。勇気はそれを見て、どう接したものかと悩みながら彼女の背へ声をかける。
「涼。今度は俺が勉強を見るよ。その……さっきまでのマーレの。多分あれは、大げさに言ってただけ……」
「違うわよ」
「え?」
勇気の言葉は遮られ、涼が声を上げた。それには、断固とした感情が含まれていた。その色に、勇気の心配が向く。彼はテーブルに突っ伏している涼の顔を、出来るだけ見られるように態勢を変えた。すると……
「私は……出来ない子だから」
「…………ん」
涼は静かに、そう言った。それを受けて、勇気は少し驚く。彼女は、涼は、突っ伏していた顔を上げた彼女のその顔は、絶望に染まっていたのだ。




